表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

白百合

「なんだ、これは……?」


 ローゼンハイン侯爵から届いた手紙に俺は困惑していた。そこには『娘を貴殿へ嫁がせたい。今から向かわせるので、詳細は娘から聞いてくれ』と書かれていたのだ。


 ローゼンハイン侯爵のご息女といえば、大層麗しい上に才気煥発。侯爵が掌中の珠の如く愛でていると聞く。それに、ベルンハルク国の王太子と婚約していたはずだ。それがなぜ俺へ嫁ぐという話になるのか、皆目分からない。

 実は何かの暗号なのかと思って手紙を()めつ(すが)めつ調べたが、特に不審な所はなかった。



 出迎えに向かわせた騎士に連れられて現れたクリスティーネ嬢は、評判通りの美女だった。透き通るような白い肌。腰まで届く真っ直ぐな銀髪は艶々と輝き、華奢な身体によく似合っている。白百合のようだと思った。

 何よりも、あの眼。こちらをじっと見つめる琥珀色の澄んだ瞳に、吸い込まれそうな気分になる。

 

 彼女は淡々と経緯を語った。

 とある令嬢へ惚れ込んだ王太子殿下に婚約を破棄されたこと、あらぬ罪を着せられ国外追放となったこと。そして、それが全て侯爵閣下の策であることも。


 詳細を手紙に書かなかったのは、それが政敵の手に渡ることを懸念したからだろう。クリスティーネ嬢の明瞭かつ順序立てた説明はとても分かり易く、彼女の優秀さを物語っていた。


「事情は理解しました。御父上とは、盟約を結んだ仲でもあります。貴方を当家でお預かりしましょう。なにぶん田舎ですからご不自由な所も多々あるでしょうが、貴方が快適にお過ごしになられるよう努めます」


 我が領地はベルンハルク国との国境付近にある。国境にある水源を巡り、かの国の地方領主とは度々トラブルが発生していた。こちらからの抗議をのらりくらりと躱す王家の代わりに、調停を行ったのがローゼンハイン侯爵だった。

 その際、我が王の命で密かに侯爵と盟約を結んだのだ。あの王家よりよっぽど信頼できる相手だと、主君も判断したらしい。


「ありがとうございます。ですが、私は貴方様の妻となる身。過剰なお気遣いは無用でございます」

「いや、しかしそれは」


 そんな旨い話があるわけはないと思った。俺にとっては有難い話だが、ローゼンハイン侯爵側にはこの縁談に何ら利がないはずだ。


 だが彼女はその疑問も予測済みだったらしい。

 

「いずれ、王家は立ち行かなくなる。王太子が私を呼び寄せようとするのではないかと、父は懸念しております。私もそれには同感ですわ」

「なるほど。それでは白い結婚ということですね」


 もし王太子が再度彼女を妃にしようとしても、既婚者であれば応じることは出来ない。

 とはいえ侯爵は、こんな年の離れた田舎領主に本気で娘をやるつもりはないだろう。事が落ち着けば離縁を申し立て、しかるべき所に嫁がせる。閣下の意図はそんなところか。


「いいえ。父はヴァルツェル辺境伯であれば、私を嫁がせるに相応しいと申しております。それを聞いて、私も覚悟を持ってこちらへ来ました。突然の勝手な申し出であることは分かっております。辺境伯様にはご不満もおありでしょうが、どうかこの縁談、お受け頂けないでしょうか」


 熱っぽい目でそう訴えるクリスティーネ嬢。何度も確認したが、白い結婚でなく本当に俺へ嫁ぎたいと答える。

 こちらが否であろうはずもない。

 俺は主君の許しを得て、彼女を娶った。


「本当にいいのか?俺でなくとも、君ならいくらでも良い嫁ぎ先があるだろうに」

「私は貴方様が良いのです」


 初夜を迎える前にもう一度問うた俺に、クリスティーネはそう答えて嬉しそうに微笑んだ。それを聞いた俺が獣になってしまったのは言うまでもない。


 

「農作物の取引量が先月より目に見えて増えているな。君の言うとおり、街道を整備させて正解だった」

「ここへ来る間、悪路の多いことが気になりましたの。お役に立てて良かったですわ」


 辺境伯夫人となったクリスティーネは、領地経営を手伝うようになった。主に指導したのは家令だが、彼もクリスティーネの呑み込みの早さに驚いていた。

 あのままつつがなく王太子と結婚していれば、素晴らしい王妃になったであろうに。


「どうかしました?」


 俺の視線に気づいたクリスティーネが、首を傾げる。


「良い妻を貰ったと思ってね」

「まあ……嬉しいですわ」


 彼女は恥じらいながら赤くなった頬を押さえた。今日も、俺の妻は愛らしい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ