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 冴えた月の光が降り注ぐ、満月の夜。リズビー王国の名家リックス家の城館では、成人を迎えた長女ユージェニーの誕生パーティが開かれようとしていた。

 ユージェニーは長女だが、末子でもある。男児ばかり三人続いた末に生まれた女児であったため、両親からも三人の兄からもこの上なく可愛がられて育った。

 そんなリックス家の愛娘であるユージェニーの誕生パーティは、彼女の婚約相手を選ぶものでもあった。成人を迎えてなお婚約者がいないのは名家の令嬢として珍しいことだが、それは兄三人が優秀で後継者に困っていないことと、政略で他家と結ばれずとも家が安定していることと、もう一つの理由のためだった。

 支度を整えて会場のホールへ向かいながら、昼間に家族で交わした会話をユージェニーは思い返す。

「ああ、可愛いジェニー、無理に結婚なんてしなくていいんだよ。お前は体が弱いんだから……」

 父親のリックス伯爵の言葉に、三人の兄もそうだそうだと頷く。

「俺たちがついているし、俺たちが守ってやるから、結婚なんてしなくていい。むしろしない方がいい」

 そう言い切ったのは一番上の兄だ。すでに結婚して子供もいるのに、妻の前でも妹への愛情を隠さない。ユージェニーが窘めても却って話がややこしくなるので流しているのだが、こんな兄を許している義姉はできた人だと思う。

「そうそう。男たちがお前を眺め回すのも気分が悪いから、今日のパーティは中止しておくか?」

 そう続けたのは二番目の兄だ。さすがにユージェニーも口を挟まずにはいられなかった。

「ウィルお兄様ったら、またそんなことを仰って。用意してくれた使用人たちにも失礼だし、大勢の方がご予定を調整なさってお越しくださるのに……」

 言いながら、ふらりと倒れそうになる。大勢が来ると考えただけで気が遠くなりそうだ。一番近くにいたウィルが慌ててユージェニーを支えた。

「ほら、言わんこっちゃない! お前は体が弱いんだから、無理すべきじゃないんだ!」

 父や兄の言う通り、ユージェニーは体が弱い。成人を迎えても婚約者がいない最も大きな理由がこれだ。

 この国で――この国に限らず、世界の多くの国で――名家といえば魔術の名家を指す。リックス家も例に漏れず、水魔術アクアマリスの名家だ。代々優秀な水魔術師アクアマリーナを輩出している。

 伯爵夫妻も、次世代を担う息子たちも、それぞれに優秀な水魔術師アクアマリーナだ。だが、もっともその才に恵まれたのがユージェニーだった。

「ジェニー、僕も心配だよ。神様は君に強い魔力をお与えになったけれど、その力に体が振り回されているから……」

 眉を下げて案じたのはすぐ上の兄だ。母もそれに頷く。

「本当ですよ。でも、あなたが女の子で本当によかった。男の子だったら……」

 その先を続けられず、母はぶるりと身を震わせる。

 一般的に、女児の方が体の強さは上だ。もちろん、力が強いとか、体が大きくなるとか、そういうことではない。体内で生成する魔力を蓄えたり、魔力が自分の体を攻撃することを防いだり、そうした方向での強さだ。言わば魔力量と免疫力だ。魔力の放出や操作については男性の方が得意な傾向にあるのだが。

 だが、ユージェニーは全ての面において恵まれている。――その代償のように、病弱さを得て。

(私が男だったら……この年齢まで生きられなかったかもしれない……)

 母の言葉を思い出し、廊下を歩きながらそんなことを考える。

(でも、無事にこの日を迎えられたんだもの。せっかくみんなに用意してもらった場なのだし、楽しまなければ。……婚約者ができるとは思わないけれど)

 ユージェニー自身を含めて、リックス家の誰もこの誕生パーティを婚約者選びの場として位置づけてはいない。だが、婚約者のいない令嬢の成人を祝うパーティというものが、周りの人からはそのように見られて当然だというだけだ。さらに言えば、そのように思いたい参加者がたくさんいる。名家の令嬢を射止めたいと思う未婚の男性は多いのだ。

 だが、ユージェニーは自分の体の弱さのこともあり、あまり結婚を考えていなかった。今日のパーティも、そういったことを抜きに楽しむつもりだ。

 廊下を抜け、ホールを見渡す回廊への扉を開ける。本日の主役が登場したことを察した人々がざわめいた。

 ざわめきが徐々に広がっていき、ホール全体に自分の登場が伝わったと察したユージェニーは、参加者に向かってカーテシーで謝意を伝えた。腰は落としつつも頭は下げず、主役として振る舞う。

 人々がほうっと溜息を漏らした。優雅で完璧な仕草に加えて、青ざめた月に喩えられる美貌の持ち主であるユージェニーに感嘆の視線が向けられる。

 自分の容姿が評価されるものであることをユージェニーは承知しているが、あまり深く考えたことはない。魔術のことを考えるので手一杯だ。それに、自分の容姿は愛する家族に通じるものだから、家族が評価されているのだと考える方が幸せになれる。金属のような光沢のまっすぐな銀の髪は母から、湖のような青の瞳は父親から受け継いだものだ。

 父母から受け継いだ美貌に微笑みを乗せて、ユージェニーはついと手を伸べた。

 その指先から、きらめきが舞った。微細な水の粒子が踊り、光を反射し、鳥の姿を形作る。鳥はシャンデリアの間を抜けて虹の軌跡を残しながら会場を一巡りした。

 人々の間から、自然に拍手が湧き起こる。美しいのはもちろんだが、繊細で緻密な魔力操作が必要な離れ業であることが分かったのだ。ここに集まった者は家柄のいい者ばかりで、ということは魔術に造詣の深い者が多い。自身は魔術が苦手であっても近しい者に一人は魔術を得意とする者がいるだろうし、こうした魔術の演出も見慣れている。そのような目の肥えた人々を唸らせるほど、ユージェニーの魔術は素晴らしかった。

 だが、それで終わりではなかった。二羽目、三羽目の鳥がさらに形作られ、吹き抜けのホールの高みを自在に舞う。一羽だけでも賞賛に値する魔術を、単純に考えてもその三倍の難易度で、しかも乱れなく美しく行っていることを考え合わせればどれだけ困難なことか想像もつかない。参加客たちは目を奪われ、鳥たちが舞を終えて虹の余韻が消える頃には熱狂的な拍手を送っていた。

「……ねえ兄さん、これって誕生パーティだよね? 新作の魔術のお披露目会じゃないよね?」

「……そのはずなんだが……ジェニーにとってはお披露目会なんだろうな……。魔術を見せて、魔術談義をして、ダンスなんてそっちのけで……。魔術馬鹿っぷりは可愛いが、我が妹ながら、なにか盛大に間違っている気がするんだが……」

 会場の一角で兄たちがこそこそと話していることになど当然気づくはずもなく、ユージェニーは次に見せる魔術はどれにしようかなどと微笑みながら考えていた。

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