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「あの、えっと……」
話をどう切り出そうかと考えあぐねるユージェニーをよそに、ライルはユージェニーが持ってきた手土産の包みを開けた。
「どれも美味しそうですね。ありがとうございます。せっかくですからもう一杯お茶を用意しましょうか。ミルク入りのものが合いそうですが、苦手ではありませんか?」
「いえ、好きです。……じゃなくて、あの……」
「少し待っていてくださいね」
止める間もなく、ライルは席を立った。ほどなくしてお代わりの飲み物を持って戻ってくる。
「どうぞ。熱いので気を付けて」
「……ありがとうございます」
今度は、香ばしく仕上げたお茶に泡立つミルクを混ぜたものだった。これも美味しい。
「一人で頂くのも何ですから、ご一緒いただけませんか? どれがお好みでしょうか」
「お店で人気のものを選んだのですが、私の好みというなら……」
そんな会話をしながらお菓子を摘まむ。先日のことについて話さなければいけないのに、流されるようにして逃げてしまう。
(だって……! 何をどう話せばいいの……!?)
菓子を口に運ぶ手元、口元、ライルのそんなところを意識してしまう。
つくづく、見目のいい人だと思う。姿かたちだけでなく、仕草も洗練されている。育ちがいいのは勿論だし、気持ちに余裕があるとでも言えばいいだろうか。同情されて当然の状況にありながら、悲壮感がまるで無い。
だからだろうか、話していて楽しいし、構えなくていいから気楽だ。……先日の一件のことを除けば。
(ええい、もうどうにでもなれ!)
楽しいはずの時間を損なっていることに耐えきれなくなり、意を決してユージェニーは口を開いた。
「あの、アーデン様!」
「はい、何でしょう」
「……っ! あの、先日の件ですが! あ……」
頭に血が上ったのがまずかったのだろうか。またも目まいを覚え、ユージェニーは口を閉ざして目をつむった。
「失礼、少し触れますよ」
ライルはユージェニーの手首を取り、脈を測るようにして魔力の流れを探った。魔力は血液とともに流れるため、皮膚が薄く血管が表面近くにある手首の脈を取るのと同じ要領で測ることができる。もちろん技術は必要だが、医療魔術師であるライルは当然のように習得していた。
手首をライルに取られたユージェニーは浅い呼吸を繰り返した。こんなところで倒れたくない。いや、病院だから倒れるのに都合がいいと言えばいいのだが、お礼をしている最中にまたもやお礼が必要になることをしたくはない。借りばかりが嵩んでしまう。
「やはり魔力過多ですね。体内を流れる魔力が多すぎて体に負担がかかっています」
「……すみません……」
「謝ることなんてありませんよ。お辛いでしょうから無理に喋らないで。このまま診察室にお連れしてもいいですし、魔力を放出するお手伝いをしてもいいのですが……」
魔力過多という問題ははっきりしているから診療は必要ないし、処置を受けるくらいなら自然におさまるのを待った方がいい。こうした状態によく陥るので、いちいち診療や投薬や医療魔術などを受けていてはきりがない。
過剰な水魔力を水として放出すれば治りは早くなるが、整えられた中庭に水を撒き散らすのは気が引ける。雨が降ったのと同じと言えばそうなのだが、約束もなしに人を訪ねてきたあげく、その人の評判を落とすような真似はしたくない。
幸い、今はパーティの最中ではない。ユージェニーが倒れたところで問題にはならない。だからここで少し休ませてもらって耐えよう、そう考えていたユージェニーの唇に――覚えのある、あたたかいものが触れた。
接触面から、魔力が流れ出していく。同時に、思考が溶けるような感覚がした。
(待って、待って待って……!?)
いつの間にか、ライルの手がユージェニーの後頭部に当てられている。ベンチの背もたれの高さは背中までしかないので、頭を支える形だ。体は背もたれとライルの体で挟むようにされており、はたから見れば完全に恋人同士の距離だった。
――先日と同じように、キスで魔力を受け渡している。
そう気づくまでに時間はかからなかったが、止められない。行き場がなくなっていたユージェニーの体の中の魔力が、出口を見つけて止めどもなく流れ出している。流れる水を制御できないように、こうなるともうユージェニーにはどうしようもできない。
ユージェニーが観念したと分かったのか、ライルの手の力が少し緩んだ。代わりに、励ましを伝えるように指で髪を梳くようにしている。
また迷惑をかけてしまうと気に病んでいるユージェニーの心に、その仕草は染みた。そんなことは考えなくていいのだと言ってくれているようだ。
ややあって魔力の流れが落ち着くと、今度は唇の感触、食べていたお菓子の林檎や胡桃やシナモンの香り、お茶の香りやミルクの味まで、そうした物質的なものを鋭敏に感じ取ってしまう。しかも、同じものを相手も共有しているのだ。
(~~~~~~!!)
ぶわりと頬に熱が集まる。またも暴走しそうになる魔力を、ライルは余さずすべて受け取ってくれた。
言葉のないそんなやり取りを終え、ユージェニーは思わず両手で顔を覆った。
「大丈夫ですか? 具合がよくないでしょうか?」
「……大丈夫です。具合はいいです……」
本当に、魔力過多を起こした後とは思えないほど具合がいい。それも、体に負担のかからない形で魔力を受け取ってくれたライルのおかげだ。
「……先日に引き続き、今日まで……。本当に申し訳ありません……」
「いえ、お助けできてよかったです」
ライルは微笑んでそんなことを言ってくれるが、ユージェニーは罪悪感に押しつぶされそうだ。
「それにしても、こんな頻繁に魔力過多を起こされるのですか?」
「……最近は頻度が少し上がっているかもしれません。新しい魔術の開発に夢中になってしまって……」
正直に白状したユージェニーにライルは苦笑した。
「たしかにパーティで拝見した魔術も素晴らしかったですね。でも、あまりご無理をなさり過ぎませんように」
「ありがとうございます……」
無理をして倒れても、苦しむのは自分だからそこまで気にしていなかった。家族には心配をかけてしまうが、いつものことでもある。体の弱さくらいのことで魔術を控えめにしようなどとは露ほども考えなかった。
そんなユージェニーの心を読んだのだろうか。ライルは表情を真剣なものにして言った。
「ユージェニー嬢。先日の言葉は嘘ではありませんよ。私と婚約しませんか?」