日本――姫乃(ヒメノ)の専守防衛
●は日本視点となります。
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乾いた音が響いた。
「銃声……?」
はっとして鳶色の瞳を大きくする。
続けて二回目の破裂音。間違いない、小型拳銃の発砲音だ。
土偶塚姫乃は音のした方角に意識を向けた。
まだあどけなさの残る小さな顔につぶらな瞳、愛嬌のある太めの眉。稚児のように切りそろえた黒髪が白地の巫女装束に映える。小柄な身体に合わせた朱色の袴で俊敏に動きながら、小鬼どもの追撃を振りきろうと試みる。
姫乃は二尺ほどの小太刀を手に、小鬼どもを傷つけぬよう護身に徹していた。
『ギィヒヒ……!』
「くっ……しつこいのだ!」
子鬼どもは狩りを愉しむように姫乃を追い回していた。
やや間を空けてパン、パパンと連続的な発砲音と怪物の悲鳴らしきものが聞こえてきた。
――誰かが銃で戦っているのじゃ……!
いま自分がいる場所から近い。緩やかな丘の向こう側だ。
姫乃は異世界に来てから、ようやく人工的な音を聞いた。
人間がいる……! それだけで勇気と希望が湧いてくる。とはいえ銃を発砲する武装した人間が、安全だとは限らないが……。
『ギッ!?』
『ギョヒッ……!』
群がっていた小鬼たちが足を止め、音のする方を向く。
「たあっ!」
姫乃は小太刀を握り直し、気合とともに横に一振り。掴みかかろうと襲ってきた小鬼の足を斬ることで、動きを封じこめた。
『ヒギィッ!?』
平たい胸のうえで勾玉のペンダントが踊る。
戦いにおいても殺さない。
専守防衛という日本の精神は、たしかに姫乃の中に受け継がれていた。
『ギリィッ』
『ギッギ……!』
数匹の子鬼たちが仲間の声に反応したようだ。姫乃を放り出し丘陵の向こうへと向かってゆく。
ほっとするのも束の間、姫乃は小鬼たちの後を追うように駆け出していた。
襲われている人間がいるのなら、助けなければ。
銃をもっているとはいえ、更に増援が向かったとなれば危険に違いないのだから。
★★★
「シイット、しつこい奴らデス!」
アメリコは立て続けに発砲した。
『ギッヒァ!』
小鬼――ゴブリンの胸を撃っても致命傷にならないことは学習した。
メタルジャケット弾、9mmのパラベラム弾が貫通してしまう。手足を撃ち抜いても痛覚が鈍いのか、簡単には倒れない。確実に仕留めるなら頭部を狙うしか無いのだ。
「これで四匹……!」
パァンとゴブリンの右側頭部が割れた。眼窩から侵入した弾丸が頭蓋骨内で跳弾し、破裂させたのだ。
手に軽い痺れを感じながら、残弾を数える。
あと三発……!
信頼性の高い「グロック26」ハンドガン。だけど弾丸が底をついたらどうすればいい?
さっきのようにまた別の銃器を都合よく召喚できるのだろうか。じわりと汗が滲む。
仲間が殺されたことに怒ったのか、ゴブリンどもは次々と出現した。
丘の向こうから更に三匹、一発も無駄に撃てない。
『――ギッシャァア!』
「しまった!」
新手の三匹に気を取られ、背後からの接近に気づかなかった。
三メートルの至近距離まで身を隠し接近されていた。鋭い爪と牙を剥き出しに飛びかかってきた。
咄嗟に振り返りながら引き金を引く。
身体をひねりながら射撃した一発は外れた。1メートルの超至近で二発目が顔面に命中。押し倒されながらも三発目で額を撃ち抜いた。
草原に背中をぶつけながら、すばやく起き上がる。
『ギッシャァアア!』
『ムギィイ!』
『キルァ!』
三匹が十数メートルの距離にまで迫っていた。
「ちいっ!」
引き金の手応えが消えた。弾丸が尽きたのだ!
アメリコは神に祈るよりも願った。頼む米国民、力を貸してくれと。
呼応するように胸の星型ペンダントが輝き、左手に熱い感覚が生じた。
「弾倉!」
空になった弾倉を排出し、素早く再装填。シャコッと銃身をスライドさせて弾丸を込める。
ここでようやく神に、アメリカに感謝する。
偉大なるアメリカの精神は、銃を与え賜うた。
片膝をついた態勢のまま狙いを定める。怪物共は十メートルの距離にまで迫っていた。草原の向こうから猿のように身体を揺らし威嚇するように接近してくる。
引き金を引く。左側頭部に命中するとパァン……! と削れるように吹き飛んだ。頭部を吹き飛ばされたゴブリンは反り返りぶっ倒れた。
弾丸の威力が違う。いや種類が変わったのだ。
「ホローポイント弾ね!」
思わず笑みがこぼれる。
同じ9mmのパラベラム弾は貫通力に優れるが、肉体の破壊という意味では適切ではない。確実に仕留めるなら、弾丸が相手の体内で裂けて広がるホローポイント弾のほうが適している。左手から生じた弾倉は、ちゃんと「わかって」くれている。
二発目で冷静に二匹目の首を破壊、仕留める。
『ギッ……イィイイ!?』
残った一匹はそこでようやく状況がわかったようだ。仲間はすべて倒され、自分しか残っていないことを。足を止めたゴブリンだが逃がすわけにはいかなかった。
「悪く思わないで」
弾丸を二発叩き込む。
胸と頭部を吹き飛ばすとゴブリンは後ろに吹き飛び絶命した。
するともう一匹、新手が丘陵の向こうから現れた。
狙いを定め引き金を――
「人……間?」
アメリコは自分の目を疑った。
草原の向こうからやってきたのは、白い見慣れない服を着た黒髪の少女だった。手には反り返った刀剣を握っている。
異種族、この世界の人間だろうか。
「ストップ! 止まりなさい!」
アメリコは立ち上がりながら銃を向け叫んだ。
少女は驚いたように目を丸くした。
まだ幼い、黒髪の少女。
あんなゴブリンがうろつく草原に少女がひとり――
ある可能性に思い至る。
あの少女がゴブリン共を操っていた……?
「止らなければ、撃つ!」
ぎゅっとハンドガンのグリップを握りしめた。