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「え……!? えっと、でも、その……」

 当然のことだが、婚約というものは結婚を前提にするものだ。

(でも、アーデン様は……病気の後遺症で、結婚するのに困難を抱えておられたはず……)

 だからこそ見目も家柄も良い彼は独身なのだ。

 そう考えつつ、気づいてしまう。結婚と婚約はあくまで別のものなのだと。結婚するのが難しい事情を抱えていようと、婚約するのに支障はないのだ。

「……念のために伺いますが、結婚を前提にした婚約……では、ありませんよね? 私が困った立場に置かれたから、同情心で婚約を申し出てくださったのですよね?」

 自分で言っていて申し訳なくなるが、そういうことのはずだ。

 だが、ライルは頷かなかった。

「同情する気持ちがないとは言いませんが、それがすべてでもありませんよ。私はそんなにお人よしではありませんから」

「それなら、どうして……?」

「あなたにキスしたいからです」

「ええっ!?」

 二度のあれは医療行為なのだと自分の心に言い聞かせ、考えないようにと必死になっていたのが台無しだ。したいとはどういうことだろうか。

「あの……ご冗談が過ぎます」

「冗談ではありませんよ? あなたは魔力過多が解消されるし、私は自分で作れない魔力が貰えるし、実験に協力していただければなお嬉しいです」

「…………実験……?」

 それこそ目まいがしそうな勢いで顔に熱が集まり、ぐるぐると収まりのつかない思考を巡らせていたユージェニーは、かろうじてその言葉を拾った。

「ええ、実験です。粘膜接触による魔力の受け渡しに際してのデータが欲しいのですが、なにぶん方法が方法なもので、なかなかデータが集まりません」

「それは、そうですよね……」

 それこそ恋人か、夫婦にしか許されない踏み込んだ行いだろう。プライベートなことをさらすデータが不足しがちなのは当然だと納得できる。

(でも、いくら結婚に不向きだとはいえ……この方が声をかければ寄ってくる女性は多いのでは……?)

 そう思ってしまい、ユージェニーは尋ねてみた。

「ちなみに、私以外に何人の協力者もとい被験者がいらっしゃるのでしょうか?」

 ライルは苦笑した。

「一人もいませんよ。そもそも私があなたに求婚したことを忘れておられませんか? 被験者を募るたびに婚約相手を変えるなんて、そんな意味のない不誠実なことはしません」

「……失礼しました」

 言っていることは真っ当だ。……そもそもの始まりからして真っ当さからかけ離れているので気づきにくかったのだが。

 よく考えてみれば、ライルの提案はユージェニーにとって悪くない。長年悩まされ続けてきた魔力過多が収まるのならものすごく嬉しいし、ユージェニーの魔力を受け取ったことでライルがより自由に魔術を使えるようになるなら彼にとっても良いことだろう。

 魔力を無駄にしないというのも心が揺れるポイントだ。これまでであれば、魔力過多を起こした後、できるだけ水の形で体外に放出してきた。しかし体への負担が大きく、放出してもしばらくはぐったりとしてしまう。それがなくなるのなら魔術の研究に当てられる時間も増えていいことずくめだ。

 過剰な魔力はコントロールが利きにくく、大きな魔力であれもこれもしよう、とはできない。新作の魔術の試行などもできればいいのだが、魔力過多を起こしているときにそんな繊細な操作などできない。かと言って、せっかくの膨大な魔力を無駄に散らすのはあまり気が進まなかった。それを受け取ってくれるのならありがたい。

「双方にメリットがあるお話だというのは分かりましたが……少し割り切りがよすぎませんか? 要は、婚約は建前、実際の目的はキスによる魔力の受け渡しということですよね……? そんな理由でキスするという割り切りが私にはできなくて……」

 人工呼吸のような医療行為ならともかく、実験としてキスを繰り返すのは……これでも年頃の乙女として、なかなか承服しがたい。キスとはそんな理由でしていいものではないはずだ。

(そうよね……? いえ、経験がないのだけど……)

 ユージェニーは父母のみならず三人の兄たちからも溺愛されているため、もしも誰かと交際でもしようものなら家庭内が阿鼻叫喚の騒ぎになることは簡単に予想がついた。外でもシスコンぶりを隠さない兄たち三人もいるせいで、ユージェニーは今まで彼氏の一人も作ったことがない。作ろうと思ったことすらない。家族以外とのキスもあれが初めてだ。

 自分で言うのも何だが、ユージェニーは箱入りだ。いろいろと分かっていないこともあるとは思うが、そんな自分でも分かる。

 ――ライルが出してきた提案にはきっと、裏がある。

(だって、そうじゃなきゃおかしいもの……! 病院ならきっと魔力過剰の患者さんはたくさんいるはずで、アーデン様ならよりどりみどりのはずだもの。魔力の受け渡しができる水属性の人に限っても複数いるだろうし……)

 いくらパーティで偶然ユージェニーを助けたからと、婚約までして専属の実験協力者にするなんて、少しどころではなく不自然の度が過ぎている。ユージェニーを選ぶ理由なんてほとんどないし、おまけにシスコンの兄が三人もついてくる。彼にとっては他の相手を選ぶ方が面倒がないと思うのだが……。

 そんな風に考えるユージェニーは自覚していなかったが、ライルが暗に結婚と婚約を別々のものとして分けたことに安堵していた。まだ、そこまでのことを考えられていなかった。――彼女は知るよしもないことだったが、ライルはそのように話の流れを誘導していた。

 そしてユージェニーは気づいていなかった。結婚を前提にした婚約ではないはずと確認を取ったつもりでいて、ライルは何も肯定していなかったことに。

「私が婚約者になれば、パーティ以降のごたごたも片付くのではありませんか?」

「……申し訳ありません。アーデン様のところにもきっと、いろいろ行ってしまいましたよね……」

 ライルと話をしなければならないと思ったのが、そうしたパーティ後に起きたあれこれのことだった。

 ユージェニーの成人を祝う誕生パーティではあったものの、外からの見方は婚約者選びのパーティだ。そこであんなトラブルがあり、医療行為であるとはいえ衆目の面前でほとんど何のつながりもない――兄の友人ではあるが、そのくらいだ――男性と、未婚の娘がキスを交わしてしまっているのだ。「そういうこと」なのだろうと勘繰られていて鬱陶しい。

 そのことについてライルに謝るつもりで来たのに――そのことを実際のものにしようと彼は言うのだ。

(本当にもう、どう考えていいか分からない……)

 迷いつつも、彼の手を取らない選択肢はユージェニーにはなさそうだった。

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