正義と力と戦う覚悟 ~褐色の花嫁救出戦
アメリコの危機を救ったのはヒメノだった。
黒髪の乙女、巫女装束のヒメノの手には刃が握られていた。緩やかに湾曲した片刃の剣が、鈍い輝きを放っている。
「Ohワンダフル! ジャパニーズサムライソード!
Whooo!」
目を輝かせてはしゃぐアメリコに対し、ヒメノは目を細めた。典型的なアメリカ人の反応に辟易する。
豚人間の切断された右腕が、アメリコの真横に鈍い音をたてて落下した。
「おうっ!?」
オークは腕を失ってバランスを崩し、前のめりに倒れた。
『ブギィァアアア……!』
起き上がろうとしたがそのまま蹲り絶叫。人語を操る怪物にもそれなりの痛覚があるのだろう。切断された腕の断面からどす黒い血が流れ、地面を汚してゆく。
「幻刀――国宝小太刀、黒漆蛭巻」
言葉少なに剣の素性を明かす。
鎌倉時代末期の刀工、来国俊の作と云われる名刀を、模して召喚したものだ。
小柄なヒメノでも扱いやすい小太刀は、鋭い切れ味で怪物の腕を一刀両断してみせた。
「ヒメノ、とどめを!」
「……去れ」
オークと対峙するヒメノは、切っ先を怪物の鼻先に突きつけたまま微動だにしない。
「フアッ!? 何をしているのヒメノ!」
『グ……ギュルル……!』
静かに睨み付け、オークの出方を窺っている。アメリコは銃口で狙いをつけたまま、ヒメノに射線が重ならない位置へと移動する。
『イッデゲェァァアアア……!?』
アメリコが真横から、動きの止まったオークの頭部に銃口を向けた。
膝を折った状態のオークの頭部への必中の距離。確実に仕留められる。両手で銃を構え引き金にかけた指に力を込める。
「この怪物はもう戦えない」
「……What?」
ヒメノの言葉に指が止まる。
一瞬、何を言っているか理解できなかった。
銃口を向けたまま、日本刀を持ったヒメノに視線を向ける。
「無益な殺生はするべきじゃない」
「本気で……言っているの? 私たちを喰らおうと襲ってきた化け物を、見逃せと言っているの!?」
「そうとは言うておらぬ」
「同じことよ! 私達だけじゃない、あの生贄を喰らおうとしていたヤツよ!」
アメリコは吐き捨て、奥歯を噛み締める。
ヒメノの甘っちょろい思考に、虫唾が走る思いがした。
見た目の可憐さに心を許したが、この少女は何もわかっていない。戦いが何であるかを知らない。
命の取り合い、戦う覚悟が足りないのだ。
ここはもう戦場だ。平和な日常を取り戻せるかもわからない。怪物が跳梁跋扈する、死と隣り合わせの異世界で、戦う覚悟のない人間は生きていけない。
「森の中にこやつの仲間がおる。下手に刺激するより、戦意を削ぎ、二度とこのようなことをせぬように……」
「ハッ、ロマンチスト? ヒメノ、怪物に慈悲をくれてやれば改心するとでも?」
アメリコは銃を構えたまま肩をすくめた。
豚の怪物を見逃して、恩を感じるとでも思っているのだろうか。それはあまりにも都合のいい考えだ。おとぎ話に憧れる夢見る少女そのものだ。
危険な敵を見逃すという「甘さ」に目眩がする。
『ブッギュルゥァアアッ!』
一瞬のすきをついてオークが起き上がった。牙と敵意を剥き出しに突進を仕掛けてきた。
「チッ!」
「……っ!?」
腕を斬り落としたヒメノに狙いを定め、残った左腕で掴みかかろうとする。丸太のような腕で捕まえられたら、華奢なヒメノなどひとたまりもない。
「ヒメノ!」
アメリコは引き金を引いた。躊躇いのない三連射は、正確にオークの頭部に集弾する。
『ブギュッ――!』
短い悲鳴と共に血煙があがる。
二メートルほどの至近距離で放った45口径の弾丸が、次々に頭蓋骨を砕いたのだ。脳幹を完全に破壊された巨大な怪物は、糸の切れた人形のようにその場へと崩れ落ちた。
重い地響きと、地面に薬莢の転がる小さな金属音が響く。
「……ありがとう」
ヒメノはバツが悪そうに感謝の言葉を口にした。手にした小太刀を振り払うと、刃にまとわりついていた鮮血が、地面に線を描いた。
アメリコは無言で、森のほうに銃を向けて残った最後の弾丸を放った。木の幹が爆ぜると、木陰に隠れていたオークの仲間たちは一斉に逃げ出した。
『ヒッ……ニゲェ……!』
『カカ、雷使い……!』
倒したオークは族長か群れのリーダーだったのだろう。最強のはずのボスが未知の力で倒されたことで恐怖し、散り散りに森の奥へと消えてゆく。
「これでわかった? 力こそが正義。力無き正義は、無力!」
アメリコは銃で肩をトントンしながら、自信満々のドヤ顔で言い放つ。
「……うぅ」
流石のヒメノもぐぅの音も出ない。
黒髪の少女はややうつむき加減で、唇を結んでいる。
「なんとか言いなさいよ、ヒメノ」
「そ、そうじゃな……今のは確かに。ワシが甘かった……かも」
「ふーん?」
「なんじゃい! ワシだって助けたじゃろうが」
「まぁそうね。確かに救ってもらったわ。これでお互い様。これからは助け合いよ、ヒメノ」
「そうじゃの」
「同盟、パートナー。それはお互いに助け合う、共助の精神が大切よ。いい?」
「あーもう、わかったのじゃ!」
もっと困った顔が見たい。嗜虐的な想いが鎌首をもたげるが、小柄なサムライ少女に対するお楽しみは後にとっておこう。
「それより彼女を助けましょ。ヒメノ」
「そうじゃったの」
祭壇の生け贄少女の元へと駆け寄り、ヒメノが刀で縄を斬る。呼び掛けて頬をぺちぺちすると、少女は気がついた。
「……うーん、ん……」
まだ意識が朦朧としているが無事のようだ。
「ヒメノ、この子の耳……!」
「ほぅ、これは」
青っぽい髪で隠れていた耳が見えた。少しだけ先がとがっていた。
「バルカン人だわ、ミスター・スポッ●!」
「俗にいうエルフ耳というやつじゃ。小鬼に豚人間がいる世界観じゃし……さもありなん」
少し褐色の日焼けしたような肌。ダークエルフというほど黒くはない。耳も短いのでハーフ・ダークエルフといったところだろうか。
エルフっぽい生き物がいるのなら人間もいるのだろう。
「この子、人間じゃないの?」
「ほぼ人間じゃよ。ワシらだって髪の色や肌の色が違うじゃろ」
「ふーん? ゲームだと魔法が使える種族よね!」
「なんじゃアメリ子も詳しいんじゃの」
「まあね! 一応本場だし」
ファンタジーめいた世界なら魔法があってもおかしくない。今までそういう存在と邂逅しなかっただけなのかもしれないが。
祭壇の上の少女は意識朦朧とした様子でまだ目を覚まさない。
アメリコは祭壇の上のフルーツを手にとって、かじった。見た目はパパイヤっぽい。
「甘い……! 美味しいわよこれ!」
「祭壇のものを勝手に食うとバチがあたるぞな」
「まーたヒメノは固いこと言ってぇ。ほら、ヒメノも食べなって」
アメリコが放り投げた果物をヒメノは受け取った。食べてみるとなるほど、上質のマンゴーかパパイヤのような南国フルーツの味がした。
「それにしても褐色ロリエルフとはのう……」
ヒメノが呟きながら祭壇の上で寝たままの少女を眺めた。顔はドールのように美しく、可愛い。体つきは細くて平坦。起伏に乏しい。
すらりとした四肢に傷や痣は見当たらない。他に怪我がないか、念のためワンピース風の寝巻きの裾をめくってみる。
「…………ぬ? これは……」
「どうしたの、ヒメノ」
神妙な顔つきになったヒメノの様子に、心配になったアメリコも横にならんで股の間に視線を向ける。
「……ん……? うわっ!?」
小さなエルフが目を覚ました。二人が裾をまくりあげ股下を覗き込んでいたことに驚き飛び上がる。
「あら、起きたわ」
「ごめんね、そういうつもりじゃ……」
二人で股ぐらを覗き込んでいては説得力など皆無だった。
「きゃああ!? なっ、なんなんだお前ら!? えっちなこと、ダメなんだからな、ああ……もうっ!」
少女は憤っていた。祭壇の上で顔を赤くして股間と裾を押さえ座り込む。ぺたん、と女の子座りで果物のなかに座り、ようやく周囲の様子に目を向ける。
「それだけ元気なら大丈夫そうね」
「そのようじゃな」
言葉が通じる。アメリコとヒメノは、ようやくまともな人間に出会えたことに安堵する。
「ヘイ、ユー、オケー? 大丈夫?」
アメリコが優しく声をかける。少女は見慣れぬ二人に警戒心を抱きつつも、悪い人間でないと悟ってくれたらしかった。
「……オイラ、あいつらに騙された。一服盛られたんだ……。最初からオークの餌にする魂胆だったなんて……」
膝を抱えて祭壇の上でうなだれる。
「餌? ユーの格好、花嫁っぽいけど……。オークも『嫁ェ』っていってたし」
「はっ? 花嫁ぇ!? オイラは男だっ!」
「Oh!? ユーア、BOY!?」
ヒメノは気づいていた。さっき裾をめくったときに、可愛い盛り上りが見えた。
「褐色ショタエルフ……。フッ……フフ」
「ヒメノ……?」
含み笑いを盛らし肩を揺らすヒメノは、感情を押し殺しつつ小さくガッツポーズしていた。