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「ウィルお兄様……そのパーティ、本当に行かなければいけない?」

「ジェニー……行きたくない気持ちは分かる。俺も、ジェニーの気持ちを尊重してやりたい。だが……分かるだろう?」

 ライルの研究室から帰ったユージェニーを待っていたのは、叔母からのパーティの召喚状……もとい、招待状だった。

 叔母は顔が広く、世話好きで、ありていに言ってしまえばお節介焼きだ。年頃の貴族令嬢でありながら婚約者を作らなかったユージェニーにやきもきしていたらしく、あの人はどうか、この人を紹介できる、などと事あるごとに仲人になろうとしてきた。

 悪い人ではないのだが、少々押しつけがましいところがある。近い親戚であるため断るのも角が立つし、対応に困ることも多い。リックス家の長男、ユージェニーの一番上の兄も叔母の勧めた相手と結果的に結ばれることになったため、それで気をよくした叔母が張り切ってしまったという経緯もある。上の兄はべつに叔母に気を遣ったわけではなく、順当に相手の人となりを気に入ったから結婚相手に選んだというだけなのだが。

 その叔母がパーティの招待状とともに送ってきた手紙には、ユージェニーが婚約相手に選んだ青年に会いたい旨を書いていた。彼女のお眼鏡に叶うか見定めたいのだろう。

「気が進まないわ……。今まで何度も叔母様の勧めてくださるお相手を断ってしまったし。それだけではなくて、今回は私よりもアーデン様が目的でしょう? 名目上の婚約者になってくださった方に、さっそくこんな煩わしい親戚づきあいにお付き合いさせるなんて申し訳なくて……」

 憂鬱な溜息をついたユージェニーに、ウィルは憤然と言った。

「あいつに申し訳ないことなんてこれっぽっちもないんだが。……だが、煩わしいというところには同意だな。行かずに済む名目があればいいんだが……」

 これまでであれば、体調不良を理由に休むこともできた。実際、そうして仮病を使ったり本当に具合が悪かったりして叔母からの誘いを断ったことが何度もある。

 だがライルという婚約者ができてから、ユージェニーは格段に健康になった。今回の叔母からの誘いはライルを見たいということが第一だろうが、ユージェニーの病弱さが改善したことを確かめたいという意図もあると手紙にはあった。

 じっさい健康になって、あちこちで歩いているのは事実だ。だから仮病を使ったらばれると考えるべきだ。それに加えて、ユージェニーの体が弱いままであったらライルとの婚約は何だったのだという話になってしまう。彼との「医療行為」の話はあっという間に広まってしまったし、その外聞の悪さを婚約という既成事実化でなんとか誤魔化している状況だ。そこを揺らがせてしまうと、それなら叔母の勧める相手と婚約しなおせ、などということになりかねない。

 どうあっても面倒でしかないが、素直にパーティに出て、この婚約に叔母のお許しをもらうのが最もすんなりいく方法だろう。……ライルの都合を除いて、の話だが。

「この状況で断るのは悪手だというのは分かるわ。行くしかなさそう。体調以外に断れる理由もないし……」

「ジェニー、行きたくない気持ちは分かる。俺もできることなら行かせたくないんだ。だって俺らがエスコートしてやれないんだからな」

 他のパーティであれば、未婚の女性のエスコートとして兄がつくのは何の問題もない。だが、叔母の用意した場――ユージェニーと婚約者候補の男性を引き合わせる場――であれば、エスコート役は当然その男性になる。さらに言ってしまえば、ウィルも未婚なので、叔母のお節介のターゲットになってしまう。兄妹それぞれが叔母の紹介する相手とパートナーになって親交を深めることを期待されるような、そんなパーティが今までに何度もあった。

 今回はライルのことが目的なのでウィルの相手探しまでしている時間がなかったらしく、招待状が来たのはユージェニー一人だけに対してだ。

(一人というか……アーデン様も含めて二人なのだけど……)

 無駄に行動力のある叔母はきっと、ライルに対しても同時に招待状を届けているだろう。この話は当然ライルの知るところになるだろうし、そうなったら彼はきっと出席を嫌とは言わない。だからこそ却って申し訳ない。

「アーデン様がパーティがお好きとは聞かないし……むしろ面倒そうにしておられるところを見たことがあるわ。そうしたことに煩わされずに研究したいと思っていらっしゃるでしょうに……」

 再び溜息をつくユージェニーに、ウィルは疑わしげな眼差しを向けた。

「……ジェニー、あいつのことをよく分かっているんだな? まさか名目だけでなく実際の婚約者に……なんてことはないよな?」

「ないわ! ないから!」

 ユージェニーは慌てて否定した。肯定なんてした日には、兄はきっと一目散にライルのところへ押しかけて決闘を挑むだろう。病院内の研究施設にいようと勝負を吹っかけて辺りに被害を撒き散らすだろう。

(……そう考えると、ウィルお兄様も叔母様とあまり厄介の度合いが変わらないような……)

 そんなことを考えつつ、ユージェニーは懸命に兄を宥めた。


「パーティの招待状ですか? ええ、昨日受け取りましたよ。そのお話はお帰りの前にお話ししようと思って言い出さなかったのですが……」

 翌日、ライルの研究室を訪ねたユージェニーが話を切り出すと、ライルはあっさりと頷いた。驚いたり嫌がったり面倒がったりしているそぶりはないが、内心はどうか分からない。名目だけのくせに面倒な婚約者だと思われてしまっているかもしれない。

「ユージェニー嬢は出席されるのでしょう? それなら私にエスコートさせてください」

 当然のように言ってくれるが、申し訳ない。

「よろしいのですか? 私のことで煩わせてしまって本当に申し訳ないのですが……。叔母は、私の婚約者ということで……アーデン様とお会いしたがっているようで……」

「構いませんよ。むしろ好都合ではありませんか? 私たちが婚約関係にあることを周りに印象付けられます」

「それはそうなのですが……」

 ライルはそれでいいのだろうか。病気の後遺症があるとはいえ、その容姿や才能は女性たちを惹きつけるものだ。ユージェニーの婚約者という立場を前面に出してしまったら、もしかして良い縁があるかもしれない可能性を潰してしまうことにならないだろうか。

 ライルが苦笑した。

「どういうことを考えておられるか何となく想像がつくのですが……別に私はパーティに出会いを求めていませんよ?

「えっと、それなら、どうして……」

 どうしてユージェニーの誕生パーティには来てくれたのだろうか。ちらりとそんなことを考えたが、考えるべきことは他にもたくさんある。ユージェニーは思考を追いやった。

 ユージェニーの尻すぼみの言葉に重ねるようにライルは言った。

「私にエスコートを任せていただけますか? ユージェニー嬢」

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