◆幕間 ~独裁者の末路と、科学者の良心
◆
「インド、南アフリカ、ロシア、おまえたちも追放するアルルリュゥ!」
フルダイブ国連総会の場に、狂気を孕ませた男の声が響いた。
顔の半分をメタリックな装具が覆い、パイプやケーブルが何本も頭部に突き刺さっている。肉体の殆どをサイボーグ化、永遠の命を手に入れることで真の永世皇帝となった男――中華帝国、習遠平国家主席である。
『世界を破滅に追い込んで、まだ足りないのか、この独裁者め!』
『貴国がやっていることは虐殺だ!』
『我が国は、全面核報復を行う!』
「はい、全員アウトー! ポチッとな」
気軽な様子でドクロマークのボタンを押す。
衛星軌道上から七色の光が放たれた。インド、南アフリカ、ロシアが地図上から光の粒子となって消滅してゆく。
「ヒュルルル……逆らうものは全て敵! 我が帝国に反逆する賊として成敗するアル! 我々は絶対正義! 世界の中心なのだカラルゥルゥ!」
習遠平の狂ったフルートのような高笑いが、フルダイブ国連総会の仮想空間に響く。
腰巾着となった小国の元首たちは青ざめた表情でうつむき、まばらで空しい拍手を響かせた。
いまや地球上の国家は激減していた。
北米大陸と日本列島は最初に消滅。ユーラシア大陸、ヨーロッパ、アフリカ大陸もいまや穴だらけの月面の様相を呈している。大陸国家はえぐりとられ、海洋国家は跡形もなく水没。わずかに残った国家と人々は、地球を覆い尽くす絶望的な闇と寒さに怯え、それでも中華帝国の横暴に沈黙するしかなかった。
日米消滅という破滅的な人災により、世界は大規模な災害と甚大な被害に襲われた。二次被害だけで世界の半数近くの国家が壊滅。
残った国々は連携して中華帝国に挑んだが、圧倒的な軍事力を前にことごとく敗退し、反抗するものは皆無となっていた。
「ベラルーシ、トルクメニスタン、エルトリア、ラオス……! 我が永遠の友好国には惜しみ無い援助を約束するアルネェ」
「か、感謝します、偉大なる習遠平永世皇帝陛下……。しかし……その……。申し上げにくいのですが、世界の総人口が二億まで激減してしまったいま、これ以上……地球を破壊するのはおやめになってはいかがかと……いえ友好国として提言を……」
「ベラルーシ、アウト。消えるアル」
「そんなぁああ!?」
世界を偉大なる中華帝国の名の下に統一する。
中華帝国の夢の実現まであと一歩。
満願成就は目と鼻の先だった。
「フハ……フゥハァア! 追放、追放、また追放ゥ! 地球から消えてしまえクソザコ国家ども、偉大なる中華帝国以外は外法の地、未開の蛮族など滅んでよし! 消えろ! 消えてしまえアルゥルルルウ!」
黒いドクロマークのボタンを狂ったように連打する。その度に国がまるごと消滅してゆく。
そしてついに地球上に中華帝国だけを残し、他の国々は消え去った。地表は削り取られ、荒海へと没していた。広大な中国大陸の内陸部だけを残して。
中華帝国が野望を成就し、完全に世界が「ひとつ」となったその日――。
脱け殻のようになった地球が公転軌道を離れた。
火星軌道に向けて徐々に遠ざかるにつれ、地表はうすら黒く氷結していった。
◆
「……首尾は?」
「成功です。転移した各国の人的被害は最小限と思われます」
「よかった……!」
衛星軌道上のステーションから、氷結してゆく地球を科学者たちは眺めていた。
中華帝国巨大衛星軌道ステーション、天宮。
「電力も限界ですが、並行世界の観測ができました。次元転移した各国の再構成を確認……! 第二の地球として、安定しつつあると思われます」
「おぉ……!」
「中国本土の人民たちも多くが近隣国家へ出国していました。災い転じて福と為す。彼らも隣国ともども、新しい地球へと転移できたことでしょう」
「全員とはいかないが、罪なき人々を救えたか」
天宮のクルーたちに安堵の表情が浮かぶ。
クルーたちの半数は衛星軌道上の超兵器、『次元波動変換放射システム』を開発した科学者たちだった。
日米消失というあまりにも悲惨な状況に、彼らは反旗を翻した。『次元波動変換放射システム』を極秘裏に改造し、次元のみを転移させ、そのまま地球をもうひとつの惑星として再構成する装置へと作り替えていた。
「――あの男、習遠平首席を裏切ることになってしまったのは心苦しいが……。我が中国科学陣の良心だけは失わずに済んだようだ」
「日米の尊い犠牲は……心が痛みますが」
最初の二ヶ国は再構成した第二の地球には含まれなかった。
「……日米の人々は完全に量子の情報スープとなって、未知の次元領域へと消えてしまった。どうなったかは我々にもわからない」
凍りついた地球を眺めながら、科学者たちは覚悟を決めたようにつぶやいた。
「罪は我らが背負おう」
氷結し遠ざかっていく脱け殻の旧地球。
そこには凍りついた支配者――中華帝国だけが取り残されていた。
やがて天宮の電源も尽きるだろう。
クルーたちの間に重苦しい沈黙が流れたが、彼らの表情はどこか晴れやかだった。
「入れ替わる……世界を見届けながら」
瞳に青い光が映った。
公転軌道に青い輝きがもどってきた。
それは少しだけ小さくなった地球だった。世界の人々を包み込んだ新たなる大地は、静かに太陽を回りはじめていた。
◆