春・のど飴
春。出会いと別れの季節。
冷たかった空気が少しずつやわらいで、どこかセピア色のようだった冬の景色が鮮やかに色付いていく。それにつられて自分まで新しく生まれ変わるようで、彩り豊かになった景色を眺めていると無性にわくわくしてくる。
春こそが四季の中で最も美しい季節だ、と私は思う。
「あ゛あ゛ーーー」
けれども、ごみ箱の中に大量のティッシュを積み重ねていく私には美しさの欠片もない。
「りーちゃん大丈夫?」
半笑いで心配してくれる友人に言葉を返そうにも、ティッシュを手に首を振ることしかできなかった。
私がどれだけ春を愛そうと、春は優しくしてくれない。いや、正確には花粉を撒き散らすスギやヒノキが悪いんだ。だから春は悪くない。
"ハル"という恋人を庇い立てするような妄想を膨らませかけた自分に虚しさを覚えて、思わずケースの上に置いたフルートに目を向ける。私はこの白銀に輝く小春ちゃんと二人三脚で歩めたら十分だ。だから余計なことは考えない。
とは言え、花粉のおかげで小春ちゃんとも足並みが揃わないのは事実だけど。
「ごめん先に進めてて」
底を尽いたティッシュを買うべく小春ちゃんを泣く泣くケースにしまい、吹奏楽部のひしめく廊下を早足で抜ける。
パート練習の時間が削られていく焦り。
仲間たちへの申し訳なさ。
花粉への恨めしさ。
麗らかな春の気配に水を差す気持ちが胸の中の、ちょっと背中側で渦をまく。学生らしく校舎の屋上で叫んで鬱憤を晴らしたいけれど、花粉でいがむ喉はそれすらも許してくれない。
愛すべき春との相性の悪さに辟易しながら購買へたどり着き、他の商品には目もくれないでティッシュ箱をレジに置いた。
「花粉症ですか」
「へっ」
穏やかな男性の声にふっと顔を上げる。見れば爽やかな顔立ちをした同年代の店員さんが、レジを通す流れ作業の片手間に笑顔を見せてくれていた。
「あ……はい」
あ、こういうの本当にあるんだ。
そんなセリフが脳裏を過ぎり、胸がすっと晴れるような心地がする。頭が回らず情けない返事しかできなかったこととマスクの中が大惨事なことを除けば、絵に描いたような恋の始まりだった。
「あの、これ良かったら。気休めにでもなるかもしれないので」
「あ……どうも」
そうして恋が実った試しなどないけれど。
それでもどこか満たされた気持ちでティッシュとオレンジ色の包み紙を受け取り、私は小春ちゃんの待つ階上へと戻る。
なぜ彼が花粉症を気にかけてくれたのか。
それで渡してくれたのがどうしてのど飴なのか。
分からないことばかりだけど、道すがら口に放り込んだかりんののど飴は口角が上がるような甘酸っぱさだった。