正義の鉄槌(ジャスティス・シューティング)
◆
「余の神聖なる祈りの邪魔はさせぬ……!」
渦巻く混沌の中心で、魔導師リュー・キンフェイは怒りと憎しみの波動を放った。
聖都エスノセントゥリアの王城、水晶宮と呼ばれた美しき城は、いまや魔城と化していた。
最上階にある祈りの間では、魔導師リュー・キンフェイのおぞましい召喚の儀式が進んでいる。人々を惨殺し集めた無念の魂を凝縮。莫大な霊子エネルギーは高密度に圧縮され、今や臨界点に達しつつあった。
膨大なエネルギーによって時空の壁を砕き、天界に孔を穿つ――。開かれる時空転移の門、ゲート。そこから宇宙の深い領域を漂う同胞たち、十億の魂をこの世界に召喚する……!
受肉させた同胞たちとともに新たなる楽園、王道楽土を築く。
真なる世界、輝かしい中華の復興。それこそが魔導師リュー・キンフェィの悲願なのだから。
だが、金髪のカウガール少女と黒髪の巫女が、ことごとく邪魔をする。
忌々しい存在、魔導師と同じ「イレギュラー」の分際でありながら。互いに手を取り合い歯向かってくる。
「許さぬ! 苛立たしい……! 余の満願成就を何故、きゃつらは邪魔をする……!」
リュー・キンフェイは何の記憶も持ち合わせていなかった。
ある時、忽然と世界に産み堕とされた。
転生でも転移でさえもない。偶然の産物だ。
自分はこの世界の「イレギュラー」、異物であるという認識だけを抱いて。
世界は「虚ろな泡」だ。
広大な多元宇宙の衝突で、生まれては消える、儚い泡。混沌の宇宙の境界面がぶつかり、歪み、そこから生じた泡沫にほかならない。
あるとき、別の宇宙に存在した「地球」と呼ばれた惑星が、一つの世界が砕けて消えた。
悲劇の原因が、某国の狂人が操る『次元波動変換放射システム』によるものだったなど、リュー・キンフェイには知る由もない。
その結果として、偶然、たまたま生じたイレギュラー。
肉体をこうして保っているのは、偽りの存在という己を守るための隔壁――無敵結界によるものだ。
虚ろで実体のない存在、魔導師。
なんと空しく、悲しいのだろう。
空虚で、存在が曖昧で、誰にも認識されない悲しさ。
同じイレギュラーでありながら、あの二人はどうだ。なぜ違う。何が違う……!?
だから、答えを求め天界のゲートを開く。十億のさ迷える混沌の魂を転生させ、この世に受肉させる。
世界に楽園を築く。さすればリュー・キンフェイは神にも等しい存在へと昇華される。
受肉した十億の人間は、創造主たる魔導師を、自分を崇めるだろう。
存在を認められることで、すばらしきかな、新世界の神になれる……!
だから――
「邪魔など、させぬッ……!」
魔導師、リュー・キンフェイの放った暗黒の波動に呼応し、魔城が鳴動した。
床や壁が、生き物のように脈動し波打つ。
リュー・キンフェイは『魔城結界』の全能力を解放。
聖都エスノセントゥリアの王城が、黒い粒子とともに変形しはじめる。
外壁が歪み、胴体と腕を形成。基礎部分が嵐のように土煙を上げながら、二本の脚となった。そして「祈りの間」は禍々しい悪魔じみた頭部へと変貌した。
巨人。
魔城は巨人へと姿を変えた。
ドォオオオオオ……! と土煙をあげながら、立ち上がる。それは全長二百メルテに達する、超巨大な戦略兵器、ゴーレム人形だった。
『――魔城結界・究極形態……! 絶対無敵、人型強襲モォオオドッ!』
巨人の頭上に黒い渦の輪が生じる。
イバラの冠を思わせる暗黒の渦は、次元を開く余剰エネルギーの具現化だ。天界をこじあけるためのパワー。十億の混沌たる魂を召喚するゲートを穿つための。
「あ、あぁ……!」
「なんだ、あれは……!?」
「魔導師の城が、巨人に……!」
「世界の終わりだ……」
「もう、ダメだ……」
「あんなもの……誰も、勝てるはずがない」
聖都で生き残っていた僅かな人々は、暗黒の巨人を見上げ立ち尽くした。絶望と嘆きが満ちてゆく。
美しく平和な時間も、穏やかな日々も、戻ってはこないのだ。
世界が終わる。
誰もがそう思い始めていた、そのとき。
ひとりの少女が音を耳にした。
遥か、彼方より聞こえてくる、口笛のような音を。
「見て……!」
西の空を指差した。
それは銀色に煌めく翼をもつ矢だった。
地平線の彼方より飛来したそれは、瞬く間に接近、巨人めがけて突っ込んでゆく。
「あれは……!」
「噂に聞く、正義の魔女様か……!」
アメリコが放った巡航ミサイル・トマホークが、地表スレスレ、高度30メートルを水平飛行。巨人と化した魔城めがけ一直線に突入してゆく。
『――ふん。金髪のイレギュラー、アメリコの火矢か……! くだらぬ、無駄だ、余はもはや絶対無敵の神にも等しき存在となったのだから……!』
巨人は起立したまま、口に該当する部位をバックリと開く。黒い洞穴の内側に赤黒い光が凝縮する。
そして、赤黒い稲妻を伴う魔弾を放った。
大気を焦がす赤黒い魔弾が、突入コースに入っていた巡航ミサイルを迎撃した。
ミサイルは空中で爆発し、炎と煙を散らしながら落下する。
「あぁ、ダメか……!」
「魔女様の魔法も通じないのか……」
「まだよ! たくさん来る!」
空を見上げる少女の瞳に、無数の輝きが映る。
別の巡航ミサイルが続けざまに飛来する。地表スレスレを縫うように飛翔する複数のミサイルが、巨人めがけて突っ込んでゆく。
しかし直前で一機、また一機と撃墜されてゆく。
巨人は赤黒い魔弾を次々と連射する。
外れた魔弾は家々を吹き飛ばし、大爆発をおこし地面に大穴をあけた。
『――ハハハ! 脆弱な炎の矢など、余には通じぬ!』
自信に満ちた声を響かせ、巨人が足を踏み出した。ズズウム……という地鳴りで周囲の城下町が崩壊する。巨大な歩く城が、聖都を蹴散らし侵攻を開始した。
――イレギュラーどもを、アメリコとヒメノを捕らえ受肉の器としてくれる!
巨大なエネルギーを秘めた「イレギュラー」の少女たちを捕らえ、十億の魂を受胎させてくれる。
『――そうだ、それがいい……それでこそ余の渇きは、疼きは癒される……!』
西のベレルヘレムに向けて侵攻する巨人を、止められるものなどいない。黒髪のイレギュラーは瀕死。金髪のイレギュラーの力の限界も見えた。
もはや驚異など存在しないのだ。
再び甲高いスクラムジェットエンジンの音が聞こえてきた。
『――悪あがきを。何度やっても無駄だ!』
巡航ミサイルが飛来する。GPS誘導と画像識別シーカーにより目標を精密に爆撃する超精密誘導兵器が。
魔城結界の巨人が、赤黒い魔弾を放つ。
だが、巡航ミサイルは水平突入機動から一転、手前で急上昇し、迎撃弾を避けた。
『――ぬっ!? こしゃくな……!』
ポップアップ機動により、巨人の手前で急上昇したトマホークは、頭上からほぼ垂直に落下、目標に突入を試みる。
『――小細工など、通じぬッ!』
頭上に迫る巡航ミサイルを見上げ、赤黒い魔弾で迎撃する。
面前で爆破し、爆炎と金属の破片で視界が遮られた。
次の瞬間、巨人に別の巡航ミサイルが突入した。
直撃。
ポップアップ機動をしたミサイルは囮だった。
『――うご、おおっ……!?』
ドゴォオオ! と巨人の胸部に命中、炸裂。
巨大な火柱が胸を貫いた。
高硬度目標を貫通、爆破可能な強化型徹甲弾頭を搭載した、タクティカル・トマホーク。
突入の運動エネルギーに加え、成形炸薬弾頭の爆発エネルギーは膨大なものだった。
魔城結界を貫き、城の構造を破砕する。
巨人の胸部に大穴が開き、巨体がよろけた。
「うぉおおおおっ!」
「や、やったぁあああ!」
「あの巨人を射ぬいたぞ……!」
人々は大歓声をあげた。
しかし、巨人は倒れない。
それどころか砕けた胸部が映像を逆回しするように修復されてゆく。
『――グゥフフ……! 今のは少々驚いたが……! 効かぬ、魔城結界は……無敵、無敵、無敵ィイイイイッ!』
★●
「トマホークミサイル、着弾を確認……!」
直撃弾でも効果はない。
巨人に変形したときは驚いたが、おかげで正確な位置を計測できた。
GPSにより座標位置を補正、着弾誤差を修正する。
「アメリコ殿! ヒメノ殿を救出しました!」
仲間たちが激闘の末、ヒメノをキノコ頭の残骸から救出することに成功した。
血まみれのヒメノだが急所は外れている。
チャイや他の治癒魔法を使える魔女たちが、救急治療をはじめていた。
「サンキュー! これで、集中できる……!」
アメリコは決意も新たにスコープに集中する。
ベレルヘレム城塞の上で、スナイパーライフルに似た銃器を構える。いや――銃器と呼ぶにはあまりにも巨大な砲身が陽光を照り返す。
堅牢な城塞の上に据え付けられた兵器は、砲身だけで3メートルはあろうかという大口径砲だ。
正面からみて六角形の形状の砲身はステンレスの光沢を帯び、直線的で近未来的なシルエットを成す。砲身を支える円筒形の機関は高熱を帯び、陽炎がゆらいでいる。
アメリコが覗く電子スコープと制御装置には無数のケーブルが接続され、蔓のように絡まりながら背後の「光の輪」の中へと続いている。
「……電圧上昇、充填率120%!」
キィイ……! と高周波が耳を痺れさせた。超高電圧を特大のキャパシスタが受け止める。
――電磁加速砲、レールガン!
物体を電磁気力、ローレンツ力により加速して撃ち出す超最先端兵器。発射には膨大な電力が必要であり、艦船搭載砲塔を転用して据え付けた。
超硬金属の弾頭の初速度は秒速6,000メートル。一般的な銃器の弾丸が秒速500メートルから1,000メートルであることを考えれば桁違いの弾速、如いては巨大な破壊力を生む運動エネルギーを叩き込める。
有効射程はおよそ100キロ。30キロ先にいる魔導師の巨人など必中だ。
巡航ミサイルを叩き込み、着弾によって正確な位置座標を特定した。レールガンの射撃管制にフィードバックし、重力や惑星の自転による誤差を自動で修正する。
ターゲットスコープのマーカに、巨人の頭部がロックオンされた。
一撃で決める……!
「――正義の鉄槌!」
アメリコは静かに、引き金を引いた。
瞬間。光が弾けた。炸裂した光に続き、凄まじい衝撃と反動により、城塞の周囲が崩れた。兵士たちも副将も、余りの衝撃に腰を抜かす。
大気を揺るがし発射された飛翔体、超硬金属の弾頭は大気との摩擦でプラズマ化。ビームのような鮮やかな軌跡を描きつつ、一直線に巨人に吸い込まれてゆく。
「……弾着!」
弾丸は、瞬く間に巨人の頭部に命中――。
ターゲットスコープの向こうで、巨人の頭部が盛大に破裂し、砕け散った。
◆◆◆
――――何が……起こった?
光が煌めいたかと思った次の瞬間。魔導師の身体と頭部が消滅した。
魔導師、リュー・キンフェイは、魔城結界ごと、全身を粉々に吹き飛ばされた。
無音となった世界で、かろうじて残った意識だけが現状を認識できた。
光の矢が魔城結界を貫いた。
飛来していた火矢とは比べ物にならない威力、破壊力の超兵器だった。金髪のイレギュラー、アメリコの放った武器。
――次から次へと、底無しめ……。
想像を超えた武器を、武力を持ち出すイレギュラー。一体、あの武器は、如何様な世界から招来されしものなのか……。想像を絶する、血に染まる殺戮の暗黒世界、悪鬼羅刹の棲む地獄に違いない……。
――恐ろしい……奴ら…………め
魔城結界が崩れてゆく。
新世界の神になる野望が打ち砕かれ、己の命運が尽きたことを理解する。
薄れゆく意識の中、リュー・キンフェイは、己を構成していた無敵結界が黒い粒子となり、頭上の渦に吸い込まれてゆくのを認識した。
イレギュラーである己のエネルギーが、黒い渦に流れ込む。
渦が加速する。
中心で黒い虚空が生じてゆく。
天界のゲートが開きはじめたのだ。
あぁ……そうか。
余こそが、扉を開く……鍵だったのか……。
――なんたる皮肉よ。……ハハ……ハハハ……
リュー・キンフェイの意識は消滅した。
★●
「魔城が……崩壊してゆきます!」
遠視の魔法で状況を知らせていた魔女が告げる。
「おおおおっ!」
「ついに、魔導師を倒した……!」
「やった、アメリコ殿が、ついにっ!」
アメリコの周囲で歓声があがる。
発射の衝撃で崩壊したレールガンは、静かに光の粉となって消えてゆく。
だが当のアメリコは歓声には耳も貸さず、ヒメノの元に駆け寄っていた。
「ヒメノ……! しっかり!」
また、同じような場面だ。以前もヒメノは血まみれで倒れ、目を閉じていた。
どうしていつも、こうなの?
自己犠牲を厭わないのだろう。愛する人が悲しむことを少しは想像してほしい。
「…………うるさいのぅ、傷に響くぞな……」
「よかった……!」
ヒメノは瞳を開いた。
必死の治療の甲斐もあり一命を取り留めた。
チャイも顔中血まみれで、他の魔女に支えられていた。
「ありがとう、チャイ!」
「……えへへ……約束、したじゃん」
ヒメノの胸の血を止めるため、対価として自らの血をかなり消耗したのだ。
「イエス、そうね」
アメリコはヒメノとチャイの手を握りしめた。
「黒い渦が消えません……! どうして!?」
遠視の魔法で観察していた魔女が叫んだ。
「なんだって!? どういうことだ!」
「わかりません……! でも、禍々しい暗黒の力が、渦巻いています!」
魔導師の死と共に、魔城の巨人は崩れ去った。
しかし、頭上で蠢いていた黒い冠、暗黒の渦が消えない。それどころか邪悪な力の波動は益々強くなっている。遠く離れたこの位置からも周囲に引き寄せる暗雲が垂れ込めてゆくのが確認できた。
「やつは……魔導師は自らの命を対価とし、何らかの儀式を……企んでおったのじゃ……」
「マイガッ……! そんな……!」
「……感じるぞい……。あれは……異界へのゲートじゃ。もっと恐ろしい何かを、召喚しようとしておる」
「ヒメノ、どうしてそれを?」
無理矢理な笑みを浮かべながら、ヒメノはウィンクする。
「ラスボスのお約束……じゃからの」




