隷属魔導師(スレイヴス)攻略戦
カマキリ男を狙いショットガンを撃つ。
アメリコの放った散弾は、ギザギザの結界の表面で火花を散らしただけだった。
「効かねぇんだよ、こんなもなぁ!」
カマキリ男はわずかに顔をしかめたが、脚を止めない。拳を構えヒメノに向かってゆく。
「近接格闘系の隷属魔導師、というわけじゃな」
「ヒメノ……!」
「アメリ子、ゆくぞプランD2じゃ!」
「オ、オーケー!」
「刀剣使い! 余所見してるヒマがあんのかテメェァア!」
カマキリ男が激昂し拳を振るう。土煙と衝撃で地面がえぐれ、炸裂した。
「なんという威力じゃ……!」
ヒメノはバックジャンプで避けたが、カマキリ男は地面を蹴って追撃する。
「逃がさねぇぜ! ヒャッハァ!」
「くっ……!」
ヒメノの袖口から花弁が美しく舞い散った。
「目眩ましにもならねぇ! 死ねァアア!」
カマキリ男が空中で放った「見えざる拳」の攻撃を刀剣を煌めかせて弾く。さらに空中で身体をひねり、槍の連撃のような攻撃を避ける。
「ちッ!? 味なマネを!」
風の魔法が込められた手甲で、袖に忍ばせていた花弁を散らし相手の攻撃を可視化。軌道を予測し回避したのだ。
「ナイス、ヒメノ!」
「……貴女は、あたしが相手をしてあげるわ」
モザイクアートのように姿が揺らぐ女が動いた。
両手を気だるそうに持ち上げると、花弁のような結界の外側から二枚が剥がれ、飛んだ。
煙幕を通して軌跡が見える。高速で回転しながら周囲を飛び回る。
大きさは1メートルほど。樹木に触れただけで枝がスパッと削ぎ落ちる。レンガの建物の壁に接触するとバックリと亀裂が入った。
「自在に飛ぶカッターナイフ……ってわけね」
ヒメノの推測の通りだった。
隷属魔導師は『無敵結界』を標準装備し、それぞれ特性が異なる。
形状、防御範囲、攻撃に転用した場合の効果……。
アメリコの放ったショットガン――レミントン・アームズのM870のバックショット弾では結界を破壊できなかった。貫通力が足りないのだ。
カマキリ男にも、ピンクモザイク女にも弾丸が通じない。
もっと強力な別の銃、弾丸が必要だ。
だが、ここはヒメノのプランに賭けてみる。
「……回避など不可能よ。まずは腕かしら。それとも脚を切断してみましょうか? ヒヒヒ……貴女、いい声で鳴きそうね……」
気だるそうな女は興奮してきたのか、顔が崩れはじめる。醜く歪み狂気をにじませる。
「安心したわ。ユーもやっぱりサイコパス」
アメリコは銃身をスライドさせて弾丸を込め、水平に構えると容赦なく引き金を引いた。
「……無駄よ」
分厚い無敵結界の表面で散弾が跳ねる。
ピンクモザイクアート女が右手を振ると、シュルルと音をたて円盤状の見えざる刃が、アメリコに向けて迫ってきた。
「ショット!」
引き金を引いて空中の刃を狙い撃つ。鋭い音と共に回転する刃は軌道を変え、斜め後方の建物に突き刺さった。ギュルルと回転していた結界はやがて霧散して消えた。
「……まぁ素敵。あたしの『回転人肉スライサー』を弾き飛ばしたのは、貴女が初めてよ」
「酷いセンスのネーミングね。貴女のピンク頭と同じ」
「……調子に……のらないでくれる? ブス! ブゥウウウス!」
「声が裏返ってるわ」
アメリコはショットガンの弾丸を装填し直し、次々と、迫りくる刃を迎撃してゆく。
冷静に狙い、軌道を予測して撃つ。ショットガンでクレー射撃をするイメージだ。
「……!? バカな、こんな……!」
仲間たちが煙幕を絶え間なく展開し、可視化してくれている。だからこそ可能な戦法だった。
「……ちょぃいよこぁいなぁァアア!」
人肉スライサーの攻撃が激しさを増す。
「しまった!」
撃ち漏らした。胴体を狙われている!
「だぁあああっ!」
そこへ分厚い鉄の盾を構えた戦士が飛び出した。衝撃とともに火花が散る。
「我らが盾に!」
次々に同様の装備で武装した戦士たちが、建物の陰から飛び出し、カバーに入ってくれた。
「サ、サンキュー!」
「……あの女には見覚えが。我らの城塞都市で多くの市民や戦士を殺したヤツです!」
「どのみち、友達にはなれそうもないわ」
ショットガンで真正面に捉えたピンクモザイク女を狙撃する。衝撃と音に顔をしかめるが、揺らぎもしない。
確かに無敵結界は刀剣による衝撃、魔法による熱などのエネルギー対して、強固な防御特性を示す。
だが、全てを遮断しているわけではない。少なくとも空気、音、衝撃は遮断していない。そこまで遮断すれば話すことも、息をすることもできなくなるからだ。
カマキリ男とヒメノは激しい戦いを続けている。防戦一方にみせかけて、こちらに徐々に誘導しているのだ。
もう一人、黒い巨漢は周囲の地面をロードローラのように見えない結界で押し潰しながら侵攻している。街の方へと向かってゆくが、魔法使いたちが先回りし罠を仕掛けていた。
「グゴ……ゴゴ?」
行く手を泥沼に変え、足止め成功している。
カマキリ男との距離は十五メートル。
黒い巨人との距離は三十メートル。
ピンクモザイク女とは十メートル。
配置は完璧だ。
「ヒメノ、ユーを信じるわ」
アメリコはショットガンから薬莢を排出し、別の弾丸を装填する。
盾を構えて前衛になってくれた戦士の肩越しに、再びピンクモザイク女に狙いを定める。
「……何度やっても無駄アアア!」
周囲の結界を再生。再び花弁じみた厚い結界が展開される。絶対無敵の結界で空間が歪み、ピンクモザイク女の姿もにじむ。
人肉スライサーとして飛ばした結界を補い、いくらでも再生できるのだ。
「そう? じゃぁこれはどうかしら」
アメリコは引き金を引いた。
弾丸は12ゲージ、直径18.4ミリ口径。
弾種は――催涙弾。
「……ゲッ!? ゲブホァアッ!?」
顔面付近で白煙がはじけた。暴徒鎮圧用の催涙弾は、特殊な薬剤を撒き散らし激烈な痛みを与える。目と呼吸器の刺激は相手を行動不能へと陥らせる。
「イッ……イキャァアアア!?」
「届いた!」
アメリコはすぐさま身体をひねり、ヒメノに迫るカマキリ男に狙いを定め、同じ弾丸を放った。
「ンギャッ!?」
ボバッ! と白煙が破裂するや、カマキリ男は途端にバランスを崩し地面へと落下する。
「あなたにもね!」
黒い巨人にも残りの催涙弾を連射。
「ウゴ……オォオオオオオ!?」
ズズズン……と地響きとともに、うずくまる。
「……こ、こんな……! ゲホァツ! ゴホッ! 野蛮な……くだらな……イイイァアア!」
目を押さえ悶絶する。苦しまぎれに結界の花弁を飛ばす。だが狙いは定まらず、見当違いの方向へ飛び去った。
無敵結界は攻撃を認識できなければ機能しない。ヒメノはそう看破した。
ミヒラクラとの戦いで、飛び散った泥や小石は隷属魔導師の身体へ達した。それは地面や空気と同じ、攻撃と認識できない物体だったからに他ならない。
「私の弾丸なんて通じない。そう思い込ませたの」
力押しだけが戦いじゃないって、ヒメノが教えてくれたわ。
銃器召喚、コルトガバメント。
ハンドガンを手に素早く接近する。
「……痛ァアア!? よぐも……! よぐもごん……ゲファ、ゲフ?」
ピンクモザイク女の動きが止まる。
目は痛みで開かずとも、冷たい鉄の、銃口の感覚はわかるだろう。
ゴリッとピンクモザイク女の側頭部に、コルトガバメントの銃口を押し付ける。
完全に懐に入り込んでしまえば、結界は機能しない。
「……ちょっ……ま」
引き金を引くと、ピンクの頭が爆ぜた。
更に二発、三発と、超至近弾を叩き込む。
反対側の地面に鮮血が散り、ピンクモザイク女は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「ところで貴女の名前、聞かなかったわ」
アメリコはまったく興味なさげに吐き捨てた。そして冷たい目で、動かなくなった身体に、弔いの弾丸を放った。
「――ギィアァア!? チクショウァア! 痛ェエエ、クソ、くだらねぇ手を……! こんな……! な」
「正々堂々もクソもなかろう」
ヒタリ。
カマキリ男の喉元に、刀剣を、冷えた刃を押し当てる。
半径一メートルの間合いにヒメノは完全に踏み込んでいた。無敵結界の一瞬のスキをついて。
「て、め――――――」
何かを言いかけたカマキリ男の首が、身体から離れた。
舞うように身体をひねり、刃を引いた。ヒメノの背後で、真っ赤な血が噴水のように噴き上がった。