山賊襲来と、世界の理(ことわり)について
「ヒャッハー! 金目のものは全部出せ!」
「女じゃねぇか!? ゲゥヘェヘヘ……!」
「ヒヒヒ、上玉だぜこりゃぁ……! おい女ども、命が惜しけりゃ俺たちのモノになりな! たあっぷりと愉しませても――――」
ビシッ。
山賊の額に風穴がいた。後頭部から鮮血が飛び散り、ぐるりと白目を剥く。ズボンのベルトを外そうとしていた大男は、そのまま天を仰ぐように大の字に倒れた。
「ちょっとアメリ子、警告は!?」
「いいのよヒメノ、こいつら山賊なんだから」
アメリコは脊髄反射で引き金を引いていた。
銃器召喚から射撃までおよそコンマ三秒。自己最短記録である。山賊によって身の危険を感じたのだから正当防衛。武器の使用は当然の権利だ。
「って、この銃はSTI2011ね。素敵! ロス市警やSWATが使うコンバットオートなの」
アメリコは実に嬉しそうに、まだ余熱の残る銃身に頬擦りした。
撃ち合いが日常茶飯事のロスアンゼルス市警で導入された信頼性の高い1911ガバメント。9mmパラペラム弾を20発装填できる大型のグリップが特徴だ。
「え……? お、お頭……?」
「は……? ちょっ……何が……」
見るからに屈強かつ極悪そうな面構えだった山賊の頭目は、アメリコの放った銃弾一発で骸と化した。
盗賊どもは突然のことに何が起こったか理解できず、それでも目の前の美しき獲物たちにギラついた欲望に濁った視線を向けた。
「か、構わねぇ! その女どもを捕まえろぁ!」
「もう、風下にいるだけで臭いのよ!」
アメリコは盗賊どもに情け容赦なく速射。弾丸を浴びせかけた。
「ぎゃっ!?」
「あっ……痛っ、ゴフッ!?」
薄汚い身なりの山賊どもに弾丸が命中するたび、身体が跳ねた。小気味良い射撃音と同時に赤い霧を噴き出し踊る。
「まッ……魔女……!?」
「ひぁいあああ!?」
「たっ、たぁあすぅけぇえ、ほぶっ!?」
胸を撃たれた山賊は短い悲鳴を発し倒れた。
十人ほどで行く手を阻んだ山賊どもを、ものの十秒で制圧。容赦なく射殺する。
「ひっぁああ!? た、たぁすけぇ……!」
ヒメノが刀剣を召喚し身構えたときには、生き残った山賊は這々の体で逃げ出していた。
逃げ出した山賊の背中にアメリコが銃口を向けるが、思い止まる。
「背後から撃つのは道徳に反するわ」
「道徳とは一体……」
ヒメノは転がった死体の山を見てひきつった笑いを浮かべた。
「Yes、ブシドー、武士道に反するってやつね!」
爽やかな笑みを浮かべるアメリコ。
「ワシは武士じゃないのでの。知らんぞい」
「……Oh? 日本刀を振り回しているヒメノは、サムライ。つまりチャンバラブシドーなのよね?」
青い瞳を瞬かせ、本気で怪訝な顔をするアメリコ。
「うぅ……。説明せねばならんのか、それを」
「こんどゆっくり教えてネ」
馬車の荷台に立ち銃を構えていたアメリコは、くるくると銃を指先で回しホルダーに納めた。
光の粒子となってSTI2011、コンバットガバメント銃が消えてゆく。
「みてみて! こいつお金もってたよ」
じゃらっと硬貨入りの袋を掲げて見せる。
御者席から飛び降りたチャイは、盗賊の頭目の死体を漁っていた。清らかで美しい魔法の生き物――エルフにあるまじきハエイナのような行いだ。
「ちょっと、やめなさいよチャイ」
流石のアメリコもたしなめる。
するとエルフの美少年は腰に手をあてて、アメリコとヒメノに向き直った。
「いい? お金は天下の回りもの。盗賊の懐に入っていたお金だから、きっと誰かから奪ったものでしょ?」
「……そうでしょうね」
「じゃろうの」
「お金は一種の呪物なんだ。人間の想い、貯めた人間の魂が宿る。無念を残した硬貨が、薄汚い盗賊の死体と一緒に朽ち果てたら、淀みになって魔物になっちゃうよ!」
チャイの説明によれば、ゴブリンやオークとは違う種類の魔物がいるらしい。硬貨に宿った情念、怨念から生まれる半物質的で曖昧な姿の魔物。それらは『コインモンスター』と呼ばれている。
「ワオ、そうなの!?」
「……ワシらはこの世界のルール、理を知らぬからのぅ」
妙に説得力のあるエルフの言葉に二人は顔を見合わせた。
「そゆこと。つまりお金はちゃんと使ってあげないと。悪い持ち主から助け出したら、良い目的のために使ってあげることで成仏させるわけ」
そういいながらチャイは、頭目の懐から『救出』したコインの袋をアメリコに向かって放り投げた。
ズシリとした袋をあけてみると銀貨や金貨が入っていた。
「それだけあれば、路銀になるでしょ」
「しかし……良い目的のためにといってものぅ」
ヒメノは少し困惑した。
木こりの村を脱出してから二日目。
森の中を進み、チャイの故郷を目指している。
徒歩で一週間かかった森の道も、馬車なら三日で走破できるらしい。
「あるじゃないヒメノ。私たちは、悪い魔法使いによって苦しめられているチャイの故郷を救いにいくの!
これって立派な良い目的でしょ」
「たしかにのぅ」
「うんうん。だから村についたらぱーっと使っちゃお」
チャイが御者席にもどり馬の手綱を握る。
「盗賊どもの亡骸はこのままにしておくのかの?」
「ヒメノ、今すぐにここを離れた方がいい。血の匂いを嗅ぎ付けた森の魔物や獣が、いっぱい寄ってきているから」
チャイは真剣な眼差しでそういうと、エルフ特有の耳を傾けた。魔物が近づいている気配がわかるのだろう。
「そうね、長居は無用。盗賊たちには安らかな眠りを。アーメン」
「ナンマンダブナンマンダブ」
アメリコとヒメノが適当な供養をし終わらないうちに、馬車は動き出した。
「チャイの村には温泉とか宿はあるの?」
「あるよー、結構大きな村……というか町だもの」
「それは楽しみじゃの!」
「盗賊から奪ったお金で豪遊しましょ、ヒメノ」
「どうも人聞きが悪いのぅ……」
二回目の野宿にアメリコが憤慨した翌日。
チャイの生まれ故郷、スヴァルタールヴァヘイ村が見えてきた。




