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17/31

ヒメノの死闘

 ★★


 村の上空に異様な暗雲が立ち込めた。竜巻のような黒い雲が地面に接触すると、ひとりの男が忽然と出現した。

 死人の如き白い顔に、短く刈り込んだ赤毛。

 死装束を思わせる白い上下の衣服には、黒いお面が無数に貼り付けてある。

 600メートル離れたこの位置からでも、頭のネジが飛んだイカレ野郎だということはわかった。


 ――あれが魔導師……隷属魔導師(スレイヴス)


「ヒメノ、気を付けて」

 アメリコは祈るように呟いた。

 村の中心にある建物の三階から光学照準器(スコープ)を覗き込む。

 突き出した構造のベランダに腹ばいになり、狙撃姿勢で待機。相手から悟られぬよう植木鉢を2つ並べ、その隙間から黒い銃口を向ける。


 手にしているのは召喚銃――M24狙撃銃。

 米国陸軍の狙撃手が使用する対人狙撃銃、つまりスナイパーライフルだ。

 米国レミントン・アームズ社製で信頼性はお墨付き。銃身は長く重いが振り回すわけではないため問題ない。固定式の弾倉には338ラプアマグナム弾が五発装填されている。口径8.58ミリ、70ミリ長の弾丸は対人狙撃用としてかなり強力だ。


 村の上空に不穏な気配が漂い始めると、村の人々は魔導師が襲来する前兆だと教えてくれた。

 そこで銃器召喚を行ったが、銃の形を成すまでに三分かかった。やはり大型銃は召喚に時間が必要らしい。不意の遭遇戦なら使えない戦術だ。

 狙撃銃の召喚に失敗した場合は作戦変更、プランB。ショットガンを召喚し、ヒメノとともに接近戦を挑むつもりだった。


「オーケー、風穴を開けてあげるわ」

 射程は最大で1500メートル。村内で一番高い建物の三階から目標を狙撃する。しかも都合の良いことに無風。ヒメノがいる村の入口まで600メートルほどであり、余裕で必中する位置についている。

 安全装置を外し、銃身の上に付けた光学照準器(スコープ)を覗き、狙いを定める。


 気味の悪いニヤケ顔の男は、欲望に濁った目付きでヒメノに近づいてゆく。


 怪人とヒメノは対峙する。

 丸いスコープサイトの中でヒメノは、相手と言葉をかわすと身構え、戦闘態勢をとった。


 村人は全員、家の中に避難している。村長からは、隠れていろという強いお達しが出されていた。

 しかし当のチャイ父親である村長だけは、イザとなれば助太刀にいくといって聞かなかった。

 二人の息子を奪われた無念は如何ほどだろう。その怒りと覚悟は相当のものだった。


 だが、ヒメノは「何があっても、決して助けに来てはならない」と重ねてお願いした。


 不用意に助っ人に入れば、アメリコの狙撃の邪魔になる。

 ヒメノは自らが囮になり、足止めに徹する。

 相手の能力を見極め、確実に仕留められる瞬間が来たら撃つ。そういう作戦だ。


 確実に仕留めるチャンスを作るというヒメノの言葉を信じ、今はじっと待つ。


 チャイと姉たちは、せめてヒメノの戦いを見届けたいと、村の入口にある見張り台で待機している。


 ――刀を抜いた!


 瞬きほどの一瞬だった。ヒメノがノーモーションで太刀を抜いた。

 抜いた瞬間さえわからぬほどに超高速の抜刀術。首など一瞬で斬り落とす、目にも留まらぬ早技だ。


 だが、刃は相手の首に届かなかった。見えない壁に刀が阻まれた。赤い火花のような無数の波紋が、見えない壁との接点に生じている。

「あれが……シールド!?」


 事前情報通り、ヒメノの太刀は通らなかった。

 刃を叩き込まれた相手の男も、慣れた様子で余裕の表情を崩さない。

 シールドは破れない。絶対の自信があるのだ。

 その油断を逆手に、間髪をおかずヒメノの必殺剣が炸裂した。

 青い煌めき。幻の刃が不可視のシールドを貫通。剣気は怪人に届いた、かに見えた。


「やった!?」

 しかし次の瞬間。

 ヒメノの身体(・・・・・・)が吹き飛んだ。

 何かに弾かれたように、突き飛ばされたのだ。


「ヒメノ……!」

  思わず立ち上がり、大声で叫びそうになるのを必死でこらえる。


 アメリコには何が起こったかわからなかった。

 敵が何をしたか、見えなかった。


 不可視のフィールドに加え、理解不能な不可視の攻撃。

 ヒメノが懸念していた通りだった。

 魔導師とその眷属は未知の力を持っている。

 チャイたちでさえ理解できない、魔法の力。


「シット……! あれが魔法(・・)だというの?」


 ●


「げ、げほっ……!」


 ボディ、内臓への衝撃で息が詰まる。

 咄嗟に起き上がろうとして、脇腹に走った激痛に顔を歪めた。

 肋骨にヒビが入ったらしい。

 太刀を杖代わりに、なんとか立ち上がる。

「……なんじゃ、今の……攻撃は」


 確かに必殺剣の攻撃は届いた。

 隷属魔導師(スレイヴス)のミヒラクラの展開する「結界」を貫通できたはずだ。

 秘剣、天剣地隔(てんけんちかく)――(ゼロ)式。必殺の間合いの一撃は回避不能のはずだった。にもかかわらず、太刀筋をねじ曲げられた。

 結界の手応えが不意に消え、そして男により近い位置に再び出現した……ように思えた。

 結界を再構成したか、あるいはもう一枚、結界を持っているのだ。


「……想定以上に厄介じゃな」

 再び、見えない打撃に襲われる。鉄球で殴られたような衝撃を受け、ヒメノは地面に叩きつけられた。

 地面は草地で、受け身を取ったおかげでダメージは最小限ですんだ。

 まだ動けるが、肋骨の痛みで動きが鈍る。


「さっきのはびっくり」

「ちょっとおどろいたよ」

「ただの剣士じゃないね」

「魔法剣かな、初めて見た」

「脚だけじゃなく腕も折ろう」


 隷属魔導師(スレイヴス)のミヒラクラは無傷だった。

 しかし肩付近の仮面がバックリと割れている。やはり剣気は届いている。

 剣や矢を弾くという結界だが無敵ではない。


「ふぅ……」

 立ち上がり、静かに呼吸を整える。平常心を保ち、痛みを制御。取り込んだ酸素と血液で生じるパワー、()を全身に巡らせる。


 ヒメノの分析では、結界――シールドには原則がある。ある一定量の打撃、エネルギーによる攻撃を与え続ければ無効化できるというものだ。

 物理攻撃や魔法攻撃、あるいは剣気のような特殊なエネルギー攻撃でもいい。結界には耐久限界が必ず存在する。

 物理攻撃でその上限を破るという意味では、アメリコの銃弾の運動エネルギーでも貫通できるはずだ。

 根拠はヒメノの記憶だった。数多くの創作を生み出し続けた日本という国の、日本人特有の感覚と記憶が「結界」「シールド」「○○フィールド」という概念の理解と分析を容易にしていた。


「剣が通じたからって」

「勝てると思ってる?」

「まさかね」

「無駄だよ」


 突然、左脚にローキックが炸裂したような一撃。風切り音も、気配も何もなかった。

 強烈な衝撃だけが襲ってきた。

「ぐっぁ!?」

 バランスを崩したところにもう一撃。今度は右腕を見えない棒で叩かれたような激痛が襲う。

 ――ばかな、攻撃が見えぬ!


 両手で柄を支え、なんとか太刀を落とさずに姿勢を保つ。

 左のふくらはぎが激痛で痺れている。右腕も衝撃で思うように動かせない。このまま一方的にダメージを受け続ければ、戦闘不能に陥る。

「……はあっ、はあっ……!」

 相手との距離は八メートル程度。離れた位置にいるデスマスク男に視線を向ける。


 攻撃した様子もまるでない。

 相手は手も足も、何も動かしていない。

 再びボディを抉るパンチのような攻撃を食らう。

「ぐっ……は……!?」


 デスマスク男は口元に歪んだ笑みを浮かべ、自信ありげに両手を広げる。

「魔法だよ」

「ボクの魔法」

「偉大なる魔導師様より賜った」

「絶対の護りと」

「圧倒的なパワー」

「誰にもボクは倒せない」


 ――強い……!

 これが……魔導師の魔法?

 防御結界とは別?


 想像していた「魔法」とはまるで違う。炎や氷、風などファンタジーでお馴染みのものではない。

 物理攻撃を伴う見えざる手による攻撃だ。


 異常者にしか思えない男だが、自らの能力を理解し、使いこなしている。

 言動の裏では、冷徹な計算が働いている。

 ミヒラクラが近づいてきた。


「ヒメノぉおおおお!」

 見張り台の上からチャイが叫んだ。身を乗り出し飛び出そうとしたところを姉たちに取り押さえられる。


「いかん、逃げるのじゃ!」


「みぃつけたぁ」

 ミヒラクラが視線を向けると、一瞬で見張り台の柱が砕けた。ぐらりと見張り台が大きく傾き、三人は悲鳴をあげて落ちないように必死でしがみつく。


「かわいい子たち」

「メスガキだぁ」

「裸にしたい」

「泣かせてあげたい」

(なぶ)るの楽しい」


「貴ッ……様ぁああッ!」

 下卑た舌なめずりをする男に対し、こらえていた感情が爆発した。怒りに目を血走らせ、気力を振り絞る。太刀『同田貫(どうだぬき)』を上段に構え、最大の剣気を(まと)わせた。


「おまえ、うるさい」

「悲鳴が聞きたいのに」

「邪魔するならおまえからだ」


 ヒメノは地面を蹴った。

 矢のような速さでミヒラクラに肉薄する。

 三メートルの間合いから上段を一閃。青白い半月状の剣気を放つ。

 続けて、返す刀で下から斜めに斬り上げ、もう一撃。さらに踏み込んだ相手の懐で横一文字。


「必殺、星印斬波(せいいんざんぱ)!」

 3つの斬撃が重なり、アスタリスク(*)の印となった。クロスさせた剣気が重なり同時着弾する。


 新しい技が生まれる理由がわかった。

 夕べの……キスのせいだ。

 照れ臭くて逃げたが、本当は少し嬉しかった。

 他人の温もりが、自分を必要としてくれる感覚が。心の中でアメリコの存在が大きくなる度に、新しい力が生まれてくる。


「効かない」

「こんなもの」

「ボクの結界は」

「おまえには破れない」

 結界表面で赤い火花を散らす。細かな六角形の光が無数にスパークし、形状を浮かび上がらせた。

 見えた……!

 丸い球体状の結界がミヒラクラを包んでいる。

 軸足で踏み込んで渾身の力をこめて、『同田貫(どうだぬき)』を叩きつける。

「はぁ……あっ!」

 硬質ガラスのような手応えと同時に、剣気を込める。ビキシ! と結界に亀裂が入った。

「なに」

「こいつ」

「なまいき」

 やはり物理攻撃も有効なのだ。結界はもう一撃で砕ける。

 不意に手応えが消えた。結界が消えた!?

 バランスを崩しそうになったところで、真横から衝撃が襲う。

「あッ!?」

 メキッと右腕が捻じれ、激痛がはしった。もう一発、見えない打撃が再び胸部を痛打する。


 ヒメノはバランスを崩しながらも、咄嗟に軸足で地面の土を蹴り上げた。舞い上がった土と小石が、デスマスク男に届いた。


 ――結界が無い……!


 そうか、結界も攻撃手段も同じなのだ。

 攻防一体、見えない結界は防御フィールドとして機能し、攻撃する手段としても使える。

 一つの球体(・・・・・)を自在に操り、防御と攻撃に使っている。

 変幻自在に空間を移動させることができる。速度は速く、風切り音もしない。特性が理解できた。


 ヒメノは更なる攻撃で吹き飛ばされた。

 受け身をとろうとしたとき、追い討ちをかけるように真上から圧殺の一撃が襲いかかった。


「ぐほッ……!?」

 地面に叩きつけられた。息ができない。

 全身が衝撃で動かない。

 口の中が血の味で満たされ、吐きそうになるのをこらえる。


 地面に大の字になったヒメノに、デスマスク男が迫ってきた。


「これでもう動けない」

「もう無理でしょ」

「さぁ……これから」

「お楽しみタイム」

 ズボンベルトに手を掛けると、カチャカチャと留め具をはずしズボンを下げた。


「…………ッ!」


 まさか……!?

 ミヒラクラが下半身を露出した。


「放尿、ほうにょう」

「顔にかけちゃおう」

「最高に良い悲鳴が」

「聞けるんだよねぇ」


 狂っているにも程がある。

 ヒメノから一歩離れた位置から、ミヒラクラはあろうことか放尿しようとしている。


 ヒメノは力を振り絞り、放さなかった太刀を持ち上げた。案の定、見えない打撃が右腕を押し潰す。

「ブッ……はッ!」

 ヒメノは口の中に溜めていた血を吐き出した。

 霧のように、噴水のように赤い霧にして噴き上げる。空間に赤い濃淡が生じた。

 血煙が、球状の結界の位置を明らかにする。不可視なはずの球体の姿を。


「血を吐いた」

「死ぬかな」

「死ぬね」


「……おまえがの」

 ヒメノは口角を持ち上げた。


 次の瞬間。


 デスマスク男の胸が破裂(・・)した。

 背中に血飛沫の花が咲く。

 タァ……ンという射撃音とバシュッ! と、心臓が爆ぜ飛ぶ音が同時に響いた。


「「「「「え?」」」」」


 胸に開いた風穴を見つめ、隷属魔導師(スレイヴス)のミヒラクラは、自分に何が起きたか理解できない様子だった。

 それ(・・)が村の中心部から放たれた攻撃とわかっただろうか。理解する暇さえ与えずに、もう一発の弾丸が頭の上半分を吹き飛ばした。


「……ナイス狙撃じゃ、アメリコ」

 ヒメノは地面に大の字まま、親指を立てた。


 弾丸が次々と叩き込まれた。弾かれたように狂気のダンスを踊る。

 アメリコが怒り、残った弾丸を全て撃ち込んでいる様子が見えるようだった。

 やがて銃撃が止むと、狂気の怪人ミヒラクラは、完全にただの汚物(・・)と化していた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ○○フィールド懐かしい! 敵の変態ぶりがかなりヤヴァかったですが、ヒメノ乗り切りましたね! そしてアメリコの狙撃の腕前の確かさ! かぁっこいい!
[良い点] 不可視なシールドを可視化するために色の付いた液体を使用するアイデアは時々みられますが、ヒメノにはその手の知識も豊富なようで。 ただ、敵の手札を解析するにあたり、ヒメノも軽くないダメージを負…
[一言]  ……ああ、なるほど。結界は"盾"であると同時に"武器"でもあったわけですね。  てっきり、ヤツが攻撃に用いるのは”魔術”ではなく”念動力”みたいなものと思っていたのですが、結界を自由に移動…
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