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不思議に思ってはいた。パーティがあまり好きではないはずのライルがユージェニーの誕生パーティに来たのは何故かと。ウィルの友人だからそういうこともあるかもしれないとは思ったが、まさか……
(……まさか私を……そういうことだったなんて)
時折感じた、彼の瞳の奥に灯る熱。あれは勘違いではなかったのだ。
ユージェニーが倒れたとき、兄たちよりも先に駆けつけて適切な処置をしてくれたことも、ユージェニーの魔力過多のことをよく知っていたからこそ出来たことだったのだ。ユージェニーのことをよく知らなければ、普通は魔力欠乏を疑うだろう状況だったのに。
思えばユージェニーも、パーティで見たライルのことがなんとなく気になって視線が引き寄せられたのだった。彼の見目麗しさのためか、周りの女性たちの視線が向けられていたからか……そうではなかった。記憶のどこかに、きっと引っかかっていたのだ。
ライルの真意を知ると、いろいろな疑問が氷解する。
(彼の提案の裏には、きっと何かあるだろうと思ってはいたけれど……)
婚約までしてユージェニーに実験の協力を仰いだことの不自然に首を傾げたのだが、やはり理由があった。悪意などではなくて、むしろ逆の……好意。実験のためだけではなく、ユージェニーを助けたかったという理由。
それを知ってしまうと、嬉しさとともに申し訳なさが募る。
「私は……恩恵を受けてばかりなのに。お返しできるものが何もないのに……」
「充分以上に頂きましたよ。キスは実験のためですが、役得でした。邪な気持ちをなるべく抑えるようにと頑張ったのですが……半分拷問でしたね」
ライルが苦笑しつつ言う。その言葉に頬が赤くなった。
キスは実験のため、そのはずだったのに。
ユージェニーの側も、いつしかそれだけではなくなっていた。魔術にしか興味が向かなかったユージェニーなのに、彼のことがもっと知りたくなっていた。
「さて、実験は一区切りつきましたが……まだ協力していただけますか?」
頬がさらに赤くなる。甘い視線で言われた、その言葉の意味が分からないわけがない。
魔術一筋で結婚のことなど考えていなかった、むしろ考えると腰が引けてしまうようなユージェニーに対して、ライルは気持ちを隠しつつも節度を持って接してくれた。そのときはありがたかったそのことが……今は、物足りない。
「……婚約を名目上のものではなく、実際のものにするということでよろしいですか?」
そして、キスも。実験という名目や必要を抜きにして、婚約者同士として――恋人同士として。
言外の問いかけを、ライルは正しく汲み取った。
「それが私の望みです。そしていずれは……新しい家族になっていただきたいと思っています。私は生家と折り合いが悪く、縁も切れてしまいましたが……」
「……それを後悔させるくらい、幸せな家族になればいいはずです。私の家族とも義理の家族になるわけですし……」
そう言って、ユージェニーは少し苦笑した。
「両親はともかく、兄三人はいろいろうるさいことを言うかもしれませんが……」
それでも、ライルが義理の弟になった暁には、なんだかんだ可愛がられるのではないかと予想している。口では憎まれ口を叩きながらいろいろと世話を焼くウィルの姿が目に浮かぶようだ。
「……それは、大変そうですね。……そして、賑やかそうだ」
ライルは口元を綻ばせた。きっとそれは、彼の知らない家族の形だろう。
「これからも、よろしくお願いします」
言葉とともに、キスが落とされる。
魔力ではなく気持ちを交わす、婚約者同士として初めてのキスが。
初めてではないようで初めてのそれは――蜜のように甘かった。
完結しました。お読みくださった方、ご反応まで下さった方、本当にありがとうございました!




