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「あー暇だなぁ、なにかいいこと起こらないかなぁ」
俺はとにかく暇だった。
暇で暇で仕方がなかった。
高校二年生の夏休み、本来なら受験勉強にいそしむ必要があるわけだが、俺は思いっきりサボっていた。
はっきり言って勉強する気力なんて毛ほども湧いてこない。
将来のために勉強するらしいが、将来の展望がまるで見通せない友達ゼロ陰キャの俺からしたら、はるか先のことに思いを馳せることなどできようはずもない。
大人になってから死のうがどうなろうがどうでもいい気分だった。
「あーあ、いっそのこと異世界転生なんてしないかなぁ。もうこんな世界で生きるなんて懲り懲りだよ」
「そうか、なら連れて行こうかの」
俺は現在自室にいた。
そして絶賛一人のはず。
しかしながら隣から声が聞こえてきて、気づけば隣にけもくじゃらの爺さんがいた。
「ひ、ひいいいいいいいい! 誰だああああああああ!!」
「大きい声を出すんでない。儂は神じゃ。安心しろ」
やばい、まじで頭のおかしい人が俺んちに入り込んできちゃった。
神とか言ってるし、本気でやばいやつだろ。
どうしよう、つまみだした方がいいよな?
でも俺の運動一切ナッシングしだての腕力じゃにっちもさっちもいかないんじゃ……いや、相手はヨボヨボの爺さんだ。最悪首を締めて失神でもさせればあとはどうとでも運びだせる。
「よし! てわけでしねえええええええ!!」
「はぁ、やれやれ、ストップじゃ」
爺さんが手をかざすと、俺の体は動かなくなった。
「な、なにしやがった……」
「全く近頃の若もんはこれほどまでにも血気盛んなのかの。むしろユトリがどうとかでひ弱になっておると思うておったが。まぁよい、ともかくここではなんじゃ、連れて行こう」
神様がフォン! と鼻息を鳴らした。
次の瞬間、目の前の景色がかき消えた。
気づけば俺は青い空間にいた。
なんともいい難い、神秘的なファタジックテクノロジー的なものすごい空間だ。
息を止めるだけで飲み込まれていってしまいそうだった。
「こ、ここは……」
「ここは天界じゃよ。まぁ儂が作り出した仮想空間なんじゃがな。ここでならゆっくり話ができるじゃろう」
「そうか、なら良かった……じゃねぇから! 誰だよあんた、もしかしてただの爺さんじゃないな!?」
「じゃから神じゃと言うておろう。いきなり驚かせてしまったのはすまんかった。つい出来心でやってしもうたのじゃ、許してくれんか」
「ふん、ヨボヨボの爺さんに頭を下げられてはさすがの俺も許すってもんだぜ。まぁそんなことはいい、なにはともかく今この状況がなんであるかを、じっくりこっとり説明してもらおうか」
「いいじゃろう」
神と名乗る人物は古代風の衣服に身を包んでいた。
ただの爺さんかと思っていたが、こうして見ると意外と雰囲気はあるのかもしれない。
「まず儂がお主に会おうと思ったのは、一つ、お願いごとをしたかったからなのじゃ」
「願いごと? なんだよそれは、怪しいな」
「怪しくないぞい。お主には異世界に転生してほしいのじゃ。そしてそこにおる魔王をぜひとも討伐してもらいたいのじゃ。怪しくないじゃろ? そして難しくもないじゃろ」
異世界、魔王? 知ってる、身近で聞いたことも見たこともないが、それは俺が普段からの妄想を膨らませていた世界、ファンタジー世界に連なるワードにほかならない。
「ビッグ、エクセレント! それは知ってるぜ爺さん。俺はその異世界とやらを知ってる。いや知らないけど知ってるんだ。これが伝わってほしいんだ」
「わかる、わかるぞ。お主は普段から異世界に行きたかったんじゃよな。どうしようもない地球という星から抜け出して、自分という存在をリスタートできる、新たな世界から人生を始めたかったんじゃよな」
ああ、この爺さんは分かっている。
俺の心を完全に掌握してやがる。
もし俺が男でなければこの爺さんと結婚していたかもしれない。
子供はできないだろうから、そこは自力で妄想妊娠的な感じで踏ん張るしかないだろうが。
まぁそのくらい俺のハートはびくんびくんしてしまったということだ。
「ありがとう、ありがとう。僕はついに異世界に転生できるんだ」
「そうじゃよ。その世界は魔王の恐怖に脅かされておる。しかし神の規約上儂が直接手を下すわけにもいかん。そこで転生者を使い、間接的にこれを排除する必要があるんじゃ。お主には儂の力を一部授けてやる。どんな能力が良い? 考えろ、考えて教えてくれ」
そんなことを尋ねられた。
しかし俺の頭の中は、異世界で繰り広げられるであろうハーレムいちゃいちゃ奴隷生活の妄想で埋め尽くされていた。神の言葉など、もう俺の耳には入ってこなかった。
「シャラップ!!」
神様が俺にビンタをかましてきた。
はっ、びっくりした。でも痛い、痛いよ。
「神様、僕は黙ってたじゃないですか。どうしてぶつんだよ」
「そんなもん関係ないわい。お主はともかく儂が授けた能力で魔王を討伐する。それだけのために生きればよいのじゃ。そこのところは分かっておるのじゃろ?」
「ああ、分かってるよ。もちろんだよ。神様の機嫌をこれ以上損ねれば、俺がどうなるのか理解はしているつもりだからね。それじゃあ早速能力とやらを決めさせてもらうとしようか」