紅き星の魔導師と、蒼き星の英雄たち
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「チャイ! どんだけ心配したと思ってるの!?」
「このバカ! 勝手に飛び出していって、心配してたんだよ!」
「痛い、痛い……! わかったから、はーなーせって!」
チャイは首根っこを掴まれ、小動物みたいにジタバタしていた。姉二人に囲まれて、チャイはとても可愛がられ――いや、めっちゃ小突かれている。
「Foo、微笑ましい再会ね!」
「いや、泣いておるんじゃが」
姉たちは双子の姉妹らしかった。チャイのスレンダーな身体とは違い、女性らしく肉付きよくふっくらしている。
チャイよりもやや薄めの小麦色の肌。滑空する魔法のエアボードを小脇に抱えた姿は、健康的で快活で海辺のサーファーを思わせる。
彼女たちはチャイ同様にエルフらしく耳が少し尖っていた。青みがかった銀色の髪はサラサラで、膨らみかけた胸にかかるほどの長さがあった。
「Oh……! ベリーキュートな美人姉妹ね! チャイより3つぐらい年上かしら? 胸も成長途中な感じだし……好みのストライクゾーン内だわ」
「いやらしい目で見るでないアメリ子」
「あら、嫉妬?」
「んなわけあるか。性犯罪者のような視線はやめい、と言うておるだけじゃ」
「ヒメノだって変な目で見てるくせにー」
ほっぺたをつつかれるヒメノ。図星だった。
「うっ、まぁ……ワシもチャイのお姉ちゃんが、実は『男姉ぇちゃん』だったら最高じゃな……と期待しておったがの」
「フアッ? ヒメノの言っていることがわからないわ」
「それはお互い様じゃい!」
アメリコとヒメノはそれぞれ濁った目つきで、美人双子姉妹と美少年な弟くんのじゃれあいを眺めていた。
「帰ってきたんだしいいだろ! 大ババ様の予言通り、村を救う英雄を見つけてきたんだ!」
「……英雄?」
「あの人たちが?」
「そうだよ! ヒメノが魔法の剣でニードル・ベアードの棘をぶった斬ったのを見たでしょ? アメリコだってすごいんだ! 本当なら魔獣なんて一撃さ。オイラを助けてくれた……きっと村も助けてくれる。最強の魔女なんだよ!」
チャイが早口でまくしたてる。真剣な様子で訴えると、姉たちはキョトンとした顔つきになった。
姉妹は背格好も顔も似ていて見分けがつかない。瞳の色が若干違い、服装とアクセリーが違う程度だろうか。
「……失礼しました。まずはお礼を。お二人には弟を助けていただき、大変感謝いたします」
「弟がお世話になったみたいで。本当にありがとうございました。なんとお礼を言ってよいやら」
再会を喜び終えると、姉妹たちはアメリコとヒメノに深々と頭を下げ、お礼を述べた。
すごく礼儀正しい、良くできた娘たちだ。
「紹介するよ、こっちがリュク姉ぇで、こっちがミュク姉ぇ! ま、どっちも煩いだけで同じなんだけ……いっ、痛ッて!?」
両側から脇腹と尻をつねられるチャイ。
どうやら髪がやや外側に跳ねているのが姉のリュクリア。内巻きなのが妹のミュクリアらしい。
「エッヘン! 当然のことをしたまでです!」
「たまたま偶然通りかかっただけで……」
堂々と胸を張るアメリコと、へこっと頭をさげるヒメノ。
「ヒメノ! そういう謙遜は美徳じゃないわ! レスキューしたのは事実なんだから堂々と誇りに思うべきよ! せめて食事とお風呂ぐらいはもらわないと」
「アメリ子は少し謙遜せんか!」
「そうですわね、まずはお二人になにかお礼を」
「何もありませんが、村でゆっくりしてください」
「何もないのは困――うぷ!」
「あ、ありがたくお世話になりますのじゃ!」
ヒメノは慌ててアメリコの口をふさぎ、深々とお辞儀をした。
★●
「えっ!? チャイって村長の息子さんだったの?」
「あはは、そんな大層なものじゃないよ、オイラ末っ子だし」
チャイの一家はこの村を治める一族らしい。
スヴァルタールヴァヘイ村、『黒き妖精のくに』の名の通り、小麦色の肌のエルフ一族が統治する小さな国。
村とはいえ、実は周辺一帯の広大な森林領土を支配する国、自治権を持つ都市国家に近いものらしかった。
「うーむ、チャイが王子様だったとはの……」
「ヒメノ、抱き枕にしちゃってたわね」
「それを言うでない」
寝ているスキに抱きしめて、いろいろ触って愉しませてもらった。チャイの姉たちにバレたらマズイかもしれないとヒメノは青ざめた。
「二人にはとってもお世話になったんだ。夜はオイラが寂しくないようにって、抱っこしてくれたし」
「どわー!?」
「ヒメノ、大丈夫?」
アメリコとヒメノが案内されたのは村の中心にある建物だった。チャイの一族の住む家であり、統治を行う行政機関の中心らしい。
建物は広く、緻密に加工した木の柱を組み合わせた構造で三階建て。日本の寺院と南国の茅葺き屋根をミックスしたような雰囲気だ。温暖かつ湿潤な気候らしく、建物全体が風通しの良い構造になっている。
一階はテラスを兼ねたオープンスペースがあり、出入りは自由。集会場と憩いの場を兼ねているらしかった。
大きなテーブルがいくつか並び、その一つを囲んで座り、様々な果物や肉料理、飲みものなどが振る舞われた。
チャイは一生懸命アメリコとヒメノとの冒険について、姉たちに話してくれた。
「アメリコもヒメノも強いんだよ! 最初にでっかいオークロードをやっつけちゃったところ、見せたかったなぁ……!」
「チャイは寝てたでしょ」
「あはは、そうだっけ?」
お調子者のチャイに笑いがおこる。
「おっ! チャイ、戻ってきたのか! 姉さんたちに殺されなくてよかったな!」
「村長……お母さんもお父さんも、とっても心配していたんだよ」
「異国の嫁ッコ、見つけて来ただか……!?」
「あのお姉ちゃんたち、魔女なんだってー」
チャイの帰りの知らせを聞きつけた村人たちも集まってきていた。それに金髪と黒髪の珍しい客人を、ひと目見ようという好奇心との半々らしい。
「あとでお父さんとお母さんに謝んなさいよ」
「そうそう、すごく心配してたんだから」
「うぅ……わかったよ」
姉たちに睨まれ、チャイは頭が上がらないらしい。
優しいお姉ちゃんがいたら良いな。と憧れるが実際の姉弟の関係など、一方的な従属関係みたいなもので逆らえないのかもしれない。
やがてチャイと姉妹達の両親がやってきた。
「話は聞かせてもらいました。息子を助けていただき、深く感謝いたします」
威厳を湛えた村長は、気さくな笑みを浮かべると、アメリコとチャイとに固い握手を交わす。
「え、えぇ、こちらこそ」
暑苦しいほどの紳士、そして瞳の輝きといい、カリスマを感じる。
チャイの父親は三十代だろうか。背が高く筋骨逞しい戦士然とした男だった。肌の色は日焼けしたように黒く、青く短い髪を後ろに撫で付けている。
そして彼は人間だった。
「魔女さまに救って頂くなんて……。光栄ですわ。ようこそいらっしゃいました」
奥さんも穏やかな様子で礼を述べた。チャイの母親は白い肌が美しい年齢不詳のエルフだった。
長い銀色の髪、そして息を飲むほどに美しい顔立ち。おまけにナイスバディだ。
「えっ、お父さんは人間なの?」
「お母さんはエルフの純潔種かの」
「そだよ、オイラたちはハーフなんだ」
チャイが答えた。なるほど、耳の長さがチャイや姉妹達は人間とさほど変わらない。母親は絵に描いたようなエルフ耳だ。
「……本当は、五人姉弟なんですけど」
「ファッ!? 五人!?」
「ご、五人姉弟とはのぅ」
子沢山だがそれも納得だ。父親は見るからに精力的でパワフル。奥さんも美人でナイスバディ。当然、夜の営みは激しそうだし、子作りに励むだろう。
「納得ね……わかるわ、その気持ち」
「いや、何の納得をしとるんじゃ」
アメリコに顔を赤らめてツッこむヒメノ。
そして本題に入る。
「……長兄のティカニアと、弟のヒュリイカは、魔導師に連れていかれました」
美人エルフママが表情に暗い影を落とす。
「こんなことを旅の魔女さまに話して良いかわからない。だが、すでにご存じかもしれないが、世界の秩序は破壊されてしまった。正しき法と秩序で世界をまとめていたリューデンベルグ王国は、残念なことに魔導師たちによって滅ぼされてしまった」
チャイからおおよその話は聞かされていたが、改めて世界のおかれた現状が見えてきた。
この村のような小国が各地に点在して、なんとか生きながらえているにすぎない。魔導師たちは時々やって来ては食料や物資の供出を命令する。
気に入った娘や奴隷にする少年少女を連れ去る。
逆らえば殺される。国を滅ぼした魔導師に逆らえるものは誰もいなかった。
「質問、魔導師って沢山いるの?」
「真の魔導師とされるのは、ただひとり。『紅き星が降った常闇の夜』に降臨したとされる、リュー・キンフェイ……!」
「リュクリア! その名前を口にしちゃダメ」
「ミュクリア、あたしは災いの言葉なんて信じない」
姉のリュクリアは悔しそうに机を叩いた。
「リュー・キンフェイ?」
「それが魔導師の名かの」
どこかで聞いたような、不穏な響きだった。
「魔導師は手下を、隷属魔導師を何人か従えている。数えたものはいないが多くはない。それでも彼らは王国を滅ぼした。王国の英雄も、名を轟かせた戦士たち、王国が誇る魔法使いも魔女さえも敵わなかった……。彼らは強い……! 人の心を持たない悪魔だ」
「あなた……おやめになって。聞かれてしまいます」
拳を握りしめ熱い口調になった村長を、奥さんがなだめた。
魔法の力か何かで遠隔監視されているのかもしれない。
チャイの父親、村長の肉体には無数の傷が刻まれていた。生々しくまだ新しいものもある。おそらく息子たちを護るため、必死で戦ったのだろう。
「父さんは必死で戦ったの。でも……ダメだった」
「あいつは薄笑いを浮かべて、逆らうなら村人全員を殺すって脅したわ。そしてお兄ちゃんたちをつれていったの」
姉妹達が悲痛な声をあげた。
「酷い話ね……!」
アメリコが憤慨する。
「だからチャイは救ってくれる英雄を探しておったのじゃな」
「うん……。大ババ様の予言を聞いたんだ。――遥かなる地の果て、森と海が尽きる草原に、蒼き星が二つ落ちる。それは……星の力を宿した英雄、僕らの救いだって」
チャイは熱のこもった、真剣な眼差しをアメリコとヒメノに向けた。
「それが」
「ワシらというわけか」
「オイラは……僕は、出会ったときに直感したよ。アメリコとヒメノが、真の救いをもたらす希望の星なんだって」
その場にいた誰もが息をのみ耳を傾けていた。そして自然とアメリコとヒメノに視線が集まる。
「……私たちは、ここに来た」
アメリコが立ち上がり静かに口を開いた。
見回してゆっくりと息を整え、堂々とした表情で胸を張る。
「ここで行われている抑圧と暴力、無法……! すべて、許せない! 私が信奉する正義の理念に反するわ!」
お、ぉおお……! と地鳴りのように人々が呻いた。
「アメリコ……!」
チャイが瞳を輝かせる。
「私が信じるのは自由! フリーダムという理念! 法と秩序、人々の命を尊重し、人権と幸せを護る……! 平和を取り戻すためなら、戦うわ!」
どおぉおッ! と大歓声が沸き起こり村が揺れた。
「仕方ないの……ワシも手伝うぞい。一蓮托生じゃ」
「ありがとうヒメノ。魔導師を倒すために自由の同盟を結成ね」
「まるで大統領の演説じゃな」
二人は拳をぶつけあった。
次回
魔導師、襲来……!