13
「そうですよ。言いにくいですが……そのお相手にはいささか問題があるのでは? 考え直してはいかがでしょう」
一人が口火を切った後、二人目の男性も便乗するように言った。近くで様子を窺っているらしい気配がするから、このように思っている人は他にもいそうだ。
リックス家は名家だし、縁を結びたいと思う者は多い。そして、リックス家の娘はユージェニー一人だ。姉妹がいないため、男性からの求婚はすべてユージェニーが受けることになる。
そうした事情は理解しているし、受け入れているのだが……なぜだか今回は、かちんと来た。
(人がせっかく楽しんでいたのに……)
ライルの人となりを見ず、病の後遺症があるだけで婚約者として不適格という烙印を押すものだから。
言い分は分かるし、貴族の婚約とはそういうものだと分かっているが、聞き流せなかった。
「お言葉ですが」
ユージェニーは声を荒げず、しかし断固として言い返した。
「ライル様は私に良くしてくださいますし、立派な魔術師でいらっしゃいます。血を受け継ぐやり方でなくても、力を合わせて魔術の新しい可能性を拓いていくことができると思っております」
言いながら、自分の考えがまとまっていくのをユージェニーは感じていた。
家のことは、三人の兄がいるから大丈夫だ。妹思いすぎるところを除けば三人はそれぞれに優秀だし、何も問題ない。……ユージェニーが絡むととたんにポンコツ化するのだが、それは措いておくとして。
いつの間にか、婚約者の立場が仮初のものでなくていいと思い始めていたのだ。彼と一緒に魔術に没頭する日々はきっと楽しいだろうと。
彼も同じように思ってくれるのなら、本当の婚約者になることも吝かではないと。
もともとユージェニーは病弱さから、普通の結婚はできないだろうと思っていた。魔力過多が解消されて思いがけず健康に近づいてきたが、それもすべてライルのおかげだ。
思いがけずきっぱりしたユージェニーの言葉に、声をかけてきた男性たちは怯んだようだった。
「ユージェニー嬢……?」
なぜかライルまで一緒になって驚いているようだが、やはり図々しかっただろうか。
「……そうでしたか。失礼いたしました」
男性たちがそそくさと離れていった後、ライルはためらいがちに尋ねた。
「すみません、勘違いしてしまいそうなのですが……先ほど仰ったことは方便ですよね?」
「いいえ、本音です」
「結婚まで考えてくださったように聞こえたのですが?」
「それもいいなと思ったのですが……ご迷惑だったでしょうか」
「いいえ、そんな! 実は私は……」
「ライル様となら、恋とか愛とかいったものを抜きで一緒に魔術に没頭できると思ったものですから」
「……。……そうですね……」
勢い込んでなにやら言おうとしていたライルは、ユージェニーの言葉になぜか肩を落とした。ややあって気を取り直すように微笑んだ。
「今はそれでいいです。これからもよろしくお願いしますね」
言うとライルは、ユージェニーの唇にキスを落とした。魔力の受け渡しのない、普通のキスだ。
「……っ!?」
慣れてきたとはいえ、いきなりで驚く。しかし拒絶はしないユージェニーの様子に、ライルは満足げに微笑んだ。
そんな二人の様子を周りの人々は見ていたし、叔母のメアリーもしっかり見ていた。
新しい話の種を見つけたメアリーは上機嫌で、あまり長居するつもりのなかったライルとユージェニーが辞去の挨拶を述べたときもあっさりと二人を解放してくれた。話題を提供する形になったライルへ、獲物を見つけた肉食獣のような視線を送る一幕はあったが。
ともかくも、パーティはそうしてつつがなく終わった。
パーティだけでなく、魔術研究の進み具合も上々だ。
三人の兄はこの上なくユージェニーによくしてくれるが、ライルとの距離はまた違った親しさで、身内ではない分の不思議な気楽さがあった。
もしもこのまま結婚することになったらこれが日常になるわけで、それも悪くないと思っているのだが。
ライルとはほとんど毎日顔を合わせている。彼は休みの日であっても研究室にいることが多いので、訪ねればかなりの高確率で会うことができた。あらかじめ訪問を知らせておく必要はないと言ってもらっているし、なんなら勝手に入っていいとまで言われている。さすがにそこまでは、と遠慮しているのだが。
その日もユージェニーはライルの研究室に行くつもりで家を出ようとした。
しかし、それにウィルが待ったをかけた。
「ジェニー……ずいぶんあいつにべったりだな。それに聞いたぞ!? パーティでのこと。近い未来に結婚を考えているようなことを言ったとか……さすがに方便だよな!?」
「ええと……」
ユージェニーは少し視線をさまよわせたが、正直に答えた。
「そういうことになるかもしれないとは思っているわ」
「…………!」
ウィルは衝撃を受けた顔で硬直した。
「……結婚……? ジェニーが……? ジェニーが家を出てしまったら、俺たちは生きていけるのか……?」
何やら不穏なことが聞こえてきた気がするが、気にしたら負けだ。
「すぐではないし、家を出るとか出ないとか、そういう具体的なことも決まっていないもの。まだしばらくは付かず離れずの関係のままだと思うわ」
「それで済むわけがないだろう……! こんなに可愛いジェニーといつも一緒にいて、付かず離れず? そんな微妙な距離感を保つ余裕がある男なんていないだろう!」
「お兄様ったら……」
それはさすがに兄の欲目すぎる。ユージェニーは肩をすくめ、ウィルに背を向けて家を出ようとした。
しかし、その腕をウィルが引き留めた。
「ジェニー……俺は兄として心配だよ。だってあいつ、絶対昔からジェニーのことが好きだったはずなんだから」
「え……?」
何を言われたか一瞬わからず、ユージェニーは呆けた声で聞き返した。
「昔から……? 昔も何も、ライル様とお会いしたのは誕生パーティが初めてのはずよ。もちろん、覚えていないだけかもしれないけれど……」
「そうか、覚えていないか! 所詮それくらいのことだったというわけだな」
ウィルはなぜか急に機嫌をよくした。逆にユージェニーは首を傾げた。
「あんな綺麗な方を忘れるわけないと思うし……どこかのパーティでお目にかかったことがあったかしら? でもライル様、パーティはあまりお好きではないようだし……」
「綺麗……? ああそうか、ジェニーは覚えていないんだな」




