側近の困惑
「それで……どのようなご用件でしょうか、ローゼンハイン侯爵」
王宮の談話室で、俺はローゼンハイン侯爵と二人きりで向かい合っていた。
談話室とは、内密の会談などの際に使用される部屋の隠語である。その存在を知っているのは王族とその側近、高官のみ。
ローゼンハイン侯爵から『話したいことがある。談話室で待つ』という手紙を貰った俺は、慌てて仕事を抜け出してここへ来たのだ。
現在、陛下の執務室は大混乱中である。その原因は……目の前にいるこの男だ。
クリスティーネ嬢の婚約破棄後、ローゼンハイン侯爵は即座に娘を隣国へ放逐し「私も責任を取って辞職致します」と宣言した。そして本当に全ての役職を辞して屋敷へ引っ込んだのだ。
侯爵が務めていた内務大臣の後釜として副大臣を任命しようとしたが、彼は「私にはローゼンハイン閣下の代わりは務まりません」と辞退。強硬に進めようとしたところ、何故か副大臣まで辞職していった。
結局、次が見つかるまで内務部の仕事もこちらが担当している。おかげで陛下や俺たち側近ともども、目の回るような忙しさなのだ。
そのローゼンハイン侯爵が、内密に俺へ話とは……?
「君も忙しい身だろうからな。単刀直入に言おう。君に陛下の側近を辞めて貰いたい」
「は……??」
意味が分からず、素っ頓狂な声を出してしまった。だが閣下は俺の混乱を意に介さず、話を続ける。
「陛下の数々の失策、王妃や王太子の浪費。もはや国庫は底をつきつつある。それに対して陛下は増税で対処しようとしている。それが愚策であること、君も分かっているだろう」
閣下の言う通りではある。既に王家の体面を保てなくなるほど、王家の資金力は乏しくなっているのだ。
「ならば、ローゼンハイン閣下が陛下をお諫めして頂けないでしょうか?長年、王政派筆頭であられた閣下のお言葉であれば、陛下も耳をお傾けになるかと」
「俺は既にクライバー侯爵と手を結んでいる」
「なっ……!」
俺は息を呑んだ。
ローゼンハイン侯爵が貴族派のクライバー侯爵と手を結ぶ。つまりそれは、閣下が王政派から離反したということ。
だが……何故それを俺に言う?陛下の忠実な側近である俺が、主君へ奏上するとは思わないのか。
「俺は、次の貴族会議を欠席する予定だ」
「何ですって!?それではフォークト伯やシュルツ伯も……?」
「ああ」
「お考え直し下さい!増税について次の貴族会議で決議を採ることになっているのは、閣下もご存じのはずです」
この国では高位貴族を議員とする議会がある。国政にまつわる重大事項はそこで決議を取り、過半数の賛成がなくば遂行できない。
貴族派の者たちは、必ずと言っていいほど議案にケチを付けてくる。だが今までは王政派の方が数が多いため、ほとんどの決議をごり押しできていたのだ。
王政派だった侯爵やその傘下の貴族たちが欠席を表明すれば……当然、決議は通らなくなる。
「国庫が空になるのを放って置いて良いと?王家に対してお怒りなのはわかりますが、政の混乱は騒乱の元。ひいては民の暮らしを脅かします。どうか、我がベルンハルク国民のことを一番にお考え下さい!」
「なあ、コンラート。お前は本当にこのままで良いと思うのか?」
「このままとは?」
「無能な王を据えている方が、民のためにならないと思わないかね」
閣下はまじまじと俺の顔を見ながら、辛辣な言葉を吐いた。
普段は貴族らしく、決してこのように直接的な言葉は口にされない方であるのに。やはり、娘に対してあらぬ罪をかけられ、国外追放まで言い渡されたことでお怒りなのだろうか?
「私は王家に忠誠を誓っております。それを違える気はありません」
「その一途さは君の美徳だな。だがよく考えたまえ。あの陛下のことだ。議会での決議如何に関わらず、増税を進めようとするのではないか?そうなれば貴族派がどう出るか……分かるだろう?」
俺はごくりと唾を飲む。
確かに陛下の性格を考えれば、強硬に増税を進めようとするかもしれない。
そうなれば、貴族派は王家を糾弾するだろう。普段から王に対する反感を隠さないパーティツ辺境伯辺りは、武力行使に出ようとしてもおかしくはない。
「コンラート。君は優秀な男だ。このまま王と共倒れになるのを見たくはない。いずれ、相応しい立場を用意する。今は俺に従ってくれないか」
俺はもはや後戻りできないことを悟った。
閣下の誘いを断れば……明日の朝には俺の死体がリーレ川に浮かんでいることだろう。
それに先ほどの話が本当であれば、いずれ陛下とアレクシス殿下は破滅する。
最初から、俺には選択肢など無かったのだ。