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「ユージェニー嬢?」

 ユージェニーが少し表情を硬くしたことに気づき、ライルが声をかけた。ユージェニーは躊躇ったが口を開いた。

「あの……ライル様。それは本当に……偶然でしょうか?」

「偶然、とは?」

「ライル様の魔力生成器官と魔力貯蔵器官が特異な状態にあることを幸いと仰いましたが……」

 ああ、トライルは苦笑して頷いた。

「自虐的にとか、強がっているように聞こえましたか? 私は気にしていないのですが……」

「いいえ、そういうことではなくて……」

「では私が、実験と観察のためにわざと自分の器官をそのようにしたのではと疑っていらっしゃる? いくら私でも、実験のためにそこまではしませんよ」

「……いえ、実験のためではなくて……ご自身の魔力過多を治すために、ライル様はそのようになさったのではありませんか……?」

 ユージェニーが直感的に閃いたのはそのことだった。ライルは病気の後遺症で魔力が生成できなくなったということだが、それにまつわる噂にしても彼自身が煽った事実無根の話が紛れている。ことこれに関しては、噂話がほとんど当てにならないのだ。

「罹られたというご病気の病名は? こんなことを聞いて失礼だったら申し訳ないのですが……もしかしてライル様は、病気どころか……魔力過多という病気の治療をなさった結果が、魔力生成器官の不活性化ということなのではありませんか……?」

 ユージェニーのたどたどしい推論を静かに聞いていたライルは、一言だけ言った。

「……知りたいですか?」

 本当に知りたいのか。知ってどうするのか。知った後にライルとの関係性が変わってもいいのか。いろいろな意味が込められた問いかけに、ユージェニーは頷いた。

「知りたいです。気になったことは知ろうとせずにいられない、そういう気性なもので」

 まずいことを聞いてしまったかもしれない。失礼に当たるかもしれない。ライルとの関係を損ねるかもしれない。それでも――知らずにはいられない。魔術師のさがだ。

「……魔術師ですからね。ユージェニー嬢も、私も」

 ライルは苦笑した。続く言葉で答えの半ばを言ったも同然だった。

「真正面から聞かれたのは初めてですし、答えるのも初めてです。病気の後遺症で魔力が作れなくなったと言うと、みなさんそれ以上のことを突っ込んで聞いたりせず遠慮してくださるのですが」

「無遠慮で申し訳ありません。しかし……同じ医療魔術師の方なら引っかかったりされるのでは?」

「病や投薬や怪我などの結果で魔力生成器官が損なわれるのはままあることなので、引っかかりなんてありませんよ。具体的な病名を伏せたところで不審にも思われません。……病気というのは方便ですけどね」

「では、やはり……」

「そうです。これについても噂は噂ということです。魔力過多も病気と言えるので、まるきりの嘘でもないのですが」

 魔力過多で弱っていた体が病気にかかり、後遺症で魔力が作れなくなった、というのが表向き信じられている筋書きだ。

 だが、そうではなく、魔力過多という病気を治すために、ライルが自分で自分の体に実験を施したのだ。魔力生成器官に働きかけ、魔力を生み出すことそれ自体を止める――なんという無茶だろう。相当の危険が伴ったはずだ。

 ユージェニーはたまらなくなって叫ぶように言った。

「もっと穏当な手段はなかったのですか!? 私とのキスによる実験で、魔力過多の治し方を確立する道筋は見えてきているはずですが!」

「そもそもの順番が違います、ユージェニー嬢。私がこういう体質にならなければ実験もできませんでしたし。それに……私には時間がなかったのです」

「時間……ですか?」

「ええ。聞いたことはありませんか? 魔力過多の男児は女児よりも育ちにくいと。何も手を打たなければ私は、成人し、なおも生存できる可能性が非常に低かったのです」

「…………!」

「それだけではありません。私が自分の魔力生成器官を不活性化し、魔力貯蔵器官を空にしておくことで……あなたの魔力を受け取り、あなたの魔力過剰を軽減させることができるのです」

「…………!? ライル様、それは……」

「私は生きたかったし、あなたを助けたかった。その両方が叶う手段があるのだから、選ばない理由がありません」

 ライルはそう言うと、ユージェニーの腕をつかんで引き寄せた。そのまま噛みつくように唇を重ねる。

「!?」

 魔力の受け渡しを伴わない、ただ唇を合わせるだけの行為が――ひどく熱い。心をかき乱す。魔力ではなく感情の流れがめちゃくちゃだ。

 動揺して、ものを考えることができない。小さい頃に病院で出会った少年は、自分で自分を生かすかたちで目の前にいる青年になったのだ。しかもそれは彼自身を生かすだけではなく、ユージェニーを助けることにもなった。

(自分で自分を治すのだと……)

 小さかったライルが言っていた通りになった。そこにどれほどの苦痛と苦労とがあったのかは計り知れない。

 それを思うとたまらなくなり、ユージェニーはライルの背中に腕を回した。労わるように、祝うように、ぎゅっと抱きしめる。それにライルがびくりと大きく震えた。

「……あなたはずっと、私の拠り所でした。一番苦しい時期に出会って、ご自身にも必要なはずの薬を分けてくださった。あなたが発表なさった魔術の組み方が私の研究のヒントになったことも、何度もあります」

「そう言っていただけるようなことができたかどうか……でも、お言葉は嬉しいです」

 医療魔術はさっぱり分からないし分かる気もしないから手を出せないのだが、ユージェニーの魔術が何らかのヒントになったというのは嬉しい。

 ライルはなおも続けた。

「私が生きたいと思ったのは、またあなたに会いたかったからです。健康な姿になって、会いに行きたかった……」

 ウィルが彼を誘っても家に来なかったとは聞いていたが、まさかそういうふうに考えていたとは。

 そして、もう一つ「まさか」がある。

「あの、ライル様。まさか、ライル様は私のことを……」

「ええ。ずっと好きでした。ユージェニー嬢。あなたの誕生パーティに行ったのも、あなたの成人を祝いたかったのと……婚約者候補として名乗りを上げたかったからです」

「…………!」

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