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 色々と悶々と考えていたら、ライルと顔を合わせるのがなんだか気まずい。ユージェニーはいつもよりも重い足取りでライルの研究室に向かった。

「いらっしゃい。いつも協力をありがとう」

 そう言ってライルがユージェニーを迎える。そして――キス。粘膜接触による魔力の受け渡しのデータを集めるための、無味乾燥であるはずの行為。

 いつもはつとめて何でもないふりをしていた行為が、今日はなぜだか受け流せない。吐息に熱が混ざって、ライルは心配そうに眉を寄せた。

「もしかして具合が悪いのですか? 魔力を頂きすぎたでしょうか」

「いえ! それは大丈夫です!」

 ユージェニーは慌てて首を振った。体調はまったく問題ない。なぜだか心の調子がおかしいだけだ。

「それならいいのですが……」

 なおも心配そうにユージェニーの様子を伺いつつ、ライルは受け取った魔力量の測定を始める。魔力の伝導性の高い材質を使った取っ手を掴むことで、その者の体内の魔力量を測定する器具だ。

 分析結果が表示される画面を眺めながらライルが少し首を傾げる。

「量は……いつもと変わりませんね。質も変わりないようですが……長期間にわたる受け渡しのせいで影響が出てきてしまったのでしょうか?」

「いえ、あの! 本当に大丈夫です! 少しいろいろと考えることがあって、昨夜はあまり眠れていなかっただけなので……」

 まるきりの嘘でもない言い方で誤魔化そうとしてみるが、ライルはこれにも首を傾げた。

「ユージェニーは睡眠時間がもともと短めの体質ですよね。魔術の試行や研究をして就寝時間が遅れるどころか徹夜でさえ平気でなさるのに。今日はやはりご様子が違いますね。ここは病院ですし、診療をお受けになりませんか?」

「診療は定期的に受けていますし大丈夫です! それよりも、その……この実験について伺っても?」

 いつになくキスに動揺していることを誤魔化そうとしてみるが、頭がどうしてもそこから離れてくれない。

 だが、気になっていたのも事実だ。そろそろデータも集まってくる頃だろうし、進捗を確かめてみたい。

 興味津々で元気そうな様子のユージェニーに少し笑い、ライルは頷いた。

「そうですね。そろそろデータも溜まってきましたし。データがこちらで、効率とロスについての試算がこちら、計算式の根拠が……」

 器具の画面を示したり紙束をめくったりしながらライルが説明していく。ユージェニーは時折質問を挟みつつ、興味深くそれを聞いた。

「やはり単純な皮膚接触と比べると差が歴然ですね。魔力結晶を作るときは手を触れ合わせるのが普通のやり方ですが……」

「魔力を操作するという点では、手というのは理に適っていますから。感覚器はいわば外界に出た脳であり、手のそれは脳の魔力操作における枢要な部分に直接的に連結します。魔術を知る前から、人は手によって物を作り、操作してきて、そのように発達した部分ですから」

 でも、とライルは話を転換する。

「魔力の出し入れという一点において、効率だけを考えれば……キスは単純に手を繋ぐのとは比べ物になりません。魔力は生命力と同根のものとして、いわば口移しで食べ物を与える親鳥と雛のような、そんな原始的なやり取りに回帰していくものかもしれませんね」

 魔力はいわば世界を成り立たせる力だ。それは生命に宿り、命なき物にも宿り、世界を構成していく。ライルは魔力の生成ができなくなったが、肉体そのものに付随する魔力は別だ。魔術を使えない者とて肉体には微量の魔力を帯びている。そうした者と同じ――ただし、魔力貯蔵器官はある――ということだ。

「単なる魔力の受け渡しというだけではなくて……根本的なところから考え直しを問われるものかもしれませんね」

 ユージェニーの言葉にライルも頷いた。

「ええ。ですのでデータは本当に貴重です。ユージェニー嬢にはご協力を頂いて、本当に感謝しているのですよ」

「……それは、ようございました」

 そう、彼にとってのキスは単なる実験だ。ユージェニーが妙に意識してしまっただけだ。

(お兄様が変なことを仰るから……!)

 この場にいないウィルに心の中で八つ当たりをする。

 ウィルのことを思い浮かべたユージェニーは彼の話の内容も思い出した。それにつられるように、ユージェニーが初めてライルと会ったときのことも。

(ライル様は昔から、ご自身の魔力過多をご自身で治そうとしてこられた。そのことは私も聞いたし、お兄様も覚えていらした。もしもそんな方法ができたら、私の魔力過多も解決するかもしれないと思っていたのだけれど……)

 ユージェニーははたと思い至った。

(でももうこれ、治っているようなものじゃない!? キスは必要だけど……)

 ライルとキスを交わすようになってから、ユージェニーは魔力過多に苦しんでいない。おかげで体も強くなり、魔術にいっそう没頭できるようになり、すこぶる快適だ。

「……もしかしてライル様、このご研究を通じて……魔力過多に苦しむ人を救える算段が、すでについているのでは……?」

 ライルは頷いた。

「まだ遠いですが、目算は立っています。キスで魔力のやり取りをするとなると、魔力の相性や倫理の問題があってなかなか難しいですが……呼吸器のようなものを介した形にできれば抵抗も減りますよね」

 そのために、とライルは続ける。

「キスによって魔力を受け渡す実験だけでなく、体内の魔力生成器官と魔力貯蔵器官への知見も深めなければなりません。幸い私はどちらも特異な状態にあるので、実験にすこぶる適しています。普通の人であれば魔力生成器官を観察するのが精一杯、それでも魔力の暴走の危険もありますし……」

 例えるなら、水道の蛇口と水のタンクだ。水が流れ続けている蛇口を観察するには流れが邪魔だろうし、タンクを観察するにも水が邪魔だ。ライルは魔力生成器官が壊れており、放っておけば魔力貯蔵器官も空のままなので観察にも――実験にも――適しているのだろう。

(実験好きなライル様のことだから、ご自身のことも容赦なく実験台としてご覧になっていそうだけれど……)

 そこまで考えたとき、ふとひらめきがあった。不意に風に乗って流れてくる花びらをつかみ取ったかのような感覚だ。

 ライルはあっさりと自分自身を実験台に使うようなところがある。手続きを面倒がって人体実験を飛ばし、直接自分で人体実験をした前科がある。

(ライル様は、もしかして……)

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