傀儡の軍勢と巨大円盤
◆◆◆
「僕の『軍勢結界』の分身まで吹き飛ばされては困りますね」
「……おまえが手こずっているから、つい撃ってしまった」
飛行要塞の中枢で、キノコ頭のレドム・アイギスは無機質な声で言った。
放った『主砲』のエネルギーの充填率は60%で最大出力の半分に過ぎない。それでも地面は広範囲に亘って爆発し、百メルテ幅ほどを掘り返したようになっている。
「まぁいい。僕の分身が二百体ほど消えただけですし」
「……主砲の次弾の装填まで五分かかる。それまでは好きに暴れるがいい」
「えぇそうさせてもらいますよ」
コバンザメのように円盤の下に寄生しているテラコルタは、肩をすくめてみせた。
再び身体を揺らし黒い『種子』を生む。それは既に5千体ほど生み出した傀儡人形の素だ。
地表に触れると発芽し、土や砂を構成素材として人間型の兵士となる。人間を攻撃する単純な命令にのみ従い動き続ける。体の構造を支えているのは、極薄に引き延ばした『軍勢結界』の一部である。
真正面には何度か痛めつけ、蹂躙したはずの街が広がっている。
街をぐるりと囲む高さ3メルテほどの壁はあちこちが崩れ落ち、もはや阻止線としての意味をなしていない。
人間は弱くて脆くて、虫けら同然だ。
それでもなお、神にも等しい隷属魔導師に歯向かおうという、愚かな人間どもが再び集結しているという。
「さぁ行きなさい、可愛い分身たち」
テラコルタが全身から伸びた黒い触手状の器官から指令を発する。土から生まれた黒い傀儡の兵士たちは指令に従い隊列を組み、進軍速度を上げた。
『……突入……』
『……人間……』
『……皆殺し……』
仮面のようなのっぺりとした顔の奥から、呪いの声が漏れる。
「城壁を破壊し、街に突入せよ! 歯向かう人間は皆殺し。虫けらは一匹のこら……ず?」
軍勢が壁まであと500メルテまで接近したときだった。
壁の上に金髪の女が立った。三脚に固定した黒い筒状の何かを『軍勢結界』に向けたかと思うと、噴き出す火炎とともに火矢を放った。
否。
それは単なる火矢ではなかった。数多の輝く礫のような火箭の赤い雨だ。
『ギャ』
『ゴッ!』
『バッ!?』
赤い雨が降り注ぐや、数十体の 『軍勢結界』が粉々に砕けた。
「な、なにぃ!?」
ズガガガガ……! ダダッ! ダダッ! とリズミカルな破裂音が響き聞こえる。美しかった隊列が乱れ、欠けて凹んでゆく。
「結界を貫通している……!? ぼ、僕の軍勢が……!」
わずか数十秒の間に、数百体の『軍勢結界』が打ち砕かれた。進軍が止まり、隊列が崩れてゆく。
「ハッ!? 脆いわ! 数だけ多くて結界も薄味ってわけね、ヒィイハァア!」
金髪の女は喜悦満面。カウボーイハットを被り、右へ左へ、正面へと、赤い雨を乱射しつづけている。
チュガガ、ガガッ、ダダダッと音が響くたび『軍勢結界』が数体、撃ち抜かれる。結界を貫通し破壊するのみならず、後続の傀儡兵士まで粉砕している。
「くそうっ! 生意気な人間め」
「……テラコルタ。あれがイレギュラーだ。あの武器で皆、やられた」
「あれが! 我ら隷属魔導師に逆らう女か!」
「……私の主砲で焼き払う。射程圏内まであと3分」
巨大円盤状結界は、浮遊することに魔力を使っている。聖なる魔導師の鉄槌たる主砲、光の矢は魔力を臨界まで高める必要があり、発射まで時間がかかる。
しかも『主砲』は惑星の重力や大気で拡散し、有効射程が極端に短い。
城塞までは3キロメルテ。もう少し近づかねば、焼き払うことができない。
だからこそ遠隔攻撃が可能で、敵を蹂躙できるテラコルタの『軍勢結界』を先行させたのだ。しかし、思惑通りにはいかないようだ。
「たかが千体ほどやられただけ……! 左右から突撃ぃい!」
『軍勢結界』の軍団を、三方向きに分けおのおの別方向から進撃させる。。距離は3百メルテ。近づいてしまえは数で押し切れる。
その時だった。
城塞の陰から無数の人間たちが一斉に飛び出してきた。
「うぉおお! いくぞ全軍、突撃!」
武器を手に突進してくる。
「ワラワラと湧いてきたな。ハハ! まさに虫ケラ! 無力なクソムシの分際で、意味のないことを……!」
テラコルタはあざ笑いながら両腕を突き出し、全ての『軍勢結界』の傀儡兵士たちに指令を下す。傀儡兵士たちの両腕が鋭い剣のように変形。殺戮モードへと移行する。
軍勢と兵士たちが激突――
「うぉおお!」
『……エヒュッ!?』
傀儡兵士が砕かれた。
陶器が割れるように、剣が触れると爆砕する。
「――なっ、何ィ!?」
ばかな。
そんなことが……!?
テラコルタが言葉を失う。確かに分散し薄くなっているとはいえ、人間では決して破れないはずの結界で護られている。
魔導師さまより授かった聖なる護りの力が、斬り裂かれた。
「いける! 戦えるぞ!」
「ずぅおりゃぁああ!」
屈強そうな兵士が回転しながら剣を振るうと、二体三体と傀儡兵士が砕かれてゆく。
『……人間……殺す……』
「うっせぇわ! どりゃぁ!」
剣で貫かれた傀儡兵士が崩れ落ちる。
「動きが鈍いうえに……!」
「反撃されることを、想定していやがらねぇ!」
「こいつら、動きの鈍い陶器人形よ……!」
ズガガガ……! と火箭が伸びて後続の傀儡兵士たちを砕いてゆく。
『軍勢結界』の傀儡兵士たちは、人間の兵士たちの動きに、攻撃に対応できない。
数では5倍以上の差があるにもかかわらず、各個撃破され統制を失いつつある。
無敵の結界で防ぎ、相手の身体を刺し貫く。
人間などそれだけの戦法で勝てた。
だが、今は違う。
結界が意味を成さない……!
何故だ!?
考えるまでもない。人間の武器の質が変わったのだ。
「うぉ、おのれぇええええええ!」
「……無様だな、テラコルタ。もういい。射程圏内だ。すべて……焼き払ってくれる」
巨大円盤結界の円周部に集約した魔力を加速させてゆく。
臨界まで60秒。
それで全てが終わる。
★●
「やばっ!? またあの光! 荷電粒子砲を撃つつもり!?」
アメリコが叫んだ。
その声に応えるように、地上から火柱があがった。それは巨大円盤の下部を焼いた。
「おぉ! あの炎は『反応魔法炸薬』だ!」
「ちっ! 熱いですね、クソ虫ども……!」
「……効かぬ。こんな炎で我を倒せるものか。愚かな人間どもめ」
新兵器はダメージを与えられなかった。
だが一瞬のスキをついて、爆炎の背後から白い鳥が舞い上がった。
「皆の想い、無駄にはせぬ……!」
ヒメノは風の壁を蹴って、駆け上がる。
そして円盤の下部――絡み合う根のような部位に取り付いた。
青白く光る刃を抜き、身構える。
「ほぅ、ずいぶんと趣味の悪い特等席じゃの」
貴族のような青年が黒い玉座に腰掛けていた。ヒメノを見て目を見開く。
「っ!? き、貴様!? どこから……」
「――天剣地隔三式、対空刺突ッ!」
不安定な足場の代わりに、風の魔法で飛翔。
青白く輝く槍となって隷属魔導師――テラコルタを刺し貫いた。
「ぐはああああっ!? ばかな……こんな……」
「皆、そう言いおる」
貫いた剣を持ち替え、真横に斬り裂く。切断し二分割されたテラコルタは噴水のように血を撒き散らしながら絶命した。
黒い傀儡の軍勢が、一斉に動きを停止した。
「お、おぉ……!?」
「敵の軍勢が……止まった…‥?」
「やったか!?」
レブレフ副将が叫んだ。
数千体の黒い傀儡兵団が崩れ、土へと還ってゆく。
だが、円盤は浮かび続けている。
それどころか、ますます円周部の光は加速し輝きを強くしていた。
「何故じゃ!? どうして止まらぬ!?」
ヒメノがハッとして悲痛な声を上げた。円盤を刀で斬りつけてみても反応はない。
「……目の前で、金髪のイレギュラーが消えるのを見届けるがいい」
声が響いた。空中要塞のような円盤からだ。
「そうか! もうひとりおったのか!」
「……今更気づいてももう遅い。あと十五秒……」
「やらせはせぬ、やらせはせぬ……!」
ヒメノは必死になって天剣地隔を乱発した。
だが巨大な円盤は傷はついても、隷属魔導師本体がどこにいるか、まるでわからない。闇雲に攻撃しても、カウントダウンの声が止まらない。
「……愚かな人間よ。逆らったことを後悔するがいい。あと十秒……」
「アメリコ! 逃げるのじゃぁああ!」
ヒメノは必死で叫んだ。
と、その時だった。
「言ったよね、私達は勝利するって」
アメリコの頭上に今までになく巨大な光の渦が生まれていた。
「……無駄だ……! 死ね! 5、4……!」
「あんたには、これをくれてやるわ」
光の渦から轟音とともに炎を吹く白銀の筒が飛び出した。
それも無数に。
「空対空ミサイル……! AIM-120、アムラーム!」
音速を超える速度に一瞬で加速したそれは、円盤めがけて飛翔、円周部の光が集約した一点に着弾――炸裂。
「……なっ……!?」
極限まで高まっていたエネルギーが逆流。巨大円盤の全周囲からドッ! と一斉に火花が噴き出した。