夜の女子会ミーティング(魔導師対策会議)
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「悪の魔導師を退治し、正義と自由と取り戻す! これで一件落着。私たちは平和になった村に歓迎されて末永く幸せに……。めでたしめでたし!」
ベッドの上でストレッチをしながらアメリコは余裕の笑み。
寝巻きに着替えた二人は、大きなベッドの中央に陣取り、女子会のような緩い雰囲気で語り合っていた。
「楽観的じゃのう、アメリ子は」
仰向けに寝そべり大きな枕を抱いているヒメノ。
「楽観? ノンノン、勝利をイメージすることが大事ね。ポジティブシンキング」
親指を立てるアメリコにヒメノは曖昧な笑みを返す。
いつ襲来するとも知れない魔導師と眷属の対策を練らねばならない。もっとも、心配しているのはヒメノだけらしいが。
チャイの家族からは感謝され、村にも歓迎された。村人たちは英雄の降臨ともてはやし、アメリコとヒメノを特別な「食客待遇」としてくれた。
案内された村営の「旅人の宿」は食事と温泉つきで無料。源泉かけ流しのお湯に、アメニティグッズも万全で快適そのもの。部屋のインテリアは南国リゾート風、寝室は間接照明で照らされて良い雰囲気だ。
中央には大きなダブルベッドが一つ。部屋には甘い花のような、ほのかなお香の匂いが漂っている。
ヒメノは事前にアメリコと部屋を別にするように頼んでいたが、同室だった。
夜も更けてあとは寝るだけ……のはずなのに、アメリコは今から試合に挑むアスリートのような表情で、入念なストレッチをしている。
「ポジティブは結構じゃが。何事も事前の調査と、綿密な計画の立案。成功のための根回しが必要じゃろ」
「オーケー、それは考えすぎよヒメノ」
「どこがじゃ! アメリ子は考え無しすぎるのじゃ」
大きな枕をぎゅっと抱き、不安げなヒメノ。アメリコはそれを奪い取ろうと、ぐっと引っ張る。
「大丈夫、勝てばいいのよ」
「ワ、ワシが言いたいのはじゃな、敵に対する分析が必要じゃということじゃ」
何故か枕の引っ張り合いになる。
「魔導師の? オカルトかぶれのカルトでしょ」
「敵の能力を知り、己の能力を知れば、百戦殆うからずじゃ。具体的な対策を講じてこそじゃ。戦う以上は勝つための作戦を立てねばならぬ。この世界では敗北は……死じゃ」
ヒメノの孫子の兵法を引用した正論に、アメリコは額に指をあてちょっと考えた。
「作戦ならあるわ」
「ほぅ?」
「真正面から最大火力を叩き込んでブチのめすわ。先手必勝、問答無用の悪即斬! これが戦いかたよ」
「やはりの……」
ヒメノは枕ごと寝転がり、うなった。
案の定、アメリコらしい作戦だった。
これまでの戦い方を見てきたが、基本的には急所狙いの力押し。弾丸を叩き込んで倒す。
確かにそれは知恵のない魔物相手には功を奏してきたが、魔導師や眷属相手に通用するか不安が募る。
ヒメノはベッドにうつ伏せになり、そして資料を広げてみせた。
「ヒメノ……?」
「実はこれはチャイの姉たち、リュクリアとミュクリアたちが書き記したものじゃ」
アメリコがベッドの上で四つん這いになり、資料を覗き込んだ。それらは見たこともない異国の文字で書かれていた。
だがヒメノは指でなぞりながら読み上げはじめた。
「――王国を滅ぼしたとされる魔導師、リュー・キンフェイが持つ力は強大かつ、説明のつかないものだという。各地の村々を襲撃し、横暴と搾取を行うのは彼の眷属、隷属魔導師たち」
「ヒメノ、この文字が読めるの?」
「不思議とな、頭に浮かんでくる。理由はわからんが。だが、わかったであろう。魔導師や眷属は今までのようにはいかぬかもしれぬ」
「というと?」
「それはここからじゃ。――あらゆる攻撃を跳ね返し、無効化する『無敵の護り』強固な結界と呼ぶ力が彼らを最強たらめている。真の魔導師から力を貸し与えられた彼ら、彼女らは元々は王国に仕える魔法使い、魔女だった。だがリュー・キンフェイに心を破壊され、隷属し使役されている」
「無敵の結界……シールドを持つってこと?」
「らしいの。どの程度かはわからぬが、少なくとも国を代表する魔法使いの魔法攻撃や、戦士たちの物理攻撃を退けたのは確かじゃ」
「でも、私の銃の弾丸まで防げるとは思えないわ! いざとなればもっと強い銃、口径の大きなライフル弾や、機関銃だって召喚できるわ」
自信は揺るがない。銃は力だ。絶対の信頼とパワー、何者にも負けないアメリカの魂だ。
「そう思う。アメリ子の力を信じておる」
「イエス、そうね」
顔を近づけて、真剣な眼差しで見つめ合う。
「負けるとは思わぬ。じゃが……作戦は必要じゃ」
「わかったわ。いったいどういう作戦?」
アメリコとヒメノは声を小さくした。
「敵が来たら、ワシが先陣をきる」
「ヒメノが……!?」
「そうじゃ。刃は通らずとも、剣気による攻撃が通じるやもしれぬ。相手の強さ、動き、あるいは弱点……。それを見切った上でアメリコが攻撃するのじゃ」
「オーケー。なら狙撃するわ。距離をとって屋根の上から」
狙撃に使えるライフルを召喚する必要はある。しかし時間をかければ出来るという確信はあった。
「なるほどの。それは悪くないかもしれぬ」
「ね、これで決まり」
「そうと決まれば、今夜は寝ましょう」
「そうじゃの……流石に眠くなってきた」
ぼふ、とベッドに突っ伏すヒメノ。
「ヒメノ、作戦の成功に欠かせない大切なものがあるわ」
「……なんじゃ?」
「信頼よ、パートナーとしての、親密度ね」
「それはそうかものぅ」
「だから今から、キスしましょう」
「……は?」
ヒメノが頭をぐりんと動かすと、アメリコに両手で挟まれた。
真正面からアメリコの顔が迫る。
「オーケー? キスよ、親愛の情を示す第一歩。大丈夫、ほら、フレンチ・キス。挨拶みたいな」
「お、おっ……ちょっ……!」
「んー、ちゅっ……はい簡単でしょ?」
ほっぺにキスをするアメリコ。
ヒメノはそれでも目を白黒させて硬直した。
「オーケー、大丈夫ね。じゃぁネクストレッスン! 唇、唇にちょっと触れるだけのキスをしてみるわね」
「ままま、待てとい……っぷ!?」
「んっ……! ね、簡単でしょ?」
簡単、簡単と言いつつ目が血走っている。
じゅるっと唇の端を手の甲で拭うアメリコ。
「じゅ、十分じゃ。親愛したから、もう……ふっあ!?」
逃げようとするヒメノを、アメリカンフットボールばりのタックルで押し倒す。
「大丈夫、オーケー、次は唇をちょっ……とだけオープン。開けてほしの。オープンリップ、唇を開いて、オープンマインンドね」
甘い言葉でささやきつつ唇を近づけてくる。絶対に舌をいれる気満々だ。
「のっ……あっ……ッンー!?」
「オーケー、んっ……ふ」
アメリコのレッスンは、チャイが「姉ちゃんたちから逃げてきた!」と半泣きで部屋に転がり込んでくるまで続いたのだった。