第7話 二人だけのモーニング
「ん……」
朝の日差しがカーテンの隙間から覗いている。
その光でフェリシアは目を覚ました。
(よく眠ってしまいました)
早起き体質である彼女は日が昇らないうちに目を覚ますことも多かった。
そんな時は侍女や隣で眠る夫を起こさないようにとじっとそのままシーツに身を潜めて考え事をしている。
しかし、今日は今までの朝と違った。
彼女はいつもとは違ってこちらを向いて眠っている夫の寝顔を見つめ、微笑む。
(昨日は楽しかったですね、オリヴァー様)
結局、二人は朝方近くまで幼い頃の話や好きなものの話、そして苦手なことについても語った。
(ふふ、オリヴァー様が「朝が苦手」だなんて言われるまで気づかなかった)
フェリシアは軍人でもある彼を朝に強い人間だと思い込んでいた。
いつも目を覚ますと彼はまどろむこともなくさっとベッドから起き上がって着替えていたのだ。
(本当に朝が得意ではないのですね)
今までとは違ってフェリシアに心を許し始めたのか、彼は今もまだ眠っている。
そんな彼をじっと見つめた後、彼女は夫の頬を悪戯心からぷにっと触ってみた。
「んっ……」
(可愛いです……)
オリヴァーは体をよじりながら、まだ寝ていたいというようにシーツに顔をうずめた。
(今日は仕事はお休みと言ってらしたから、起こさないようにもう少し寝ていただいて……)
そう考えているとフェリシアにある案が浮かんでくる。
(朝ごはんをここで食べたいな……)
王宮のダイニングでは二人の距離が遠く、夫婦で一緒に食事をしていても会話もしづらかった。
昨日に少し打ち解けられたこともあり、フェリシアは寝室を兼ねているプライベートルームで朝ごはんを食べたいと考えたのだ。
(では、早速サラに頼んでモーニングの用意をここにお願いできないか、聞いてみましょう)
フェリシアは夫を起こさないようにそっとベッドから出ると、侍女であるサラに頼むために部屋を出た。
モーニングが部屋に用意された頃には、オリヴァーも目を覚ましていた。
フェリシアに促されるままテーブルにつくと、不思議そうにしている。
「フェリシア、これは……」
「モーニングをこちらで食べたいなと思って。向こうのダイニングスペースでは広く感じてしまって。嫌、だったでしょうか……?」
勝手にしたことで気分を害したのではないかとフェリシアは夫の顔色を伺った。
しかし、彼は優しい顔をして微笑む。
「いや、こういうモーニングも悪くないなと思った。大丈夫、不快ではない」
(よかった……)
ほっと胸を撫で下ろすと、頬杖をついた彼がフェリシアに告げる。
「俺は言葉が少なく誤解を生みやすいのだろうと昨日君と話していて思った。これからはなるべく言葉で伝えるように努力する」
「ありがとうございます! 私も旦那様のことが知れてとても嬉しいです」
フェリシアが笑うとオリヴァーは咄嗟に顔を逸らした。
何かあったのだろうかと彼女は思ったが、彼の耳が微かに赤くなっていることに気づく。
(照れていらっしゃる……?)
そう心の中で思っていたところで彼は恥ずかしそうに呟く。
「その、君に『旦那様』と言われたのが思ったよりもくすぐったかった」
「あ……」
無意識に出た言葉だったため、フェリシアは彼の指摘で自覚して自身も頬が赤くなってくる。
「その、嫌……」
「いやではない」
フェリシアが尋ねる前に、急いでオリヴァーは彼女の言葉を遮って否定する。
「よかったです。旦那様、では一緒にモーニングを食べてくださいますか?」
「ああ、仕事も休みだから時間もある。話しながらゆっくりで構わない」
フェリシアは嬉しそうに笑みを浮かべた。
(こんなに穏やかで心躍る朝は初めてかもしれませんね)
そう思っていると、彼もまた口を開いて言う。
「こんなに穏やかで朝がいいと思ったのは生まれて初めてだ。……どうした」
フェリシアは驚きつつも口元に手を当てて笑いながら言う。
「ふふ、私も同じことを思っていました。一緒のこと気持ちになれて嬉しいです」
「君はよくそんなことを恥ずかしげもなく言えるな」
「あ……申し訳ございません」
「いや、違うな。言葉が悪かった。俺には言えない。尊敬する。そんな素直な言葉を口にできる君を羨ましく思った」
フェリシアは夫の不器用ながらも伝えてくれた好意に、嬉しく思った。
「ふふ、ありがとうございます。では、冷めないうちにモーニングをいただきましょうか」
「ああ」
(私は旦那様のそんな真っすぐで嘘のないお姿が好きです)
二人だけのモーニングは優しい時間が流れていた──。