米国――アメリコの召喚銃
★はアメリカ視点です。
●は日本視点となります。
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空が青くて高い。
甘い草の匂いがする。
こんなに広い空を見上げたのはいつぶりだろう?
叔父が経営していたテキサスの牧場を思い出す。あの頃の私はまだ幼い子供で――
……私?
私は……誰だっけ?
あぁそうだ思い出した。
アメリカ(・・・・)だ。ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカ、USA。
アメリカ合衆国こそが私の魂、この意識の核なのだ。
意識の覚醒とともに四肢の感覚が蘇ってきた。視界に映るのは光の粒子が集まり、四肢や指先を形成していくところだ。これは夢か幻だろうか。
「うっ……」
胸が重苦しい。力を込めて上半身を起こしてみると、重苦しいのは大きな胸のせいだった。
「Oh……」
Dカップを超えている。牛のように大きな胸は、星条旗マークのビキニに包まれて辛うじて隠れていた。上着としてノースリーブの革製ジャケットを羽織り、下はミニスカート。膝丈までのカウブーツを履いていた。
首を巡らせて周囲を見回すと、どうやらここは草原でなだらかな丘陵の上らしい。牧草のような緑の海原を、風が波のように吹き抜けてゆく。
緩やかにウェーブしたプラチナブロンドの髪がなびいた。
私は――アメリコ。
アメリコ・マーティン。
確か大統領だったはずなのに草原で眠っていたらしい。
「ってか、若い!?」
ティーンエイジャーに戻っていた。指先に触れた肌はきめ細かく張りがあり、髪も艷やか。何よりも全身に気力とパワーが漲っている。チアリーダーをしろと言われれば今にもできそうだ。
「オゥ、YES!」
思わず立ち上がりガッツポーズ。何がなんだかわからないが、災い転じて福となす。アメリコ・マーティンにとっては良いことが起きたらしい。
草原を影が横切ってゆく。
見上げると太陽を遮って、大きな翼竜が飛んでゆくところだった。
「ファンタスティック……!」
太陽のそばには、薄い色の月がひとつ、ふたつ……。翼をもつ竜が群れをなし、険しい山脈に向けて飛んでゆく。
「アナザー・ワールド?」
つまり、ここは異世界らしい。
夢でなければ、だ。
アメリコ・マーティンは自分の状況を理解しようと試みた。
記憶の糸をたどり、情報の断片を整理する。
国連総会の場から異世界に飛ばされてしまったのだろうか。あの憎たらしい肉団子、狂った中華帝国の主席が何やら怪しげな兵器を用いたのだ。
どんな原理を用いれば、何がどうなってこうなるのか……。それはわからないが。
夢かと期待したが、胸に鋭い痛みがはしった。
「Oh……!」
慌てて胸元に視線を向ける。胸の谷間の少し上に星のマークをあしらったペンダントが揺れていた。痛みの原因はそのペンダントが放つ熱のような何かだった。
「これは……?」
手にとって宝石のような青を覗き込む。視線が結晶の奥に吸い込まれる。
なんとそこには、広大な米国の光景が広がっていた。人々は驚き、混乱していた。空の異変に驚きながら天を指差し、ある者は怯え、祈り、都市が大混乱に陥っている。それらはまるで静止画のように動かない。悲劇の瞬間を一時停止したかのように固まり、結晶の中に封じられているのだ。
「Oh、My、GOD……」
涙が自然と溢れた。
これはアメリカなのだ。
愛するアメリカの国民と国土が、アメリカ本土と3億の人々がここにいる。
これから何をなせばいい?
私は――ここで、何を。
どうすれば国民を助けられる?
「私は……」
アメリコ・マーティンは思わず天を仰いだ。
その時だった。風に乗り嗅いだことのない悪臭が漂ってきた。
「……!?」
『……ギヒヒッ……!』
草原の向こうから薄汚い野獣、小人のような奇妙な生き物が近づいてきた。
背丈はアメリコ・マーティンの半分ほどしかない。妙に大きな頭、目が小さいのに口が耳まで裂けている。明らかに顔のバランスがおかしい。腕も猿のように長く脚は短い。全裸で黄土色で皺だらけの皮膚。開けた赤黒い口の中には黄ばんだ牙が並んでいる。
「マイガッ……」
思わず嫌悪感に身構える。
リトルグリーンマン? いや違う。地下施設の資料で見た(・・・・・)彼らではない。
むしろ悪夢に出てくるグレムリン。人間をひどく歪めたような醜悪な怪物だ。
怪物は一匹だが、明らかに自分を狙って近づいてきている。
距離は十五メートル、もう目と鼻の先だ。
肉欲に滾った視線が露出したアメリコの肌を舐め、ヒリつくような嫌悪感に思わず眉根を寄せる。
「ハロー、フレンドリィ……?」
万が一の可能性を信じ、ぎこちない笑みを浮かべ手を振ってみる。
『……ギシャアアアアアッ!』
期待はあっけなく打ち砕かれた。
怪物は手に棍棒を振り上げ、襲いかかってきた。一直線に向かってくる。
「チッ!」
米国で生きていれば危険な場面には出くわす。
暴漢がナイフを手に襲いかかってくるという場面にも度々あった。
自分が女性であれば、なおのこと自分の身は自分で守らなければならない。
――銃!
そうだ、銃は!?
自らを護るのは銃だ。
十九世紀の西部開拓時代から、武器の携帯を憲法が保証している。
それこそがアメリカの魂だ。
ジリッ……! と胸のペンダントが熱を帯びて輝いた。
「――これは!?」
手にグリップの感覚があった。まるで自分の手から生えたように、忽然とハンドガンが出現した。
鉄の重み、グリップの冷たさが勇気をくれる。
神よ、感謝します――
ハンドガンはグロック26というモデルだった。
フルサイズのグロック17ではない。サブコンパクトタイプの女性が取り扱いやすい銃。
9mmのパラベラム弾の装弾数は、確か10発。
右手で持って左手を添える。
腰をやや落とし狙いを定める。
『ギヒィイイッ!』
警告など必要ない。
相手は殺意を持った危険な怪物だ。
距離は8メートル。必中の至近距離。安全装置を外すと同時に引き金を引く。
ガンッ! という火炎と衝撃。
『ギイッ!?』
怪物の体がのけぞった。胸の左上、肩を貫通したのだ。着弾の衝撃で体がゆらぎながらも倒れない。なおも敵意もあらわに牙をむき出しに突っ込んでくる。
「……!」
距離は5メートル。二発目を放つ。
『ギュ!?』
射撃音とともに怪物の脳天に黒い穴が開いた。やや遅れて後頭部がバシュッと爆ぜ、後方に脳漿と血が飛び散った。
怪物は崩れ落ち、今度こそ動かなくなった。
慎重に近づき怪物の死骸を確認する。
見たことのない生き物だった。
ファンタジー系のゲームに出てくるゴブリンという怪物だろうか。
「……う」
悪臭が増した。
気がつくと周囲には二匹、三匹の怪物がいて、包囲網を狭めつつあった。
<つづく>