処刑前夜
「何で誰も助けに来ないのよ。誰か、お父様を呼んできて頂戴!」
「煩いですよ、母上。こっちの牢まで声が響いて、眠れないじゃないですか」
「なにを偉そうに……。そもそもこうなったのはアレクシス、お前が原因ではないか!」
貴族牢の入り口で見張る俺たちの前まで、罵り合う声が響いてくる。横に立つ同僚が肩をすくめた。
二つの牢にはそれぞれ元国王夫妻と元王太子夫妻が入れられているのだが……。こうやって毎日のように、壁を間に喧嘩し合っているのだ。衛兵に過ぎない俺たちに雲上の人のお考えは分からないが、あのみっともない様子を見れば彼らが失脚したのも納得できる。
そこへカツカツという足音がして、騎士を伴った貴人が現れた。
あの顔には見覚えがある。確か、ローゼンハイン侯爵閣下だ。
俺たちは慌てて敬礼した。
一見すると柔和に見える顔立ちだが、切れ長の瞳からは鋭い光が放たれている。その視界に入っただけで身が竦む。まるで鷹に獲物と定められた鼠のようだと思った。
お付きであろう騎士が入り口を開けろと手で示す。俺は鍵を取り出し、貴族牢へとつながる廊下の扉を開けた。
「おお、ローゼンハインではないか。手紙を読んでくれたのだな。さあ、早くここから出してくれ」
「……陛下。今さら貴方をここから出すことなど、私にも出来ないことです」
聞いてはいけないと思いつつも、声が廊下に響いているため嫌でも耳に届いてくる。焦った声の元国王陛下に対して、閣下は余裕のある、どこか楽しげな声だった。
「手紙?父上、それはいったい」
「内容をお聞かせしましょうか?」
「待てっ、やめろ!」
「『今までお前の助言に従わなかったことを悔いている。今後は侯爵の言うとおりにする故、貴族派との仲介を頼む。なんなら、王妃やアレクシスを奴らへ差し出してもよい。そうすればいきり立った輩の怒りも少しは収まるだろう』だそうですよ」
「貴方っ、自分だけ助かろうとなさったのですか!妻である私のことはどうでも良いと!?」
「ええい煩い!我さえ無事ならば、また王家を立て直すことが可能であろうが。そのための犠牲だ。喜んで首を差し出します、くらい言えないのか」
「それなら、王太子の俺を残すべきではないですか!父上こそ、俺のためにその御首を差し出して……」
「アレクシス殿下も、クリスティーネに『今までのことは謝る。そちらの国へ亡命したいので、ヴァルツェル辺境伯から国王へ取り持って貰えないか』という手紙を出しておられたようですが?娘へ届く前に、差し押さえましたがね。我が娘もようやく幸せを掴んだようですから。水を差すようなことはしないで頂きたい」
びりびりと紙の裂ける音が聞こえた。おそらく、その手紙とやらを侯爵閣下が破り捨てたのだろう。
「処刑は予定通り、明日執り行われます。最後の夜だ。自らの人生を省みて静かに過ごすことをお勧めしますよ」
「死ぬのは嫌だ!頼む、侯爵!もう王位も要らん。命が助かるならそれでいい!どうか取りなしを」
「陛下。臣下として、最後のお願いです。どうかこれ以上、失望させないで下さい」
先ほどまでとは打って変わった低く冷たい声が響く。そして廊下から出てきた侯爵閣下は、後ろを振り向かずに去っていった。