第4話 白い結婚の終わり~SIDEオリヴァー~
白い結婚とはよくいったもので、俺も王子という立場であるからこそ幼少の頃から恋愛結婚などできるはずもないと思っていた。
実際、俺は和平の証としての結婚をすることになる。
(政略結婚……まあ、この身分では当たり前だ)
結婚式を終えた俺は、初夜のベッドで告げる。
「悪いが、君を愛することはない。政治の道具であることを黙って了承するような女に気を許すつもりはない」
本音だった。
相手は第二王女らしいが、政略結婚と聞いて黙って了承したと聞いている。
おとなしく自ら政治の道具として利用されることを即日で了承するような、そんな女に気を許すことはこの先ないだろう。
俺は冷たい言葉で彼女を突き放した。
「オリヴァー様、私は構いません。愛されようなどと傲慢なことも望みません。静かにあなた様の邪魔にならないように過ごさせていただければそれで十分です」
彼女は触ってしまえば壊れてしまうような、繊細な人間に思えた。
どうにも全てを最初から諦めているような気の弱い少女の印象を受ける。
(意思はないのか……?)
とにかく夫婦として最低限で過ごせばよい。
そう思った俺は、食事や寝所を共にはしたものの当たり障りない会話しかせずに彼女を自ら愛することはなかった。
だが、一つだけ彼女を尊敬するところが俺にはできた。
「今日も美味しかったわ、ありがとう」
「いえ、フェリシア様のお気に召したようでなによりでございます」
これだ。
彼女は侍女や周りの使用人たちに「ありがとう」と毎日伝えるのだ。
王女であり世話をされることが当たり前であるはずの彼女は、それを当たり前とせずに礼を言う。
(不思議な少女だ)
俺は彼女のことが少しだけ気になり始めた。
父上からクーデター鎮圧のために戦地行きの命が下ったのは、それから半年後だった。
「父上、これを」
「なんだ、これは」
俺は自分が死んだ時のために彼女にできる限りのことをして行こうと決めた。
「フェリシアとの離婚届です。俺が死んだ時には彼女には自由に恋愛をしてもらいたい。彼女から申し出があれば、これで希望の通りにしてもらえませんか」
「それは構わないが……そうか、彼女のこと大事に想っているんだな」
父上の言葉を聞いて、自分の気持ちを考えてみた。
「いえ、そう言うわけでは。ただ、彼女を縛るのは嫌なので」
なんとなくそう答えてしまった。
「フェリシア」
彼女に戦地行きを伝えた時、久々に名前を呼んだ。
いつぶりだろうか、と思っていると彼女は目を丸くして少し目を逸らした。
(名前を呼ぶのは、なんだか気恥ずかしい)
そんな風に思う俺は彼女への挨拶も早々に部屋を後にしようとした。
「必ず、ここに戻ってきてください。無事で」
彼女の返事に、俺は答えることができなかった。
(帰って来る保証はない。彼女に適当な言葉をかけてしまうのは「違う」と思った)
クーデターは徐々に俺たちの有利に進んでいった。
そんな時だった。
部下であるベンからの報告を聞いたのは……。
「殿下、デュヴィラール国王が自白しました!それから……」
その言葉を聞き、俺は戦地を飛び出していた。
(後の処理はベンがやってくれるはずだ。それより、急がなければ、「彼女」の命が危ない! きっと彼女のことだ、戦況を知ってしまえば父親に姉が殺されたと思って命を絶つだろう。その前になんとしても止める)
俺は急いで馬を走らせて屋敷へと戻った。
彼女の部屋に急いで向かうと、彼女は自分の胸に短刀を突き刺そうとしているところだった。
(やめてくれっ!!)
俺は急いで彼女の腕を掴んで止めさせた。
「オリヴァー様、戦地にいるはずじゃ……」
「はあ、はあ……間に合ってよかった」
「全て聞いた。お前の父上から」
「もう全て知っているのですね。我が父、デュヴィラール国王がクーデターを裏で操っていたことを」
膝をついて彼女はむせび泣いている。
「申し訳ございません。オリヴァー様……私は、私は……あなたの命を……」
何度も謝る彼女の傍に俺はいく。
戦況でのことを報告し、彼女の姉と母が無事なことを伝えると余計に彼女は泣きじゃくった。
彼女はこんな重荷を背負って嫁いできていたのだ。
そのことに気づいてやれなかった。
そう思っていた俺は机に置いてある手紙を見つけた。
そこには俺宛のものも混じっていおり、それを手に取ると開いて読んでみた。
彼女の字は綺麗で美しかった。
『オリヴァー様へ
あなたと食事をするのが、好きでした。
あなたの傍で眠ると、安心できました。
もっとあなたの素顔を知りたいと思いました。
もし叶うなら、
来世ではあなたと出会って恋をしてみたいです。
フェリシア』
その手紙を見たときに初めて彼女自身の気持ちに触れた気がした。
どうしてもっとこの彼女に目を向けていなかったのだろう。
政略結婚とはいえ彼女は俺を見ようとしていた、知ろうと思ってくれていた。
(意思がないんじゃない。彼女は必死に自分を押し殺して生きていたんだ)
その事実に気づいた時、とてつもなく目の前の彼女を可愛らしく思えた。
(知りたい、俺も君のことを……)
そんな時、彼女は俺に告げる。
「我が父の罪、そしてあなたを殺そうとしたこと、どんな罰でも受けます。どうか私とは離婚をして、あなたの好きな方と一緒になって幸せになってください」
ああ、ここでも彼女は俺のために動いている。
いつも誰かのために動いていたんだろう。
(だが、君の心を知ってしまった俺はもう、君を手放したくない)
「離婚はしない」
「え……」
俺は彼女の目の前に跪いて、彼女の頬に手を添える。
「正直なところ、先程まで君と離婚をしようと思っていた。その方がお互いのためだと思ったからだ。だが、君の手紙を読んで気が変わった」
(離婚なんてしたくない。君と、俺は……)
「もう一度、夫婦として……いや、恋人としてから始めてくれないだろうか?」
彼女の頬を涙が伝い、それを俺はそっと拭った。
「あなた様の笑顔を初めて見ました。素敵な笑顔ですね」
「君の笑顔も、可愛いと思った」
久々に俺は心から笑みを浮かべた。
彼女と……繊細で人思いの彼女となら俺も恋ができる気がした。
いや、もう俺は彼女に心を奪われているのかもしれない。
来世じゃない、今世で彼女と恋というものをしてみよう。