共闘、弾丸と刀剣と
カマキリ男の首が地面に落ちると、無敵結界が霧散した。ピンクモザイク女も絶命し、花弁のような結界が萎れ消えてゆく。
「アメリ子、見事じゃ」
「ヒメノもナイスファイト!」
「アメリコ、ヒメノ! すごいや!」
「ほ、本当に……隷属魔導師を倒した!?」
「うぉおおお!? お二人は救世主だ!」
チャイと同盟軍メンバーたちが気勢をあげる。しかし戦いはまだ続いてた。
「グゴゴ! おのれ……よくも! ラダマンディスとアフラ・マズダを……!」
全身黒ずくめの巨漢が、一歩動くたびに周囲の地面が陥没した。
漂う煙幕で見えた結界の形状は、円筒形だ。それがロードローラーのように転がって進撃し、周囲を更地に変えてゆく。
「あなた達にも仲間意識なんてあるわけ?」
アメリコが敵のサイドに走り込む。ロードローラー型結界の真横に回り込み、コルトガバメントで狙いをつけ弾丸を叩き込んだ。
弾丸は寸分違わず頭部に命中する。しかし跳弾しダメージは与えられない。
「グゴゴ……屁の突っ張りにもならぬ……!」
「Oh……見るからに硬そうだものね」
黒い巨人は、身体の表面にも無敵結界を展開していた。よく見ると六角形の、手のひらサイズの黒い結晶が、体表面を鱗のように覆っている。
「あやつ、結界を体表面に貼り付けておるのか!」
「攻撃用のロードローラーとは別に、防御用結界もあるなんて反則じゃない!?」
今まで戦った相手とは違う。無敵結界を二種類、もっていることになる。
アメリコはコルトガバメントを腰のベルトに差し込んで、建物の陰へ飛び込んだ。そして精神集中。再び銃器の召喚を試みる。大型でもっと強力な火力がほしい。一撃であの分厚い結界を貫通できるほどの……!
「ズグゴゴ……! 潰してやる……おまえらをミンチ肉に変えてやる」
巨漢の隷属魔導師が方向を変え、ヒメノに狙いを定めた。
「おっと!?」
煙幕は薄くなってしまったが、巨大な円筒形のローラーが、ハンマーのように振り下ろされた。動きを見切ったヒメノは、咄嗟にサイドステップを踏んで避ける。
立っていた位置にドズン! と直径3メートルもの円筒形の穴が穿たれた。
「ぬうっ!? 十メートル離れていても届くとはの……!」
攻撃の範囲も思った以上に広い。
「ヒメノ! 私が狙撃するわ」
「うぬ。ワシと魔法使いたちで足止めするぞな!」
「オーケー! 少しだけ時間を稼いで」
「了解じゃ! 皆の衆、作戦C3じゃ!」
「グブブ……! ぬううっ!?」
黒い巨人が不意に姿勢を崩した。足元に出現した泥沼に足を取られたのだ。
「……私達の魔法が、助けになるなら!」
「あやつめの歩みを遅らせるのが精一杯だが!」
水を操る魔女と、土属性の魔法使い。
二人の魔法の合せ技による泥沼トラップだ。泥濘を生じさせて機動力を奪う。作戦のプランC3。
それにより隷属魔導師の動きが止まる。
単純な泥沼のトラップだが、元々動きの鈍かった巨人、重量級の敵の動きを封じる効果はてきめんだった。
「見事じゃ!」
仲間たちの支援により、結界による円筒形ハンマーの狙いが反れた。
ヒメノは接近を試みる。
黒い巨人めがけヒメノが空中ジャンプ。刃に纏わせた渾身の剣気を同時に叩きつける。
「天剣地隔・零式!」
たが、鋭い音とともに刀剣が折れた。
「グブブッ……! 無駄なことよ……!」
「硬い……! 剣気の刃さえ通らぬとはッ!」
巨人が振り回した腕を足場に、更に空中で一回転。着地して距離を取る。
素早く別の刀剣を召喚する。
もはや日本刀による近接戦闘、斬撃は通じない。せめて全身を覆う結晶結界に綻びが生じれば……。
「ブゴゴ……オレは隷属魔導師でも最強硬度の結界を持つ……! ゴゴゴ、故に、何人たりとも傷つけることなどできぬ……!」
自信満々でそう言い放つと、両腕で地面を叩きつけた。
衝撃とともに周囲に巨大な陥没が発生し、泥沼の罠が崩壊する。
「地面ごと泥沼の魔法を破壊するとは……!」
「なんて力技なの!?」
魔女と魔法使いが反動で吹き飛ばされた。チャイがすぐさまフォローに向かう。
黒光りする巨人は泥沼を抜け、再びヒメノに狙いを定めた。
「ブゴゴ……! 美しい黒髪の娘よ……! その細い脚から順に骨を砕き肉を潰してやる。血の詰まった革袋、人間は破裂する瞬間が、美しい」
「フン、清々しいまでの異常者じゃな。何の躊躇いもいらぬか」
真っ直ぐに太刀を向け、闘志みなぎる視線で睨みつける。
――次は、アメリコと共にじゃ。
「おまたせ、ヒメノ!」
アメリコは明るい声とともに物陰から飛び出した。
重厚で長大な銃器を腰だめに構え、狙いをつける。
わずか十数メートルの超至近距離。しかも相手は五メートルはあろうかという巨人。腰だめうちで狙っても外すはずもなかった。
「ブゴゴ、そんな豆つぶて……効かぬ!」
「あ、そ」
アメリコは引き金を引いた。
銃口が火を噴き、銃身が跳ね上がる。
「――ガッ!?」
同時に黒い巨人の頭部が弾かれ真後ろに折れ曲がった。
着弾の威力で巨体がグラリと揺らぐ。
「ガ……何ィ……!?」
「すっ、すごい!」
魔法使いと魔女を救護していたチャイが目を丸くした。今まで見てきたアメリコの、どの銃よりも大きくて強力なのは一目瞭然だった。
腰だめで撃ったロングライフルをアメリコは再び構える。
「対物ライフル、バレットM82の味はどうかしら?」
米国バレット・ファイアーアームズ社製、対物ライフル。
12.7mm口径の重質量弾頭は、アンチマテリアルライフル、対戦車ライフルなどとも呼ばれる。だが実際は建物の壁ごと敵兵をブチぬく銃器である。イラク戦争ではアメリカ陸軍が使用し、1km先の敵兵の身体をこの弾丸で両断する威力を発揮したという伝説さえあるほどに強力な銃。
「ブ……ゴ、ゴァアアッ!?」
黒い巨人は何が起こったのかわからない、という表情で顔を起こした。
左頬の部分に着弾し黒い六角形の結晶装甲が剥がれ落ちている。そして、白い皮膚が露出し血も流れている。
「意外と色白なのね」
通用した。
弾丸は確実に強固な無敵結界を撃ち砕ける。
しかし再び黒い鱗のような結晶装甲が再生し、覆ってゆく。
「グゴゴオゴァア……!」
突進しようとした黒い巨人めがけ、対物ライフル弾を叩き込む。
アメリコは引き金を引いた。
弾倉に装填された弾丸は十発。外す距離ではない。
ガンッ! ガンッ! とすさまじい射撃音とともに銃口が跳ね上がるたびに、命中する。黒い巨人の胸や肩に着弾するたび、衝撃で一歩、また一歩と後ろへとよろめきながら後退する。
黒い結晶装甲が砕け、弾け飛ぶ。
「ガッ!? こッこんなッ! なんという衝撃……威力ッ! バカ……な……これは、何だ……この世の……ものでは……無いッ!?」
アメリコの放った12.7mm口径のライフル弾が、結晶結界を撃ち砕いてゆく。露出した病的なまでに白い肉体から、血が噴出する。
「アメリ子! 顔面じゃ!」
ヒメノがダッシュすると同時に、アメリコが狙いをつけた。
「オーケー! 最後の弾丸、ラストバレット!」
引き金を引く。発射された弾丸が額に命中。黒い巨人の顎がはね上がった。
「……ガ!?」
空を見上げ巨人の動きが止まる。
「ここ、じゃぁあああっ!」
ヒメノは既に地面を蹴り、上空へと飛翔していた。
巨人のさらに上、真上から落下しつつ愛刀――同田貫を、渾身の力で深々と露出した額に突き入れる。
「ゴフシャ!? ……アヒ……? イッ……イィィイイ!?」
「――天剣地隔・零式ッ!」
更に、秘剣を放つ。
痙攣したかと思うと、黒い巨人の全身から血が四方八方に噴き出した。
黒い六角形の結晶装甲の内側で天剣地隔が幾度も反射、脆弱な生身の肉体をズタズタに切り裂いたのだ。
黒い巨人はその後、ゆっくりと崩れ落ちた。黒い結晶装甲は形を保ったまま、内側からドロドロとした血と肉のペーストが流れ出す。
「ナイス、ヒメノ! やったわ!」
「うぅ、こんな風にするつもりではなかったがの」
敵は完全に細切れのスプラッターな状態になっていた。黒い結晶装甲の鎧は、血の海に沈んでいる。
「うぉおおおお! やった! すげぇえ!」
仲間たちが大歓声とともに飛び出してくる。
「ミンチになったのは貴方の方だったわね」
アメリコは黒い鎧を蹴飛ばした。
すると手のひらサイズの黒い結晶装甲がポロリと落ちた。
「これは……形状を保っておるの?」
肉体からエネルギー供給が途絶えても、六角形の結晶構造はそのままだった。暗雲が消え、はれた空から太陽が顔を見せる。
陽の光に透かしてみると、黒曜石のような不思議な半透明の鱗だった。
「それ使えるかもしれないね」
チャイが言った。
「なるほどの。接着材で防具にくっつけるだけでも良いかもしれぬ」
「硬い敵だったけど、良いものが手に入ったわね!」