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襲来! 最大最強の敵


 黒い群雲(むらくも)が迫っていた。

 積乱雲を思わせる巨大な物体が、東の空からゆっくりと近づいてくる。

「異常物体視認! 推定距離……およそ10キロメルテ!」

 物見やぐらから監視していた兵士が叫んだ。魔法の望遠鏡でなくとも異常な物体は肉眼でもはっきり見えるまでに迫っていた。


 聖都エスノセントゥリアの方角から飛来したのは、動く積乱雲のような黒い雲の塊だった。無数の稲光を発しながら黒い雲状態偽装を解き、本体が姿を見せた。それは黒光りする巨大な円盤状の飛行物体だった。

 実際の大きさはわからないが、触手をぶらさげた黒いクラゲ、あるいは根の生えたキノコを思わせる。

「なんて大きさだ!? まるで島が浮かんでいるようだ……!」

「異常物体をデストロイヤーと呼称!」

「総員、第一種戦闘配置……!」


「Ohマイガッ、なんて大きさなの!」

「あれも隷属魔導師(スレイヴス)じゃ……!」

 感じる。

 禍々しく冷たいプレッシャーを。今まで対峙してきた隷属魔導師(スレイヴス)よりも大きく、強い邪悪な波動を。

 アメリコとヒメノは頷きあった。

「あれが敵の親玉かしら?」

「三人も倒したからのぅ。いよいよ本気で仕掛けてきたのじゃろう」


 ベレルヘレムの街は再び、大混乱に陥っていた。


 空飛ぶ飛行要塞、デストロイヤーは二十分以内に街の上空へと飛来すると推測された。

 進行速度はゆっくりで、むしろ速度を落とし、同時に高度もやや下げつつあった。


「ん……!? デストロイヤーに変化が! 下方の触手状器官から、無数の黒い粒、何かをばらまいています!」 

「なんだって!?」

 およそ五キロメルテ先の平野に至ったとき、下部の触手状の器官からバラバラと黒い粒を地表に落としているのが視認できた。

 産み落とすようにばらまかれた黒い粒子は地上に落ちる。すると二本の足で立ち上がり動き出した。

「う、うわぁああっ!? 怪物……! 敵の地上部隊だ……!」

 監視兵が悲鳴を上げた。それらは人の形をした黒い土偶か兵馬俑(へいばよう)のような軍勢だった。

 徐々に集まり、黒い絨毯のような、蟻の群れを思わせる軍勢を成してゆく。


「地上迎撃だ! 街の城塞を拠点に、防衛線を構築! 戦えるものは配置につけ!」

「敵の侵攻を阻止するんだ!」

「対隷属魔導師(スレイヴス)兵装をすべて出せ! 使えるものは試作品でも何でも構わん、出し惜しみは無しだ!」

 ベレルヘレム防衛軍の暫定指揮官、レブレフ副将が部下たちに矢継ぎ早に指示を出す。


「民を避難させろ! なるべく地下室へ避難を」

「レブレフ副将! 申し上げます。偵察隊によると敵の現時点での降下兵力は推定で3千! まだまだ増えているとの報告が」

「3千……!?」

 どよめきが起こる。


「続報です! 先発隊、騎馬兵隊が接敵! 威力偵察を敢行。矢が通じないとのこと! 黒い敵兵全てが結界……見えないシールドを展開しているとのこと!」

隷属魔導師(スレイヴス)と同じ結界を……!」


 3千以上の敵兵力、全てが無敵結界を持っている。それはまさに絶望的な知らせだった。

 真正面から戦って勝てる相手ではない。作戦会議を急遽行おうと集まった将兵たちの間に重苦しい沈黙が漂う。


「諦めないで」

 凛としたアメリコの声が響いた。瞳の輝きは失われていない。

 皆の前で腕を高々と掲げ、光を集める。

「お、おぉ……!?」

「アメリコ殿の魔法……!」


 決意と覚悟。強い意思があれば、どんな銃器でも召喚できる。ほぼ一瞬で召喚してみせたのは、今までにないほどに大型の銃器だった。

「アメリ子、お主……! そのような大型の銃器を簡単に召喚できるようになったのじゃな」

「まぁね! パワーアップ! ヒメノのおかげね」

「わ、ワシは何もしとらんぞい……」

 顔を赤らめるヒメノ。


「M240機関銃、マシンガンよ」

 さらに左手の光の輪のなかから、帯状になった金属の弾帯をジャラララと出し続けた。弾丸の数は一万発以上。


「そ、それが魔導兵器と噂される……!」

隷属魔導師(スレイヴス)を倒した力……!」

 将兵たちに驚きと希望の声が広がった。


「えぇ。ベルト給弾で連射できるの。口径7.62ミリの弾丸を毎分600発以上発射可能! 有効射程距離はおよそ1000メートル。弾丸の運動エネルギーで連中の無敵結界を貫通できるのは実証済み。連中なんてブリキ缶と同じよ!」

 小脇に抱えたM240は圧倒的な凄みがあった。


「私が真正面から敵を掃射するわ。城塞の上に設置して近づけさせない。敵の地上兵力を倒せば、あとは空のデカブツを討つだけ!」

 無論、銃身加熱により一分以上の連射は厳しい。あらかじめ予備の銃器を召喚しておくことで対応はできるだろう。

 精神集中し、もう一丁、同じ銃器を召喚してみせる。


「なるほど……! それなら我らも戦える」

「凄みと説得力がすげぇぜ」

「我らは側面で支援を」

 陣形を考え、撃ち漏らした場合の対策を講じる。

 対隷属魔導師(スレイヴス)用のブレードを装備した精鋭、二十名を左右に配置する。


「では、ワシがあの空中のデカブツを叩き斬るとするかのう。別動隊として乗り込んで、本体をの」

 ヒメノが作戦を提案する。

 巨大なデストロイヤーは結界によって形作られた外殻で、本体はその内側にあると見た。

 体重の軽いヒメノなら空中三段ジャンプで、空中要塞に跳び乗れるだろう。


「しかし、あまりにも危険では……。地上にはあれほどの敵戦力がいるのですぞ」


「地下道をつかって背後に回るってのは、どう?」

 チャイの声に皆がハッとして振り返った。


「それだ……!」

「確かに、街の地下には地下水路が張り巡らされています。そして人が通れるほどの隠し通路も」

 レブレフ副将が秘密の地下通路の存在を認める。


「副将、地下の通路は連中に気づかれていません。連中の背後に回ることも可能かと」

「試作品ですが『反応魔法炸薬』でヒメノ殿の支援ができるかもしれません。対空攻撃で空中の怪物を叩き落とせます」

「よし、それも使えるな」

 ベレルヘレム防衛軍の暫定指揮官、レブレフ副将が部下たちと作戦を練る。


「地下水路は聖都エスノセントゥリア、王城まで続いているんです。疎水(そすい

)の流れる地下の川です。実は、それに沿って馬が通れる広さの通路が掘られています。何百年も前に王族が造らせた隠し通路……という話で、あちこちに秘密の出入り口も存在します」

 補佐役の兵士が教えてくれた。

 レブレフ副将は地下の秘密通路を使い、敵の背後に回る形で敵の虚を衝く作戦らしい。


 アメリコが敵の地上部隊、黒い隷属魔導師(スレイヴス)の軍勢を迎撃。

 ヒメノの奇襲部隊が、背後から空中の本体を叩く。


「いけそうね」

「そうじゃな」


「ところでチャイ、どうして地下水路、秘密の通路を知っていたの?」

「えーと。うちの言い伝えにあるんだ。それに前に街に遊びに来たとき、お兄ちゃんに教えてもらったんだ」

「ぬぅ? 噂の美少年、チャイの兄かの。はやく会いたいものじゃの」

「うん。ぜったいまた会えるよね」

「もちろんじゃとも。ワシらが助ける」

 ヒメノはチャイの頭をなでた。


 作戦はすぐさま兵士たちに伝えられた。

 ベレルヘレム防衛軍を主力とした、各地から馳せ参じた自由主義同盟軍との合同作戦。

 地上では魔法使いの支援部隊が「足留め」を行い、アメリコが敵の主力戦力を破砕する。

 迫り来る敵の地上兵力との闘いは、街の防衛戦だが、空中にいる敵の注意を引き付ける意味合いもあった。

 作戦の核心は、ヒメノを中心とした急襲部隊。

 部隊はヒメノを護衛しつつ、新兵器を使い背後から攻撃する。


「作戦の説明は以上だ。何か質問は?」


 集められた兵士や将校たちに参謀が説明を終える。こうしている間にも黒い蟻のような敵の数は五千近くにまで膨らんでいた。


 自由主義同盟軍の年老いた兵士が手を上げた。

「あいつらには剣も矢も通じねぇ。対隷属魔導師(スレイヴス)用のブレードとやらは精鋭の分しか無いんじゃろ? ワシらは無駄死になりゃぁせんかの……」

 ざわ……と皆が不安げに顔を見合わせた。


 結晶結界を転用したブレードは、理論上敵の結界を切り裂ける。だが量産が間に合わず二十本しか製造されていない。

 数百名の兵士たちは、防衛戦とはいえ、それこそ素手で闘うに等しい。


「その点は心配ありません」

 参謀が言うと、魔法工房の青年が何かの道具を運んできた。


「急造した結晶結界粉末蒸着装置です。これをつかえば、一時的に皆さんの武器を強化できます」

「おぉ……!?」

 近くにいた兵士の剣を抜き、研磨装置のような器具に刃を挟む。時間は数秒。

 刃の先が黒い焼きを入れたように変色した。


「一種のメッキです。結晶結界の微粒子を表面に蒸着させます。理論上、結界を切り裂ける程度には強化できます。効果は長続きしませんが……」

 歓声が上がる。出撃前にこれでメッキすることで戦える簡易武器を増やすことができる。


「アメリコ殿、ヒメノ殿、戦いの前に、お二人から皆にひとこと言っていただけませんか?」

 レブレフ副将がアメリコとヒメノに声をかけた。


「私が?」

「わ、ワシは原稿がないと無理じゃ……!」

 ひゅっとアメリコの背後に隠れるヒメノ。


「皆、不安がっております。隷属魔導師(スレイヴス)を倒した貴女たちの言葉は、きっと勇気になるはずですから」

「わかったわ!」

 副将の頼みに快く応じるアメリコを、尊敬の眼差しで見つめるヒメノとチャイ。

 大勢の将校や兵士たち、魔女や魔法使い、工房主たちの視線が、美しい金髪の少女アメリコに注がれる。


「えー、こほん。……皆さんは今から、人類史上、最大にして空前絶後の決戦に臨みます」

 その声は静かで、それでいて自信と力強さに満ちていた。


「私たちには生きる権利がある。自由を謳歌し、恋をして、愛する人と共に人生を歩む権利が。それを奪い、命を踏みにじる敵を、私たちは決して許さない!」

 誰もがアメリコの声に聴き入っていた。

 死を運ぶ敵が目前に迫っているというのに、全員が真剣な眼差しで、熱を帯びた瞳で、アメリコの声に耳を傾ける。


「私たちは断固として戦う! 私たちは勝利して生き残り、明日を生きる。誰にも自由は奪わせない。それが、私たちが戦う意味なのだから!」


 ドォオオオ……! と歓声につつまれた。拍手と口笛と、気勢が混じり街の広場全体が揺れた。


「見事な演説じゃったの、アメリ子」

「言いたいことは全部言ったわ! 勝ちましょうヒメノ」

「あぁ、もちろんじゃとも」


 アメリコとヒメノは拳をぶつけあった。


 そして、戦端がひらかれた。


 ◆


「敵兵力、推定五千……! まるで黒い蟻の群れだ!」

「魔法使い工作部隊、泥沼トラップ展開! 敵の進行を阻止せよ」

 箒に股がった魔女と魔法使いが魔法で地面に幾重にも泥沼のトラップをつくる。先頭の黒い土偶人形は足をとられて転倒、後ろから来た友軍に踏みつけられた。ドボドボと泥沼に沈むが、やがで埋め尽くされるとそれを踏み越えて進軍してきた。


「阻止しきれません!」

「なんの、魔法力が尽きるまで何度でも!」

「少しでも敵の侵攻を止め……」


 と、そのときだった。


「上空の敵、デストロイヤー円周部に変化が!」

「光が……回転している?」


 見上げると円盤状物体の周囲が輝き、輝きが回転するように加速し始めた。

 空を覆わんばかりの黒い円盤の周囲で赤い光が二つ逆方向に回転しながら加速してゆく。

 最前線で阻止していた魔法使いたちはその光景に息を飲んだ。


 城壁の上に銃撃陣地を構築していたアメリコはデストロイヤーの異変に気がついた。


「いけない! 何かする気だわ!」


 次の瞬間。まばゆい輝きと共に一条の光線が放たれた。泥沼の防衛陣地を光が舐める。

 ドッ! と爆炎があがった。

 魔法使いも魔女も一瞬で蒸発。前方に展開していた魔法使いや魔女たちを飲み込んだ光は、加速された高エネルギー粒子の照射だった。


「まさか……荷電粒子砲!?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 次なる隷属魔導師は、今までの者たちとはけた違いの魔力を内包している模様。 果敢に防衛しようとするアメリコとヒメノであるが、敵は圧倒的な力をみせた。 五千を超える隷属人形に荷電粒子砲だと! …
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