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何もかも違うふたり

「ストップ! 武器を下ろしなさい! アンダースタン、理解できる!?」

 アメリコは銃口を向け強く警告した。

 草に覆われた丘陵の向こうから現れた少女は、ギクッとした様子で動きを止めた。

 アメリコを見てかなり驚いた様子。怪しいがいきなり襲ってこないところをみると、ゴブリンどものリーダーというわけでもなさそうだ。


「えっ!? あっ!? ……えと……?」

 少女は驚きと困惑に目を白黒させている。

 アメリコが向けている武器が「銃」であることを理解しているのだろうか。


 銃口を向けたまま慎重に接近を試みる。

 少女の身柄を確保すれば、何かこの世界の情報が得られるかもしれない。


「オーケー、動かないで(ドンムーヴ)!」

 じりじりとつめた間合いは十メートル。周囲にゴブリンが潜んでいないことを注意深く見極めながらの接近だ。

 戸惑っている少女の姿を仔細に観察する。

 まだあどけなさを残す少女は十代前半だろうか?

 整っていて可愛らしい顔をしている。胸は平坦で、一見すると少年のようにも思えるが、身体のラインは少女特有のもの。実にそそられる(・・・・・)

 ――ってそんな場合じゃないの!

 バイセクシャルで少女性愛の気があるという自覚に、アメリコは慌て顔を赤らめた。


「じゅ、銃を下ろしてほしいのじゃが……」

 相手は銃という単語を口にした。

 間違いない同じ文明人だ。


 服装は「キモノ」に似ているがやや異なる。広がった袖口とスカート風の朱色のアンダーウェア。腰には帯広のベルトのようなものを巻き。袖口や肩の部分には、赤いリボンのような大きな縫い目があしらわれている。

 異民族――。黄色い肌に黒髪のアジアンだ。手には片刃のブレードを握っている。

 美しい刃紋。博物館でみた日本刀、工芸美術品のような輝きに息をのむ。美しいブレードだとアメリコは思った。

 しかし刃の先に血がついていた。ゴブリンのものか、他の人間のものかまではわからないが。


 アメリコの視線に気がついたのか、少女は血のついた刃に慌て「これは違うの! 殺してない」と意味不明なことを口走った。懇願するような、曖昧な笑みを浮かべている。


 怪しい……。

 それよりも、だ。

 妙な違和感に気がついた。少女の纏う雰囲気、動き、色彩が何か妙なのだ。

 例えるなら、まるで日本の「アニメ」だ。美少女キャラクターを眺めているような気分になる。この世のものならざる気配がする。


「ブレード、その剣を下ろしなさい!」

 アメリコは再び強い口調で警告、銃を構え直した。

 すると相手は慌てて両手を揚げ、絵に描いたようなスマイルを浮かべ――

「アッ! アイアム、ジャパニーズ! 日本人! イエス! オーケー!? ディス、イズア・ペン!」

それは(イッツア)(ブレード)!」

 アメリコは思わずツッこんでしまった。

 しかし彼女は自らをジャパニーズと呼んだ。

 緊迫の状況で浮かべる薄笑いも、日本人特有のジャパニーズスマイルに他ならない。

 そして妙ちくりんな英語。

 間違いない、彼女は日本人だ。


「日本人……?」

「イエス! ハロー! ハロー! コンニチハ!」

 なぜか片言で頷き、頭を下げる少女。


 アメリコは銃口を下げ、口調を変えて質問する。

 警戒を解いたわけではない。相手はまだ武装しているのだから。英語で通じるだろうか。


「あー、私は米国人よ。貴女は日本人?」

「イエス、アイム日本国! ラブアンドピース!」

 媚びた笑みを浮かべピースサインする美少女。


「フアッツユアネーム、貴女の名は?」


「ひっ、ヒメノ! 土偶塚(どぐうづか)ヒメノ」

「………………ドグウヅカ、総理?」

「イエスイエ……総理? あれ? あなた……」

「私はアメリコ。アメリカから来た」


「あめりか!? あ、アメリコ……大統領ぉおお!?」


 ようやく互いを認識した。姿は違っているが、その中身がアメリカ合衆国大統領と、日本の総理大臣であったことを。


 どっと肩の力が抜けた。

 アメリコが銃を完全に下げると同時に、ヒメノと名乗った少女の手から刀が消えてゆく。光の粒子になって文字通り消えたのだ。

「武器が……?」

 同時にアメリコの手から銃が消えた。同じように光の粒子となって消失する。

 危機感や戦意に呼応して、召喚できる仕組みだと理解する。


「あなたが日本だなんて」

「米国さん……ふぇええ……」

 ヒメノは涙を浮かべて泣きだした。アメリコは少々困惑しながらも歩みよった。


「ユー、その胸のペンダント……!」

「ぐしっ……。うぅこれかの? これは……日本列島全体、すべてが記録された結晶のようじゃ」 

 ヒメノの胸にはペンダントが光っていた。不思議な曲がった雫のような形をしている。

「私も持っているわ」

「なんと……!?」

 アメリコは星のペンダントを示した。ヒメノと同じ輝きのペンダント。

 お互いにそれを見て、顔を見合わせる。

 中に封じ込められた世界の断片。

 確認しあい、どうやら同じ仕組みのものだということを理解する。


「つまり、異世界(ここ)に飛ばされたときに出来たもの? 国土と国民、歴史のすべてが結晶化したもの……と解釈すればいいのかしら」

「そう解釈するしかなさそうじゃ。何か重要な意味があるのかもしれぬがのぅ」

 ヒメノが神妙な顔でつぶやいた。

 語尾はどこか古風で、不思議なイントネーションがあった。太い眉も多めのまつげも、ぱちくりとしたとび色の瞳も、少女らしくて可愛い。思わずアメリコはペンダントではなくヒメノの顔を凝視していた。


「な、なんじゃ?」

「……いえ、どうやら国土と国民のアーカイブ。国のすべてが記録されたスナップショット。今はそういうことにしておくしかなさそうね」

「なるほどのぅ」

 お互いにまだなにもわからない。混乱しているのは間違いない。

 大統領や総理としての記憶と意識は曖昧だ。

 人格の一部分をコアに、国家のイメージがそれぞれに集まり、一個人を形成したのだろうか。


 何はともあれ、日米は再会を果たした。

 いったい何がどうしてこうなったのか。詮索してもわからないことだらけだ。

 記憶も曖昧な以上、情報交換に現状分析、あらゆることを考えていかねばならない。

 だが、どうやら時間だけはたっぷりとありそうだ。


「はぁ……これからどうしましょう」

「まったくじゃのぅ」

 ふたりは途方にくれ、周囲を見回した。

 風がゆるやかに吹き抜けて、波のように緑の草原を揺らしてゆく。


 とても静かだった。

 陽はすこし傾き、天空に浮かぶ三つの月もすこし色を変えていた。


 アメリコが手を差し出す。

「とりあえず、よろしく。ヒメノ」

「こっ、こちらこそよろしくじゃ。アメリコ」

 固い握手を交わす。ほっとした様子で、アメリコの手を握り返すヒメノ。

 温かい。

 生きている人間の手だ。

 少々汗で湿ってはいるが、逆にそれが人間臭くて安心する。


「最初に出会えた人間が、ヒメノでよかったわ」

 アメリコは自然な笑みを浮かべた。安堵からか、ようやく人間らしい感情が戻ってきた気がする。


「それはワシも同じ気持ちじゃ。アメリコでよかった。女の人だし」

 曖昧で照れ臭そうな笑み。けれどそれはジャパニーズスマイルとは違う本心からの表情だとわかる。

「そうね……ヒメノ」

 アメリコもその点については正直、同じ気持ちだった。

 こんな右も左もわからない場所で、男と二人きりになるなんて恐怖でしかない。すぐに欲望を滾らせてレ●プしようと襲ってくるに違いない。


「ところで……」

 ヒメノは言い出しにくそうに、もじもじとアメリコの様子を窺っている。

「どうかした?」

「アメリコはなんというか……その。アメリカンコミックスのヒロインみたいじゃの」

「え?」

「そんな絵柄に見えるのは、ワシの目の錯覚かの」

「フアッ!?」

 腕組みをしてちょこん首をかしげる仕草が可愛い。例えるなら日本のアニメ風だろうか。


 互いの抱いた印象はそれぞれの心象風景――内包する文化の違い――なのかもしれなかった。


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