豚鳴村・オークウェンと、初めての夜
チャイが記憶を頼りに、木こりの村まで案内してくれることになった。村は祭壇からそんなに遠くないはずだという。
森の中の小道を三人で進むと、魔物と遭遇した。
二メートルはあろうかという黒光りした巨大なムカデが行く手を阻んでいる。
「ノォオオ!? 無理! 無理よあれは!」
アメリコは悲鳴をあげた。脚が多い生き物は苦手らしく、銃を召喚することも忘れている。
「仕方ないのぅ」
ヒメノが日本刀を召喚、向かってくるムカデの化け物を難なくザクザクと斬り刻んだ。
「ヒメノ……平気なの?」
「遠慮なく殺せる相手は平気じゃ」
「Oh……」
串刺しにしたムカデの頭を持ち上げて笑顔。そんなヒメノに青ざめるアメリコ。意外にサイコパスな一面を垣間見てしまった。
やがて森が開けた明るい場所についた。
「あった、あそこだ」
先頭をゆくチャイが指差す先、大小の丸太小屋が点在する村が見えた。村を囲むように木の柵が取り囲んでいる。村というより集落といった雰囲気だ。
「こんな森の中でよくわかったわね」
「まぁね! オイラは森エルフだぜ? 森のことならまかせてよ。木々の様子や生えている植物、咲いている花、鳥や虫の声……。いろいろな事から自分がどのへんにいるかわかるんだ」
「すごいわチャイ」
「なるほどの、さすがじゃの」
「まぁね!」
実に便利なエルフの命の恩人になったものね、とアメリコとヒメノは内心ほくそ笑んだ。
「よーし、じゃぁ早速『生贄村』に乗り込みましょう!」
「恐ろしいネーミングの村じゃの」
「気をつけてよ、あいつら油断ならないから」
「オーケー!」
意気揚々と正面にある入り口、木柵のゲートへ向かう。すると出迎えの人々が待ち構えていた。
オークでもエルフでもない、普通の人間たちだ。
肌は白く顔の彫りが深い。髪はブロンドか茶色で、服装はそこそこ整っていて、どことなく中世ヨーロッパと北欧を混ぜたようなイメージだ。
「歓迎します、旅の魔女様たち……」
「魔女じゃないわ!」
「まぁ待つのじゃアメリコ」
「一部始終を村の者が見ておりました。あの恐ろしいオークロードを相手に戦い、圧倒的な魔法で倒したと……。私どもの村をお救いくださいましたこと、感謝の極みにございます」
いかにも村の長老といった白髪に白髭の老人が礼を述べる。背後に並ぶ数人の男たちと共に恭しく頭を下げた。
「あら、みてたの?」
「状況は伝わっておるようじゃな。話が早くて助かるがの」
勝手に生け贄を解放し、村にとって神聖なオークを殺した! などとモメたら嫌だと、少々警戒していたが杞憂だった。
村は閑散としていて、村人たちが遠巻きに隠れて此方の様子を窺っている。
「改めまして。ようこそオークウェン……豚鳴村へ」
「か、歓迎します、どうぞ村のなかへ」
髭面の中年男とおどおどした様子の青年が進み出て挨拶する。
長老の補佐役だろうか。表向きは紳士的に振る舞っているが、アメリコとヒメノにねちっこく熱っぽい視線を向けている。笑みもどこかぎこちない。
魔女に対する緊張か、あるいは何か後ろめたいことでもあるのだろうか。
「あっ! おまえらよくも! アメリコ、ヒメノ、こいつらだよ!」
チャイが二人を見るなり憤慨し、アメリコとヒメノの後ろにさっと隠れた。
「ファッ?」
「オイラに親切にしたふりをして、あんな目にあわせた張本人!」
「だっ、騙したのはお前の方だ! ちくしょう!」
「そうだぞ……! お、男のくせに、女のふりなんかしやがって! 可愛い小悪魔め!」
中年男とオドオド青年がうわずった声でチャイを糾弾する。
「はぁ!? そっちが勝手に女だと思い込んだんじゃん! オイラ、一言も自分が女ですーなんて言ってないし」
ふんっ、と腕組みをしてそっぽを向く。可愛いエルフの表情や仕草は、天真爛漫な少女そのもの。
見るからに女性に縁遠そうな野郎どもが、勘違いするのも無理はない。チャイを歓迎したのも下心あってのことだろう。
「かっ……可愛いフリしてもダメだ!」
「そういうとこだよ! あざとい……!」
「オイラがこの村にたどり着いたときは、すごく歓迎してくれて、親切にしてくれたのになんだよもう……。こんな服までくれてさ、薬を盛るなんて酷すぎない?」
ひらひら薄衣の花嫁衣装の裾をもちあげる。よく見ると寝間着というより、初夜を迎える花嫁のネグリジェに見えなくもない。
「それは……その」
「む、村をオークの被害から守るために、仕方なかったんだ……」
「そうだ! い、生贄として女を差し出さないと、また村が襲われちまう。だから……」
他の村の男衆も加勢して反論する。
「はぁなるほど」
「ひどい話じゃの」
なんとなく事情は飲み込めた。旅人であるチャイを生贄にした経緯も理由も、これで察しがついた。
「だからって、子供をオークのエサ、花嫁にしていい道理はないわ。人権蹂躙よ!」
「そうじゃ。お前らのやったことは殺人未遂じゃ」
アメリコとヒメノが声を低めて非難、チャイの援護にまわると村の男たちは声をつまらせた。
「……フォフォフォ、まぁまぁ、旅の魔女さまがた。この村には村の事情、掟もございます。郷に入りては郷に従え……とも言いますし。村の男衆にも少々……勘違いと誤解があったことは認めますじゃ。村を代表してワシが謝罪いたしましょう」
白髪に白ひげの好々爺といった風体の長老は、再び深々と頭を下げた。
「お爺さんにそこまで言われたら……もういいよ」
チャイは年配者には弱いようだ。しかし村長は狡猾らしかった。素早く笑顔に切り替えて、手を擦り合わせる。
「そうですかの! では、お詫びと言ってはなんですが、宿とささやかな食事を用意させますので、まずは休んでくだされ。あの恐ろしいオークを退治したとなれば、さぞお疲れでしょう……」
「ふーん、まぁそういうなら」
「お言葉に甘えるかの」
「……大丈夫かなぁ」
◇
「いい人たちじゃない」
「油断はならぬがの」
「そうそう、ヒメノの言う通り。アイツら……特に男はみんな親切だったよ。最初だけね」
用意された宿は、一軒の小さな丸太小屋だった。
オークの度重なる襲撃により家主が不幸にも帰らぬ人となり、空き家になっていた物件だという。
日用品も全て自由に使ってよいうえに、他に気兼ねせずに休めるのもありがたかった。
外は陽が暮れて、村に明かりが灯る。しかし陽気な歌や笑い声が聞こえることもなく、息を殺しているかのように静まり返っていた。
壁と天井に備え付けの植物油のランプが、室内を淡く照らしている。
差し入れの食べ物は素朴だったが、それなりに美味しかった。大麦のパンに干し肉、果物、チーズなど。
無論、眠り薬などが仕込まれていないことは、運んできた村の男衆が自ら口にして証明してくれた。
「リュックをみつけたよ」
「いいわね! 日用品は頂きましょう。新品の歯ブラシと石鹸、トイレットペーパー、それに生理用品」
「ホテルの備品を根こそぎ持ち帰るタイプじゃの」
「ヒメノ、いいのよこれぐらい。ホテル代金に含まれてるんだから!」
力説するアメリコ。というか無料で泊まらせてもらっているのだが。
夕食前に長老から聞いた話では、このオークウェン村は開拓者の村で、入植した当初からオーク一族との争いが絶えなかったという。
互いに生存権をかけつつ牽制しあい、それでもうまく均衡を保ちながら森を切り開いていたらしい。
ところがある日、どこからともなくオークロードを名乗る最強のオークが現れ、形勢は逆転。人間はオークの一族に圧倒されるようになった。
人語を操るオークロードは「美味い食べ物と人間の女」を要求し、逆らえば村人が殺された。だから村は要求に応じざるを得なかった……という。
「そういえば……女の人、少なかったよね」
「アメリ子も気づいておったか。若い娘は……特に見かけんかった」
暖炉で炎が揺れている。
シンプルで簡素な平屋の丸太小屋には、小さなダイニングキッチンと、バストイレ。その横にベッドが2つ並んだ寝室があるだけだった。
リゾートに旅行に来たのなら良い雰囲気だ。
暖炉にはお湯を沸かすボイラーのようなカラクリが仕込まれていて、水車で汲み上げた水がお湯に成り、シャワーなどの給湯が利用できた。
チャイが先にシャワーを浴びにいった。やがて聞こえてきた水音に耳を傾けつつ、アメリコとヒメノはベッドに腰掛ける。
冒険の旅は始まったばかり。それにしても濃い一日だった。
「こうしてベッドで休めるのは助かったわ。あんな巨大な虫がいる森で野宿とか、無理だから」
「ほんとにありがたいことじゃ。ワシも熱いお湯を浴びたいのー」
「ね、二人でシャワーあびましょうよ」
恥じらいもなく誘ってくるアメリコに、ヒメノはちょっとたじろぎ、顔を赤らめた。
「い、一緒には……はいらん」
「えー? いいじゃんヒメノ。女同士だし、恥ずかしがらなくても」
「そういうわけじゃなくて……。交代で見張っておらんと、何があるかわからんし。二人でシャワーを浴びている最中に、オークが襲って来たら嫌じゃし」
「……なるほど、それもそうね」
口では納得しつつ、アメリコは諦めがつかない様子だった。
「あー、さっぱりスッキリ」
チャイがシャワールームから出てきた。家にあった着替えを拝借したらしく、薄手の白いシャツを羽織り、頭からタオルを被っている。
濡れた髪の張り付いた首筋、艶めかしい鎖骨と薄い胸板。そしてヘソから腰布を巻いた下腹部、すらりと伸びた脚。
「おふぅ……! これは眼福じゃ……」
「え? ガンプ? 何?」
「な、なんでもない」
何でもない様子のヒメノを尻目に、アメリコが服を脱ぎ捨てながらシャワールームへと向かう。
「じゃぁ次、私がシャワーいただくね」
シャワールームに消えてゆく。
「このベッド、シーツは替えてあるよね? 家主不在の家とか、ほんとはちょっとヤなんだけど」
そう言いながらも、ばふん! とベッドにダイブするチャイ。その一挙手一投足をヒメノは目で追ってしまう。
「ところで、べ……ベッドが二つしか無いのじゃが、さて……どうしたものか」
「んー? オイラ床でもいいよ」
「そ、そうはいかん! 風邪でもひかれたら困るからの」
「ひかないよー、野宿に比べたら屋根があるだけでもマシだもの」
うつ伏せになりぱたぱたと両脚を動かす。少年のすらりとした脚とほどよく筋ばった太ももに、ねっとりとした視線を向けながら、ヒメノは生唾を飲み込んだ。自分好みの美少年と二人きりなら良かったのに……と良からぬ妄想に悶々とする。
「コホン。し……仕方ないのぅ、ワシと一緒のベッドで寝るかの? 小さい者同士、狭くないじゃろうし」
さりげなく、シーツに指先でのの字を描きながら誘ってみる。
愛らしいショタエルフを、合法的に抱き枕にする千載一遇のチャンスだ。
「えー? それならアメリコと寝るよ」
「なっ、なんじゃと!?」
「だってアメリコ、おっぱい大きいし」
「ぬぅわぁにぃ!?」
ヒメノは叫んでそのまま石になった。
合法ショタエルフの中身が、おっぱい好きのエロエルフだったとは……。
「あーいいお湯だった……! ってヒメノ、どうしたの?」
アメリコが全身から湯気をたてながら出てきた。バスタオル一枚。ナイスな爆乳バディが眩しい。
「お、おぅ!? 疲れて気絶しておったようじゃ。ワシもシャワー浴びてくるかの」
フラフラした足取りでヒメノがシャワー室へと向かう。
「大丈夫? やっぱり一緒に入ったほうが……」
「いらん!」
「ねぇアメリコ。いまヒメノとベッドが二つしかないよねって」
「Oh、そうね。どうしましょ」
濡れた金髪を暖炉の前で乾かしながらアメリコが、あまり困ってもいない様子で答えた。
「私はヒメノと寝るわ。彼女、精神的に不安定なところがあるから。疲れているみたいだし。抱きしめて、慰めてあげないと」
突然の異世界探検でくたくただ。
いろいろあったけれど、これから旧知のもの同士、女同士で協力していかなければならない。
少し不安定で理解出来ないところもあるヒメノ。ほどよくスキンシップをとることで親密に、より理解しあえるだろう。
「そっか、じゃぁオイラはこっちで寝るよ」
「オーケー! でも寂しかったらウェルカム」
「子供扱いするなよー」
大人扱いしてほしいのに、とちょっと不満げなチャイ。自分には森の戦士としての矜持がある。
「良いお湯じゃったー。生き返ったのじゃ」
上機嫌な様子でヒメノがシャワー室から出てきた。
「ヒメノ、髪を乾かして寝ましょ! 一緒に!」
アメリコがベッドに早速、枕をふたつ並べていた。爽やかな笑顔で親指を立ててウィンクする。いまからスポーツの試合でもするかのような、意気揚々とした顔つきで。
「どうしてそうなるのじゃ!?」
隣のベッドではすでにチャイが寝息を立てていた。