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「まあまあまあ! よく来てくれたわね! パーティをどうぞ楽しんでいって!」

「ご招待ありがとうございます、叔母様」

 叔母のメアリーと抱擁を交わしながら、ユージェニーはお決まりの挨拶を述べた。

 メアリーは父の妹にあたる。風魔術エメラルダスの名家に嫁ぎ、娘が三人いる。三人ともユージェニーより年下だが、すでに婚約者がいる。メアリーは三人に良縁をまとめたという自負があるらしく、近い親戚であるユージェニーにも事あるごとに婚約者候補を紹介しようとしていた。

 そのメアリーは、自分が決めたのではない婚約者をユージェニーが連れて来たことを当てこすって言った。

「それにしても水くさいじゃない。良い人がいるならそう言ってくれればいいのに……」

「申し訳ありません、バートン夫人。私が口止めしていたのですよ。なにせ厄介な事情を抱えた身でして……」

 ユージェニーを庇うように割って入ったのはライルだ。白衣も眼鏡もなしで正装をしていると、周りを気後れさせる美貌が際立っている。

「あらあら」

 メアリーはさも今気づいたように反応しているが、パーティ会場にユージェニーをエスコートして入ってきたライルのことは最初から興味津々で観察していた。隣にいたユージェニーにも視線が感じられるほどだった。

「あなたがジェニーの婚約者ね?」

「ライル・アーデンと申します」

 文句のつけようのない礼をして、ライルは少し微笑んだ。メアリーが思わずといったように赤くなる。

(叔母様を懐柔するための笑顔なのだろうけれど……分かっていても破壊力がすごいと思うわ……)

 ユージェニーは感心するような思いで眺めていたが、そもそもこの状況はユージェニーのせいで、ライルの行いはユージェニーを助けるためのものだ。他人事のように眺めていていいわけがなかった。

 そのことを思い出し、ユージェニーはさりげなく口を挟んだ。

「叔母様、ライル様は良い方よ。心配なさらないで」

「そうは言ってもねえ、結婚って家同士のものでしょう? それを考えてしまうと、ちょっとどうかと思ってしまうわ」

 案じるふうに、しかし興味深々なそぶりを隠せもせず、メアリーは頬に手を当てた。

 ライルは気を悪くしたふうもなく微笑んだまま答えた。

「実家との繋がりは切れましたが、爵位は持っておりますし、生活の基盤もあります」

「言いにくいけれど……そういうものを受け継ぐ子供を作れないとなると……」

「ああ、噂を耳にされたのですね。病の後遺症で子供を持てなくなったという。それは単なる噂です」

 え、と驚いたのはメアリーだけではなくユージェニーもだった。噂は知らないが、状況からそのように思い込んでいた。

 ライルは続ける。

「問題があるのは魔力の生成器官だけなので、他は問題ありません。医療魔術師として、専門家として保証します」

「あらまあ、そうだったの? だったらどうしてそんな噂があったのかしら」

 半信半疑の顔つきで叔母は首を傾げた。ライルはすまして答えた。

「いろいろと都合がよかったからですよ。実家との繋がりも、家柄や血筋などを目当てに近づいてくる者との縁も、それで切れてくれましたし。私にはユージェニー嬢がいるので」

「ライル様……」

 そういう風に話を持って行ってくれたのは有り難いが、そのせいでどこまでが本当のことなのか分からなくなった。勘当されたのではなく、そのように仕向けたのだろうか。そうであってもおかしくないような感じではあるが。

「ふうん、そうなの……」

 面白いことを聞いた、というようにメアリーの目が輝く。大丈夫だろうか、とユージェニーは案じた。

「パーティの主催者の方をいつまでもお引き留めしていては申し訳ないので、私たちはそろそろ失礼いたします。ご招待くださりありがとうございました」

「まあまあ、そんな。楽しんでいってくださいましね」

 慇懃にライルが辞去の挨拶を述べ、メアリーが鷹揚に応える。いつもであればメアリーからの詮索じみたお節介の言葉が続くところだが、今日はあっさりと解放された。

 そのままライルに連れられるかたちで会場を歩き、メアリーから充分に離れたところでユージェニーは口を開いた。

「その……大丈夫なのですか?」

「大丈夫、とは?」

「噂が事実無根だというふうに仰ったことです。何かご都合があってわざと噂を否定してこられなかったのでしょう? それなのに叔母様に知られてしまっては、すぐに広まってしまいます」

 ああ、とライルは納得したように頷いた。

「そうでしょうね。それに、そのように仕向けましたし。あの方の好奇心を満足させて、他の人にすぐ話したいと思わせる情報も提供して、ご挨拶の顔合わせを短く済ませました」

「それは、有り難いのですが……」

 よかったのだろうか、と案じるユージェニーに、ライルは意味深に微笑んでみせた。

「大丈夫ですよ。私は私の都合のいいように動いたまで。……それに、嘘はひとつもついていませんしね」

「? 何か仰いました?」

「失礼、独り言です」

 最後に付け足した言葉を聞き取れずに聞き返したのだが、ライルはそう答えただけだった。

「さて、せっかくのお呼ばれですし、楽しみましょうか。美味しそうな料理が並んでいますし、会場の飾りも興味深いですね。細工物の鳥が歌うのは風魔術の応用でしょうか」

 会場に楽師はおらず、その代わり、明かりの横に置かれた鳥が歌っていた。ライルの推測通り、風魔術だろう。

「バートン家は風魔術の名家ですしね。見たところ、あの仕掛けも風魔術を中心に組み立てられているようですわ」

 そんなふうに話しながら、料理をつまんだり飲み物を楽しんだり、覚悟していたよりもずっと快適な時間を過ごした。

 いつもは叔母に宛がわれた相手と気を遣いながら会話をして気詰まりな時間を過ごすのが常だったので、ライルがパートナーになってくれていることが有り難い。これが兄の誰かだと、ユージェニーに話しかける者を威嚇したりしてそれはそれで気が休まらないので、もしかしたら初めてまともにパーティを楽しめているかもしれない。

「……鳥の細工の構造ですが、音が響くように空洞を計算して作られているようですね。材質も……」

 そして、ライルとの話はいつも楽しい。ユージェニーが魔術馬鹿ならライルは実験馬鹿とでも言うべきだろうか、ともかくも魔術に対する態度が似ていて、知見も深い。自分とは異なった視点や分野からの分析を聞けるのが楽しい。

 そうして何事もなく終わるかと思われたパーティだが――面倒ごとがやってきた。

「ユージェニー嬢。もしかして不本意なご婚約をなさったのではありませんか?」

 一人の若い男性が、そんな風に言いながらこちらに近づいてくる。

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