この戦いが終わったら……
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ベレルヘレムの街は解放された。
漂っていた暗雲が晴れ、瘴気も消えてゆく。
アメリコとヒメノたち自由主義同盟軍は、大歓迎で迎え入れられた。
魔導師一味の襲来に怯え、家の奥に隠れていた人々は勝利の知らせに沸いた。死んだように静まり返っていた街に、人々が繰り出し活気と笑顔がもどってゆく。
「頑張ったかいがあったわね、ヒメノ」
「つかの間の平和じゃがの。まだ敵はおるわけだし……」
「まぁまぁ、いいじゃないの今ぐらい!」
「そうそう!」
アメリコとヒメノ、そしてチャイは歓迎の宴で料理に舌鼓をうち、宿で旅の疲れを癒す。
同時に、自由主義同盟軍は各地から集まってきた兵力と合流、戦力をを充実させていた。
来るべき聖都奪還の決戦に向け、準備が進められてゆく。
ベレルヘレム防衛軍の残存兵力の合流が大きな力となった。兵力は千数百人。訓練の行き届いた精鋭たちだった。
彼らは隷属魔導師たちの侵略に際し、終始劣勢を強いられた。圧倒的な力を前に部隊は次々と壊滅、多くの兵士や魔法使いが殺された。
だが、徹底抗戦を主張していた将軍が戦死したことで、代わりに指揮を執った副将が作戦の方針を転換した。ゲリラ戦による時間稼ぎと、市民の避難に全力を注ぐよう指示を下したのだ。
有能な副将の采配は、結果的に街の人々の命を救い、戦力の温存に繋がった。それにより「工房都市」としての機能が保たれたことが大きかった。
工房の多くは危機を察知し、早々に店を閉め地下の倉庫に避難。そのためドワーフの金属精錬工房、鍛冶工房、そして魔法工術師たちが生き残り、すぐに再稼働をはじめることができた。
解放の宴から一夜が明けた。
ベレルヘレム防衛軍の暫定指揮官、レブレフ副将とその部下が、アメリコとヒメノたちに、試作したばかりの装備を見せにきた。
「アメリコ様とヒメノ様ご一行が持ち込んでくださった土産は、可能性の宝庫でしたぞ」
黒い巨人型の隷属魔導師を倒したことで大量に得られたドロップアイテム、結晶結界を使った武器だった。
黒い金属光沢を放つショートソード。
それは一晩で工房主たちが試行錯誤し、作り上げたものらしい。
「急ごしらえの試作品ですが、結晶結界ブレードです」
兵士が剣を構え、もう一人の兵士が鉄製の盾を構えた。狙いを付けて剣を盾にふりおろす。
「はっ!」
ジイッ! と振動音がして鉄の盾が真っ二つに切り裂かれた。
「Oh! すごいわ!」
「なんと!? 」
「結晶結界を使った、武器なの?」
「見事なものじゃ、一日でこれを?」
「魔法工房の中心都市だもん、本気になればすごいにきまってるさ!」
驚くアメリコとヒメノに、チャイが誇らしげに解説してくれた。
「皆、仇討ちだと息巻いておりましてな。徹夜で大勢の工房主たちが試行錯誤を重ね、つくりあげました」
ドワーフの工房主たちが解析したところ、黒い六角形の結晶結界は「不安定で未知の物質」でありながら、金属に似た特性を示したという。
加熱と加圧による変形、加工が可能であること。
結晶同士の研磨によって生じる微粒子は、不安定な状態となり、一定の刺激によって魔力エネルギーを発散すること。特性がわかれば応用が可能だ。
「結界の効果によって金属をこうも簡単に切断できるとはの………」
「詳しい原理はわかりません。接触面に何らかの力場が生じ、対象物の結合を破壊する……と魔法工術師が分析しておりましたが、私にはなんのことやら」
兵士が少々苦笑しながら剣を鞘に仕舞う。
「既に量産に入っております。全員には行き渡らなくても、精鋭の兵士に行き渡れば、かなり大きな力になりましょうぞ」
副将が胸を張る。アメリコとヒメノも戦いの味方が増えることに期待が膨らむ。
「それともうひとつ。これはお二人に」
同席した若い魔法工術師が、アメリコとヒメノに装備を手渡した。二組分の装備は、それぞれ身に付けてほしいという。
「わたしたちに?」
「防具かの?」
「ワンオフの急造品ですが、お役にたてばと思いまして」
左腕にバンドで器具を固定する。
「見たところ六角形の結晶結界そのものじゃが」
それは黒い六角形の結晶結界を金具で固定したものだった。さらにそこからケーブルが繋がっていて、腰にくくりつけたポーチのような別ユニットに繋がっている。
「腰につけたものが、結晶結界の粉末を装填した『魔力供給ユニット』です。ここから魔伝ケーブルを通じて特殊な魔力が送られ、左腕につけた『簡易結界発振ユニット』が駆動します」
「簡易……結界!?」
「そちらの左腕のユニットから出ている、グリップを。そうゆっくり握ってみてください。あ、危険ですから身体から離して……」
「こう?」
いわれた通りアメリコが左腕の装備から繋がっているグリップを握る。すると六角形の結晶結界が青白く輝きを帯びた。そして、そこから水の波紋が広がるように、淡い光の膜が広がった。
「わぁ……!? すごいわ、光の傘?」
「アメリ子、これはシールドじゃ!」
ヒメノが興奮した様子で叫んだ。
「Oh!? ビーム・シールド」
光の傘は、六角形の形状で薄く広がり、向こうが透けて見える。直径は一メートルほどまで光が広がるようだ。
グリップを離すと瞬時に光の傘が消えた。
「すごいや! 攻撃を防ぐ盾だね! あいつらが持っていた結界と同じ感じがする。結晶結界の再生能力を使ってるのかな……」
チャイが疑問を口にすると、若い魔法工術師が優しく微笑んで頷いた。
「その通りさ。結晶結界に刺激を与え、結界の再生を刺激して影響範囲を広げているんだ。連中の展開していた結界より防御力は劣るけれど……。通常の矢や剣による攻撃を弾き、炎の熱を遮断するのは実験済みだよ」
「私達もシールドを使えるのね!」
「これはありがたいのう……!」
「シールド展開範囲は今ごらんいただいた通りです。持続時間は十数秒。連続使用できませんからご注意を」
「オーケー! 大事に使うわ」
「連中のワケのわからん攻撃を、初手だけでも防げれば御の字じゃ」
アメリコとヒメノは息まいた。
想像以上の魔法文明だった。にも拘らず世界を滅ぼしかけた魔導師たちも相当だが……。
「他にもドワーフの工房では、結晶結界の微粉末を使った『反応魔法炸薬』の試験も進んでいます。投てき型の兵器に装備すれば、遠隔爆砕も可能かと」
兵士の一人が付け加えた。
「これらの力があれば、魔導師と互角に戦える! アメリコ様とヒメノ様のお力にもなれるでしょう。我々とて、黙ってやられているわけにはまいりませんからな!」
レブレフ副将の力強い言葉に、兵士たちも気勢をあげる。
「ところで、チャイ君といったかな。君はとても賢い子だね。仕組みを瞬時に理解するなんて。どうだい、うちで働かないか?」
若い魔法工術師がチャイをスカウトしはじめた。可愛いから目を付けたのかとヒメノが早速警戒心も露に睨み付ける。
「うーん。誘ってくれたのは嬉しいけど、オイラやりたいことがあるんだ」
「ほう? 残念だが、何か夢があるのかい」
「うん! この戦いが終わったら、アメリコやヒメノと旅をしたいんだ。世界を見てまわって、いろんなところを一緒に旅したい」
笑顔でとびついてアメリコとヒメノに腕を絡ませる。
「チャイ……! ベリーグゥね!」
「お、おぉ……よいのぅ!」
夢と希望あふれるチャイの言葉に、思わず笑顔になる二人。
いわれてみれば考えてもいなかった。
いや忘れていた。
夢や明日を思い描くことを。
この戦いが終わったらどうするか。
そんなことまるで考えていなかった。生き延びるためにがむしゃらに戦い、敵を倒すことだけを考えていた。
元の世界なんて忘れてしまった。
遠い世界から追放され、もとに戻れないのなら……。ここで生きていかなければならない。
平和になったら、そう――
「ヒメノは何か夢があるの?」
「いきなりそれを聞くかぇ? うーん、そうじゃのう」
「私はね、あるわ」
「ほぅ?」
アメリコの青い瞳は輝きに満ちていた。ヒメノは惹き付けられるように視線を絡めた。
「この戦いが終わったら私、ヒメノと結婚するわ」
「ブハッ!?」
思わず血を吐くところだった。ヒメノは白目を剥いた。何をいっているのか……わからない。
「へぇ! いいじゃん! よかったねヒメノ」
「……っぱぁは!? 危なく心臓がとまりかけたわ! な、なな、なんでそうなるのじゃ!?」
「イエス。愛よ。友情と絆。二人を結ぶもの。それはもう愛だから」
「い、いやいやいや……」
頭を抱えるヒメノ。
と、その時だった。
警報が鳴り響き、兵士の一人が慌てて駆け込んできた。
「も、申し上げます! 敵襲です! 魔導師の一味と思われる軍勢が……ここを目指しています!」
「軍勢? 大勢いるというのか!?」
副将が険しい表情で問いただす。
「きょ、巨大な……飛行要塞のような物体です! そこから無数の……土人形のような怪物が降下し、軍勢となり押し寄せてきます……!」
兵士の声は悲鳴に近かった。
「な、なんじゃと!?」