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18/31

チャイの力と一族の秘められし魔法

 ★★


「ヒメノ!」

 アメリコはスナイパーライフルを投げ出し、駆け出した。

 階段を駆け下り、村の入口へと全力疾走する。

 ――死なないでヒメノ!

 金髪をなびかせて、息を切らしながら必死で走る。戦いの終わりを感じ取った村人たちが顔を覗かせているが、まだ通りには誰もいない。何度も転びそうになりながら村の入り口に向かって走る。


 自分一人だったら勝てなかった。

 確実に殺されていた。

 あの強固で不可視のシールドを破れなかった。もしヒメノがいなかったら、隷属魔導師(スレイヴス)を倒せなかっただろう。

 ヒメノの杞憂は決して大袈裟ではなかった。慎重な分析と事前準備は役にたったのだから。

 ヒメノは結界の特性を明らかにし、見えない攻撃の正体を(あぶ)り出してくれた。


 ――ワシが倒れるまで撃つでないぞ。


 その言葉通りだった。

 地面に倒れ、血を噴き上げながらもチャンスを作ってくれた。

 攻防一体のステルス結界。その無敵ともいえる特性を暴き、見えないはずの結界を可視化した。

 だから(・・・)狙撃できた。

 狙撃する上で障害となる、結界の位置関係を明らかにしてくれた。おかげで必殺の弾丸を叩き込み、隷属魔導師(スレイヴス)を倒せた。


 村の入口付近にヒメノが倒れている。

 傍らに、大柄な村長と小柄なチャイがいち早くかけつけていた。

「しっかり!」

「ヒメノ!」

 黒髪の少女が目を閉じたまま、血と泥で汚れた巫女装束の姿で横たわっている。


「ヒメノ! 生きてる!?」

 駆け寄って地面に這いつくばって呼び掛ける。

「ヒメノ!?」

「……うるさいのぅ、傷に響く」

 ヒメノはゆっくりと目を開けた。


「よかった……!」

「痛ッ、やめんか……」

「あっ、ごめん!?」

 嬉しさのあまり抱きつくと、ヒメノは悲鳴をあげた。慌ててゆっくりと上半身を抱き起こす。

 血で汚れた顔を拭うものを探すと、チャイが腰のポーチからハンカチを取り出してアメリコに渡した。

「あとで返すわね!」

「いいよ、それよりヒメノを」

 顔を汚す泥混じりの血糊を拭き取り、乱れた髪を髪を手櫛で整えながら、

「ムチャよ、あんな戦いかた」

「……あぁでもああせねば勝てなかったであろう」

「だからって、逃げてもよかったでしょ」

「アメリコなら……逃げるかの?」

 ヒメノは苦痛に顔を歪めながらも、笑みを浮かべた。

「それは……」

「……う、肋骨と腕の骨に、ヒビが入っておる」


「Ohマイガッ! どうしましょう!? レスキュー! メディーック!」

 動揺して慌てふためくアメリコを尻目に、チャイの姉たちが二人掛かりで担架を運んできた。表面に紋様が描かれた、魔法のエアボードらしい。

「はいはい、どいてどいて!」

「家に運ぶわ」

 長女のミュクリアと次女のリュクリアが、慎重にヒメノの頭の方と脚の方を抱え持ち上げる。そして担架代わりのエアボードに乗せた。


「ヒメノは、ヒメノは助かるんですか!?」

 救急外来の家族みたいに悲痛な声で、リュクリアにすがりつくアメリコ。

「ちょっと落ち着いて!」

「ご家族の方はお待ちください」


「大丈夫だよ、アメリコ」

 後ろから落ち着いた声をかけたのは、チャイだった。

「チャイ……?」

「任せてよ、アメリコ」

 真剣な眼差しでエルフの少年は頷いた。


 ★


 村の中心部の建物にヒメノは運び込まれた。

 魔法の担架は風で浮き、滑るように運べる優れものだった。

 一階のオープンスペースにはすでに仮設の救護所が準備されていた。


「こちらへ」

 チャイの母親が示す簡易ベッドにヒメノは移された。お湯やタオル、消毒薬らしい瓶などが運ばれてくる。

「痛い!? ヒメノ、気を確かに!」

「気は確かじゃから、離れんか……」


「オイラ……僕が治すよ」

 真面目な顔でチャイが進み出た。


「まさか、治癒の魔法……?」

 思い出した。チャイは「簡単な治癒の魔法が使える」と言っていた。

「そうだよ、少しまっててねヒメノ」

「……?」

 チャイはヒメノに優しく語り掛けると、腰のポーチから小さなナイフを取り出した。そして、躊躇いなく鋭い先端を自分の左腕に突き刺した。


「チャイ!?」

 アメリコは悲鳴を上げた。

「平気。魔法の……準備だから」

 痛みをこらえ、流れ出た赤い血を口に含む。


「……私たちエルフ族の血には、魔法の力が宿っています。魔法はそれぞれが持つ個性、特性によって発現の仕方が異なります」

 チャイの母親、美形エルフママがアメリコに語りかけた。

「Oh……でも、チャイが傷ついたら、本末転倒じゃないの」

「魔法には代償が伴います。大きな傷を癒し、あるいは命を救うにはそれなりの代償が……」


 失礼、といってエルフママがヒメノの着衣の帯を緩め、腹部を露出させた。

 脇腹は赤く腫れ上がり内出血している。骨だけでなく周辺の組織もダメージを受けていたのだ。


「すこし……我慢してね」

 チャイはヒメノの脇腹に顔を近づけ、口を押し付けた。ちゅっ、ちゅとキスをするように。


「うっおッ……! おほっ……ちょっ……!?」

 痛みよりも、突然のチャイの行動に慌てて目を白黒させるヒメノ。

 唇の端からつぅと赤い血が流れ、美形の吸血鬼少年のような、背徳的な情景に困惑する。

 そして患部に唇を押し当てて止まり、そのまま一分、二分と時間が過ぎてゆく。


「い……痛みが……薄れて来たぞな?」

 ヒメノがぱちくりと目を瞬かせた。

 青ざめていた顔に赤みが差し血の気が戻る。五分ほどするとチャイは唇を離した。


「……ぷは。たぶん、ほとんど治ったと思う」

「ほんとじゃ……! 信じられぬ、これが……チャイの魔法かえ?」

 ヒメノが起き上がった。脇腹をさすり、おどろいている。


「まって、右腕の骨も治すから」

「お、おう……ふぉ!?」

 チャイは再び自らの血を舐めて、再びヒメノの右腕に口づけをした。ちゅっ……ちゅ、と位置を変えながら。

 可愛らしいエルフの少年の行為に、ヒメノは次第に頬が赤くなっていく。

「……し……舌の感触が。……はぁ……はぁ、び、美少年の温かい……舌」

 ヒメノの目が虚ろに、呼吸も次第に荒くなる。


「いけない、気分が悪いのかしら? 傷は癒えているはずなのに……」

 エルフママが不思議そうに眉間に皺を寄せた。するとヒメノの鼻から二筋の赤い血が流れ落ちた。

「ヒメノ、鼻血が!」

 アメリコが悲鳴をあげた。


「なんで!?」

 おどろき顔を離すチャイ。


「おっ、ふぁ……?」

「いけない頭にもダメージが!?」

 慌てるエルフママの肩に、アメリコは手をそっと乗せた。そして微笑みながら首を橫にふる。


「いえ、これ……元気になったんだと思います」 


 ★


「む、胸や内股を怪我していたらと思うと……」

「ヒメノ、嬉しそうね。顔が緩んでるわよ」

「チャイには日夜、あぁして癒してもらいたいものじゃ」

「もう」


 ヒメノはすっかり回復した。

 小さな傷は簡単なキスで、深い部位のダメージは長く口づけをすることで癒せる。そういう治癒の魔法らしかった。

 しかし他人を癒す代償として、痛々しい切り傷がチャイの腕に残った。

 エルフママが傷薬と包帯を巻く。


「自分の傷は癒せないの?」

「うん、ダメみたい」


「すまんのう、チャイ。痛い思いをさせて」

「ヒメノに比べたら、これくらい平気」

 ぎゅっと抱き締めるヒメノ。お礼のつもりか、それにかこつけた特殊性癖の発露か。

 ヒメノとチャイの距離も縮まったようだ。


「魔法にもルールがあります。それが世界の(ことわり)ですから」

 美しいエルフママはチャイの頭を優しく撫でた。

 魔法は万能、そんな都合のよい話は無いのだろう。しかしいくつか疑問も残る。襲来した敵の魔導師……あるいは眷属の力の根元はなんだろう?

 痛みを伴う血でないことは確かだ。

 おぞましい、想像したくもない他人を犠牲にする儀式だろうか……。


「失礼ですが、エルフママにも魔法の力があるのですか?」

 アメリコは尋ねてみた。チャイや姉たちの魔法は、父親というより母親からの遺伝だろうと考えたからだ。

「はい。わたしも魔法が使えます。といってもわたしの魔法は心の傷(・・・)を癒すものです。慰め、勇気づけ、苦しみを取り除きます。とてもハッピーな気持ちになれます。アメリコさんもいかがですか?」


「…………え、遠慮しとくわ」

 ニッコリと微笑むエルフママに、アメリコはひきつった笑みを浮かべた。


「ちなみに俺は、戦いに破れ絶望していたところを、彼女に救われたんだ。麗しのエルフ乙女の魔法キスで闇に沈んでいた心が解放された。光に包まれ、視界が開けた! 秘められていた力が覚醒、新しいステージに昇れた気がした……! だから、その後の戦いにも勝てたんだ! 最高にハッピーさ」

 チャイパパが瞳を輝かせながら力説し、誇らしげに美人エルフママの肩を抱いた。

「ウフフ、あなたったら」


「Oh……オケー、最高に……いい話ね……」

 エルフママの魔法は、深くツッこんではいけない気がした。 


 そこへ魔法のエア・ボードで偵察に出ていた姉たちが戻ってきた。

「ふぅ……周囲に敵影無し!」

「魔導師の気配も消えたわ!」

 集まっていた村人たちから、わあっ! と歓声があがった。拍手喝采が沸き起こる。


「ユーたちも何か魔法を使う、代償があるの?」

 アメリコが尋ねると、ミュクリアとリュクリアは顔を見合わせた。

「「めっちゃお腹がすく!」」

 盛大に腹の虫がないた。どっと笑いが沸き起こる。


「……ところで。チャイの兄ちゃんたちはどんな魔法を使えたのじゃ?」

 チャイを後ろから抱き締めていたヒメノが尋ねた。

「兄ちゃんたちは、母さんに似ているよ」

「ほぅ?」

 それはどういう意味でだろう。

「上のティカ兄ちゃんは、歌で人の心を操……和ませる素敵な魔法。下のヒュリ兄ちゃんは、どんな不味い料理も美味しく感じさせるすごい魔法を使えたんだ」


「……な、なんだか個性的な魔法ね」

「お、乙女チックじゃの」

 思わず笑みが浮かぶ二人。しかし、エルフママの『キまれば最高にハッピーな魔法』に通じるものがあるような。


「それに、お兄ちゃんたちすっごく可愛いのよ。っていうか美人?」

「そうそう! 魔導師の手下が女の子と勘違いして拐っちゃうくらいだもんねぇ」

 姉妹が顔を見合わせてくすくす笑う。

「母さんに似てるもんね」

 チャイも同意する。


「なん……じゃと」

 衝撃を受けるヒメノ。上には上がいた。可愛くて健康的な姉妹や、チャイを上回る美形の兄弟が。

「なんだかワンダホー、素敵なご家族ねヒメ……ノ?」


「アメリコ! 救出じゃ! 男の娘……いやチャイの兄弟たちも助けにいくぞぇ!」

「え、えぇ……?」

 アメリコの両肩をつかんだヒメノの目は、とても血走っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヒメノ楽しそうで何よりぃ!(≧▽≦) 頑張りましたもんね、これくらいのご褒美はないと! しかしまた…… 日本人的には美味しいエルフ一家ですね!(笑)
[良い点] 隷属魔導師を斃したヒメノとアメリコであったが、その代償に負ったヒメノの傷は深かった。 アメリコは戦いを振り返り、ヒメノの身を挺した活躍を称賛していましたが、前話での叙述が若干弱かったような…
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