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 具合の悪さに耐えて朦朧としていたユージェニーは、すぐ近くに誰かの気配がするのをぼんやりと察した。まず間違いなく三人の兄の誰かのはずだ。こういった時に真っ先に駆けつけてくれるのはいつも兄たちだし、招待客の多くも兄たちのユージェニーへの溺愛ぶりを知っている。医療魔術師でもなければわざわざユージェニーに処置を施そうとはしないだろう。そんなことをせずとも、ユージェニーが倒れることに慣れている兄たちが対応に当たるだろうことを知っているのだ。

 ユージェニーは自分の体が抱え起こされるのを感じた。きっとこのまま抱え上げて退出を助けてくれるのだろう。ぐったりとしたまま身を任せようとして、かすかな違和感にユージェニーは眉を寄せた。

(…………?)

 だが、瞼を持ち上げる余力すら無い。違和感の正体を追求する余裕などなく、なすがままにされるだけだ。

(何かおかしい気がするけれど、気のせいかもしれないし……こんなに人が大勢いるところでは滅多なことなど起こらないもの、大丈夫なはず)

 体の重さに反して頭は明晰に動いている。違和感はあれど危機感を覚えるようなことではないと考え、ユージェニーは力強い腕に逆らわずに体を抱え起こされた。

 そのまま持ち上げられるのかと思ったが、体が浮く感覚が無い。

 その代わりに――なにか柔らかいものが、震える唇に押し付けられた。

(?? ――――!?!?)

 唇を通じて、過剰な魔力が吸い取られていく。ユージェニーが持て余し、体の中で暴れていた水魔力が、出口を得て奔流のように流れ出していく。

(まずい! どう考えたってまずいでしょう!? 止めなきゃいけないのに、止まらない……!!)

 当然のことだが、ユージェニーはこんな形で魔力を放出したことなどない。きちんと魔術の形で、水に変えて放つのが常だった。魔力のまま結晶化させて体外に出すことのできる者もいるが、ユージェニーにはその才能がなかった。流れるものを扱うのが得意だからか、固めるのは苦手だ。これは別に水魔術師だからというわけではなく、単なる得手不得手の問題だ。

 そもそもの話、自身の魔力を結晶化できる者など数が限られている。他者の助けがあればほとんどの者ができるが、当然ながら助けには対価が必要だし、結晶化魔術は習得の難しい高度な魔術であるため対価は高くなる。そうした者を抱えておけるほどの大富豪であれば話は別だが、ユージェニーはそうした者に依頼して魔力を結晶化してもらうことを日常的にできるような立場には無い。

 それはそれとして、いま起こっている現象は結晶化魔術ではない。魔力がそのまま外界に放出されてしまっている。魔術という形で指向性を与えられていない魔力は、保持者の体から離れたとたん勝手なふるまいを始める。水魔力であれば水になる。霧くらいならまだましだが、強烈な水流であったり、熱湯であったりすると目も当てられない。会場にいる者の命にかかわる。せめて、近くにいる人々が、自衛したり他者を守ったりできる魔術師であることを祈るくらいしかできない。

 深刻な状況なのに、なぜか気持ちが落ち着いていく。体が楽になっていく。おかしい。現実逃避なのだろうか。それとも脳が正常な状態でなくなったのだろうか。

 頭は大混乱しているが、体のつらさが軽減され、ユージェニーは薄く瞼を上げた。上げられるようになるくらいには回復した。――が、次の瞬間、開けなければよかったと心底から思った。

 誰かに、キスをされている。

(…………!?!?!?)

 瞬間的に、顔に血が上った。同時に魔力も一気に流れたらしく、唇を通して――キスの相手へと、流れ込んでいく。

(ちょっと待って!? どうなっているの!? 大丈夫なの!? 大丈夫なわけないわよね!?)

 客観的な事実として、ユージェニーの魔力量は多い。平均的な魔術師の二、三人分の魔力は軽く扱える。そのユージェニーが魔力過多を起こし、しかもそれを相手に流し込んでしまっているのだ。こんなことをしては相手の命が危ない。たとえ相手も水属性の魔力を持っていたとしても、量が量だ。並みの魔術師には扱いきれない。

 だが、同時にユージェニーは気づいた。相手はユージェニーの体を抱え起こしたあと、しっかりと腕で支え続けている。支え続けられている。

 そこでようやく、ユージェニーは相手の顔へ焦点を合わせた。そして、大きく目を見開く。

 彫刻めいて整った端正な顔立ちの青年だ。金の髪と同じ色の睫毛が長い。

 その睫毛が震え、青年が目を開いた。きちんと意志のある仕草だ。その奥の瞳はどこまでも青く、ユージェニーの瞳が湖なら、青年のそれは深い海だった。吸い込まれそうな瞳だ。

 その瞳に、さまざまな感情が過ぎったようだった。ユージェニーへの心配、安堵、計算、そして……恋慕。

 瞳だけでなく、いまだ触れ合ったままの唇が、相手の気持ちを伝えてくる。

(…………!? どういうこと!? 私の勘違いよね……!?)

「…………どういうつもりだ?」

 低い声がユージェニーの耳朶を震わせた。もちろん相手の青年の声ではない。唇を触れ合わせたまま話せるわけもない。

 その声でようやく、青年はユージェニーの唇から唇を離した。

 呆然としながら青年を見てようやく、ユージェニーは彼の顔に見覚えがあることに気づいた。

「……アーデン様……?」

 先ほど話題に上がった、事情を抱えた美しい青年だ。その彼がユージェニーから視線を外し、低い声を降らせた声の主の方を振り仰ぐ。青年に上半身を抱え起こされた状態で床に座り込んでいたユージェニーもつられて同じ方向を見た。

「ウィルお兄様!?」

 憤怒の表情で仁王立ちしていたのは、二番目の兄のウィルだった。声ですぐにそれと分からなかったのは、その声があまりにも普段のものとかけ離れて低かったからだ。そこまで怒った兄の声など聞いたことがない。

 少し距離のあるところから、招待客を遠ざけながら三番目の兄がこちらを伺っている。おそらくは一番上の兄もこの場を収めるための対応をしてくれているはずで、問題の中心にいるアーデンと友人関係にあるウィルに直接の対応を任せたというところだろう。

 ユージェニーの声を聞き、ウィルは少しだけ表情を和らげた。とは言いつつ、怒気は薄れていない。

「ジェニー、大丈夫か? 休むか? 歩けるか? 俺はちょっとこいつに話があるからついて行ってやれないんだが」

 そう言われてユージェニーは瞬いた。短時間では治らないはずの魔力過多の症状がきれいにおさまっている。大丈夫だし、休まなくてもよさそうだし、歩いても問題なさそうだ。そんなことはあり得ないはずなのに。

(もしかして……この方が……私の魔力を吸い取ってくださったの……?)

 考えれば考えるほど、そうとしか思えない。医療魔術には明るくないが、こんな回復のさせ方があるなんて知らなかった。

 ユージェニーの驚きを別の意味に捉えたらしいウィルがさらに表情を険しくした。それを見て、ユージェニーは慌てて言葉を挟んだ。

「お兄様! 私は大丈夫! これって、アーデン様のおかげ……ですよね?」

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