第9話 幼い王子を救え
初夜の続き(と称した夫婦会議)が開催された数日後、二人はプライベートルームで話していた。
出勤着を手慣れた様子で着ているオリヴァーにフェリシアが尋ねる。
「そういえば、クライン王国建国100年式典の開催は明後日でしたよね?」
「そうなんだが。それが厄介なことが起こって予定が変更するかもしれない」
「厄介なこと……?」
珍しくしおらしい様子のオリヴァーでため息をついて近くにあった椅子に座った。
大きくうなだれており、手を頭に当てて悩んでいる様子である。
夫の困りきった様子を見てフェリシアは黙って寄り添うように椅子に座った。
「私で何かできることがあれば、仰ってください」
妻の健気な一言に頼ろうと考えたオリヴァーは、彼女の方へと体を向き直して答える。
「君の父君と第二王妃との子どもである、幼い王子がいただろう。その王子が母親がいないことで食事もなかなかとらず生命が危ない」
彼の言う「幼い王子」というのはデュヴィラール王国の第一王子で、三年前に生まれたまだ幼い子どもである。
両親はクライン王国の王宮管轄である地下収容所に収監されており、この親子は実質上あのクーデター鎮圧事件より面会すらおこなえていない。
オリヴァーの元乳母がその子どもの面倒を見ているのだが、大変気難しい性格で引っ込み思案なためなかなか心を開かないのだという。
「これが解決するまでは、式典開催は難しい。何かいい案はないだろうか」
(全ては私のお父様から始まったこと、なんとか娘としてできることをしたい)
フェリシアはオリヴァーを見送る際に告げる。
「旦那様、その件、私に一度預けていただけないでしょうか?」
妻のなんとも力強い瞳と声を聞き、オリヴァーは黙って頷いた。
「早めに戻るから、夜進捗を聞かせてくれ」
「かしこまりました」
オリヴァーが王宮の執務室へ向かった後、フェリシアはある場所へと向かっていた。
「どうしたの、フェリシア」
「お母様」
彼女が向かった先は母親である元王妃の部屋であった。
(お母様は私たちを乳母の手を借りながらもご自身で育ててくださった。だから、何か子どものあやし方、機嫌の取り方、それに食事を取らせるようなテクニックを知っているかもしれない。でも……)
フェリシアには一つ心配事があった。
それは、この幼い王子と母親の関係性についてである。
表立ってヘレナは王子や第二王妃を非難したことはなかったが、内心嫌な思いをしているのではないか。
(よく思っていないかもしれない。それは当たり前の感情。そんなお母様にこんな相談、いいのかしら……)
フェリシアが黙りこくり、不安な表情を浮かべていく様子を見てヘレナは彼女に告げる。
「遠慮はしなくていいわ」
「え……?」
「何か私のことを気遣って言い出せないのでしょう? 構わないから悩みを聞くわよ」
逞しく笑ったヘレナを見てフェリシアな心からの尊敬と母としての強さや覚悟のようなものを感じる。
この人なら全てを受け入れて良い方向へと向かわせてくれると考えたフェリシアは、ヘレナに相談した。
「幼い王子が食事もなかなかとらずに、命の危険があります。彼を救うにはどうしたらいいでしょうか」
フェリシアの相談にヘレナはじっと目を閉じた。
やがて、その瞳をゆっくりと開くと口を開く。
「王子はまだ三歳よ。そんな子どもの母親が傍にいない、急にいなくなった気持ちは相当なもの。はっきり言うわ。王子を無事に育てたいなら、第二王妃ジェリーを解放しなさい」
母親の進言にフェリシアは思わず俯いてしまう。
(だって、第二王妃はクライン王国を乗っ取ろうとした犯罪人。そんな彼女をクライン国王──旦那様のお父上が許すはずがない……)
フェリシアは黙って首を左右に振った。
(そんなことできるわけない……)
フェリシアはヘレナからの提案を検討すると伝え、部屋を後にしようとする。
ドアノブに手をかけたフェリシアの耳に届いたのは、母親ヘレナからの意外な助言だった。
「第二王妃は一つ嘘をついている。それを暴けば、解決するはずよ」
「え……」
(嘘……?)