第6話 初夜の続きをしようか
『寝室で待ってる。初夜の続きをしよう』
夫から言われたその言葉がフェリシアの脳内で何度も再生される。
(初夜の続きって、そういうことよね……)
王女として教育を受けてはいるものの実際に婚約者がいたこともなくそうした経験がない彼女は、心がそわそわした。
家族の身の安全にホッとしたのも束の間、今度は恋にドキドキすることになってしまう。
(オリヴァー様も、私のことを気にいってくださっているのかしら。恋人から始めるってどこから? どうやって?)
そんなことを忙しく考えているうちにフェリシアは寝室まで着いてしまう。
(ついにもう来てしまったわ……)
しんとした廊下で何度も息を整えてノックをするタイミングを伺っている。
彼女は手をドアノブにかけては離し、かけては離し、を繰り返していた。
「フェリシアか?」
「え……!」
その時、部屋の中から夫であるオリヴァーの声が聞こえてきた。
彼は人の気配に敏く、ドアの前に誰かいることを察知したのだ。
(どうしましょう……!)
気づかれてしまった動揺であたふたしていると、中からオリヴァーが扉を開けて顔を見せた。
「もう家族との時間はよかったのか?」
「は、はい! ですので、そのオリヴァー様のお言葉の通りに……」
そこまで口にしてフェリシアは顔を赤くした。
そうして俯くと、オリヴァーは黙ったまま彼女の手を引いて部屋の中へ引き入れる。
オリヴァーによって扉が閉められると、彼は彼女をベッドへと座らせた。
ついにその時が近づいていると感じて、フェリシアの心臓の鼓動が速まる。
オリヴァーの逞しい腕に支えられながら、フェリシアはベッドに優しく寝かされた。
彼の逞しい腕や筋肉を身近に感じ、彼女の頬は赤く染まる。
オリヴァーの細く長い指がフェリシアの長いブロンドの髪を遊ぶ。
(改めてみると本当に見目麗しいお方……)
黒髪に少し長い襟足、そして綺麗な青い瞳は月の光で光っている。
オリヴァーの指は次第に彼女の頬へと向かっていく。
(オリヴァー様……)
そのままするりと下がってフェリシアの唇をなぞった。
(きた……)
まさに今から夫婦の営みが始まると思い、経験のなかったフェリシアは目をぎゅっと閉じてしまう。
(うう……ドキドキする……)
彼からの愛を受けようと心の準備をしていた時、突然彼に名前を呼ばれる。
「フェリシア」
その声は優しかった。
「オリヴァー様……」
なんとか彼女も名前を呼び返すが、それが精いっぱいで体は緊張から硬直してしまっている。
すると、彼はフェリシアの隣に突然横になった。
「オリヴァー様……?」
フェリシアは驚き隣の夫を見ると、彼はとても優しい表情をしていた。
「無理に返事をしなくてもいい。俺の考えとして聞いてほしい」
「は、はい……」
「君は男と唇を合わせたこともない。そうじゃないか?」
彼にずばり当てられてフェリシアは顔を赤くしてしまう。
(バレてしまっていた……なんて恥ずかしい……)
申し訳なさと恥ずかしさから目を潤ませてぎゅっとつぶってしまう。
(幻滅されたわよね、きっと……)
フェリシアは彼に嫌われてしまったと思った。
「申し訳ございません……」
彼に涙を見せまいとオリヴァーに背を向けてしまった。
(この年で唇を合わせたこともないなんて、がっかりされたわよね……)
背を向けて彼から見えないように静かに流れる涙がシーツに沁み込む。
そう落ち込む彼女の背中がふと温かくなった。
(オリヴァー様……?)
彼によって後ろから抱きしめられていると気づいたのは少し後だった。
オリヴァーは彼女を包み込むように、それでいて強すぎないように触れている。
「君が謝る必要はない。初めてのことはきっと怖いだろう」
「オリヴァー様……」
「俺は今からでも君に触れたい。だが、まずは君のことが知りたい。君がどんな風に育って、どんなものが好きで、どんなことが嫌いか。ゆっくりと『恋』をしないか? 夫婦ではあるが、君とずっといたいからこそ、少しずつ進めたい」
彼からの申し出にフェリシアは肩の荷が下りて緊張がふっと消えた気がした。
「よかったらこちらを向いてくれるか?」
その言葉にフェリシアはゆっくりと体をオリヴァーの方へ向けた。
あの時と同じように彼はフェリシアの涙を拭うと、優しく微笑む。
「まずはこうして君の顔をよく見ていたい。そしてよかったら夜更かしをして君のことを聞かせてくれ」
(なんてお優しいのかしら……)
結婚した日に言われた冷たい声とまるで違う。
優しくて包み込むような彼の声。
(なんだか心地よい……)
フェリシアはオリヴァーの手に自分の手を重ねた。
「フェリシア?」
「私にも聞かせてくださいますか? あなた様の子どもの頃のお話や、お好きなもののことを」
フェリシアの願いに「ああ」と短く返事をすると、二人はお互いの話を始める。
夜が明ける時まで夫婦の語らいは続いた──。
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