脱出、豚鳴村 ~戻ってこいと言われてももう遅い!
ちゅん、ちゅちゅん……。
小鳥のさえずりで目が覚めた。異世界でも朝チュンは同じだった。
「んー? ふぁっつ……?」
アメリコは寝ぼけ眼で、抱きしめていた枕に顔をうずめ違和感に気がついた。
――しまった、ヒメノがいない!?
いつのまにかヒメノの姿が消えていた。抱きしめていたはずなのに、逃げられたらしい。
「シット……!」
まるでニンジャの身代わりの術だ。枕を抱き締めたまま上半身を起こし室内を見回す。
昨夜、アメリコはヒメノを言葉巧みにベッドに誘うことに成功した。
オーケー、大丈夫、緊張しなくても、優しくするから。リラクゼーションだと思えばいい、スポーツ感覚でオーケーだから。甘い言葉を耳元でささやくと、ヒメノは渋々ながら頷いた。
ヒメノは「押し」に弱いことがわかった。
ベッドに誘い込めばしめたもの。優しく抱きしめて、指先でまさぐり、いい雰囲気にしたところでいざコトに及ぼうとした……ところで急に眠気に襲われ、寝オチしてしまったらしい。
気がつくと隣のベッドにヒメノがいた。
いつのまにかエルフの美少年と同じベッドに潜り込んで眠っている。
「……ンフフ……♪」
「うぅー?」
幸せそうな寝言と、苦しげなうめき声が聞こえてくる。ヒメノがチャイを抱き枕にしていた。
「あー! もう、ひどいわヒメノ!」
思わず揺すり起こす。
「な、なんじゃい!?」
「何がじゃないわよ、どうしてそっちで寝てるわけ?」
「……寝相が悪くての」
「そんなわけないでしょ!」
ヒメノの下手な言い訳にツッコミを入れたところで、チャイも目を覚ました。
「んーうるさい……。ってヒメノ!?」
「お、おはよう」
「ずっと金縛りにあってたんだけど、ヒメノのせい……?」
ジト目でヒメノを見据えるチャイ。アメリコと似たようなことをしていたらしい。
夕べは急に眠くなったり、金縛りにあったり。なにか妙な感じがした。
「何かあるといけないから、これからは三人で寝ましょう。それが自由と平等、博愛の精神ね」
「都合のいい自由じゃのー」
兎にも角にも、起きて身支度を整える。
三人で顔を洗い、昨日の残り物で朝食を済ませた。
窓を開けると村は朝靄に包まれ、爽やかな空気が漂っている。
新たなる旅へ出発するにはもってこい。
リュックに手当たり次第の日用品、ありったけの保存食を詰め込む。
チャイの話によると「死んだ人の家には、近所の人が新品の日用品を持ちよって供える風習がある」だから持ちだしても怒られない。と言っていたけれど、本当だろうか。
と、アメリコが水瓶の壺の底で金貨を一枚みつけた。
「金貨だわ、ラッキー! 他にもあるかもしれないわ……!」
「タンスの奥にもあったよ」
家主が不在なのをいいことにやりたいほうだい。
「おまえらはゲーマーか」
「さぁ、出発!」
「……あれ?」
ドアを開けようとしたチャイが困惑する。
「どうしたの?」
「ドアが開かないんだ。んーっ!」
力任せにドアノブを回し、押してみてもドアはびくともしない。
「おかしいわね、フンッ!」
次にアメリコが体当たり気味に押したが、やっぱりドアが動かない。
「……どうやら、閉じ込められたようじゃの」
「ホワイ!? なんで……」
「村の連中の仕業に決まってんじゃん!」
チャイが叫んだ、その時だった。
ドォン……! と外で音が響いた。
「今度はなに!?」
「太鼓じゃ!」
ドドド、ドロドロと連続的に響く重低音は、太鼓の音らしかった。民族音楽を思わせる、独特のリズムを刻んでいる。
慌てて窓に駆け寄り、外を見回す。
すると村長以下、村の男達が数十人で小屋を取り囲んでいた。
太鼓を打ち鳴らす者、顔に面をかぶり謎の踊りを踊る者。半数は斧や大型の草刈り鎌など、武器を手にしている。ただならぬ雰囲気だ。
「フォフォフォ……お目覚めかね、小娘ども」
白ひげを撫でつけながら村長が進み出た。昨日の腰の低い態度から一変、鋭い目つきで薄笑いをうかべている。
「家に閉じ込めるなんて、いったいどういうつもり!?」
アメリコが大声で抗議する。
「黙れ! 魔法の使えぬ魔女など、ただの小娘に過ぎぬわ」
「そういうこと、ハハハ……!」
「いっヒヒヒヒ……!」
どっと嘲笑いが起きた。村長に同調した男たちの下卑た嗤いが、朝の爽やかな空気を淀ませる。
「……どういうこと?」
「げひゃひゃ! その家にはなぁ、魔法封じの仕掛けが施してあったのさ!」
「そ、そうさ……! 『封魔の石』が床下にたーっぷりとな! 一晩もそこにいりゃ、魔力が吸われて、魔法が使えなくなるって代物さぁ……!」
髭面中年男と気弱青年も態度が豹変、勝ち誇ったような口調で口々に叫んだ。
「ほんとだ……! 魔法の力が消耗してる」
チャイが青ざめた。自分の手を見つめ、そしてアメリコとヒメノに不安げな視線を向けた。
「昨夜の金縛りは、罠のせいじゃったか」
「それはヒメノのせいだと思うけど……」
簡単な治癒の魔法なら使える。そう言っていたチャイの魔法力が失われた。おまけに「魔女狩り」のような殺気だった様子に、アメリコとヒメノは顔を見合わせた。
「左様。おぬしらは魔法の力を失った……。魔女や魔道師ではない小娘など、もはや恐るるに足らずじゃ」
村長が卑劣な本性を表し。村人の男たちも同調して気勢をあげる。
「わたしたちをどうする気?」
アメリコは意外に落ち着いていた。
「フォフォフォ……! 檻の中の家畜同然、どうしようがワシらの自由じゃ……! 男衆の慰み者、いや……子を産むための家畜になってもらうとしようかのぅ」
「なんですって!?」
「この村には、ほとんど若い女がおらぬのでのぅ……。いろいろと不自由しておるのじゃ」
「ヒヒヒ、村一番にデケエ俺様が、たーっぷりと子種を仕込んでやるぜぇ……」
「ゲヘヘ……! 俺は金髪のほうを頂く」
「抜け駆けはゆるさねぇ、交代だ!」
「オレは……黒髪のほうをいただくぜ……!」
「僕ちん、実は男の娘エルフでもイケるぞなもし」
男たちは口々に勝手なことを言い、欲望にギラついた視線を向けてきた。
あまりのおぞましさに身の毛がよだつ。
「……!」
「最悪じゃ」
「ねぇ、どうするの!?」
アメリコは奥歯を噛み締めた。
「残念だわ」
チャイを酷い目にあわせた村人たちにも事情があり、仕方なくしたことだと思いたかった。旅人である自分たちを、親切に迎え入れてくれた真心を信じたかった。
世界のありようが変わっても、人間の本質は善だと信じたかった。
でも、それは脆くも裏切られた。
村の女性や子供をオークに差し出して、生き延びた身勝手な男たち。彼らは自分の欲望を満たすことしか考えていないのだ。
「ここを出ていきましょう」
アメリコの右手が輝き、光の粒子が集まった。そして鋼の実体を成す。召喚銃――米国コルト・ファイヤーアームズ社製、M1911。
鈍く光る銃がその手に握られる。
「同感じゃの」
ヒメノは静かに祈るように合掌すると、抜刀するように左右に腕を広げてゆく。
両手の間に青白い光が生まれ、刀剣が実体化する。
幻刀――小太刀、黒漆蛭巻。凛とした輝きに目を奪われる。
「ふたりとも魔法が使えるの!?」
チャイが瞳を輝かせた。
「あたしたちのは魔法じゃないの」
「たぶん、別の何かじゃ」
アメリコとヒメノは軽く微笑み、互いに頷きあった。
ここからは脱出戦。それを察したチャイも慌てて大きな荷物いりのリュックを背負う。
ドアの取っ手部分に銃を向けて二発。アメリコは銃をぶっぱなした。金属が弾ける音がしてドアの隙間から光が差し込んだ。
アメリコがブーツで思い切りドアを蹴飛ばすと、あっけなくドアは開いた。砕けた鎖が辺りに散らばった。
「なっ、なんじゃとぉおお!?」
村長以下村の男どもが慌てふためき、動揺が走る。
「ま、魔法でドアを壊しやがった!」
「魔封じの罠が効いていねぇ!?」
「バカな、そんなはずは……!」
「ええぃ! 何をしておる! 捕まえろ!」
「そ、そうだ……女二人ぐらいど――」
銃声が響いた。
おどおど青年の肩から血の霧が噴き出した。そのまま左肩を押さえて地面に倒れ、ゴロゴロと暴れまわる。
「ッギャァアア!? 痛ぃいいいいいい!?」
「よ、よくもジーンを……!」
髭面の中年男が斧を振り上げ襲ってきた。
ヒメノは五メートル離れた間合いから、刀剣を一閃。銀色の三日月のような剣気が放たれ、中年男が振り上げていた腕を通過する。
「――っへ? …………っキュァアアアア!? オレの腕が……腕がぁああアッァ!?」
どすん、と斧だけが地面に落ちた。
同時に手首から血が噴き出した。前のめりに倒れ、絶叫。斧の柄には手首がついたまま残っていた。
「ヒメノ、離れた位置から相手を斬れるの!?」
アメリコがその技に驚嘆する。
「秘剣、天剣地隔、ソーシャルディスタンス剣。昨夜、アメリコに誘われたときの本音と建前の葛藤により、新しいソードスキルが目覚めたようじゃ」
「そんな理由で!?」
アメリコが愕然とする。腹いせとばかりに村長や他の村人たちに銃を向ける。
「ひぃいい!?」
「お助け……!」
一斉に包囲の輪が広がった。全員が完全に欲望と戦意を喪失していた。脂汗を流し命乞いをするものさえいる。
「むこうの納屋にいる馬と、荷馬車をお借りできるかしら?」
「……うっ、くっ……好きにするがいい」
村長が震えた声を絞り出すと、チャイが素早く納屋から馬を連れ出し、オープンデッキタイプの荷馬車に繋いた。
「いいよ! 乗って!」
御者席で手綱を握るチャイが合図する。
「じゃ、そういうことで」
「さらばじゃ」
アメリコとヒメノが飛び乗った。
「くそっ! せっかくの女を……!」
逃がすまいとする村人めがけ、アメリコは銃を発砲した。膝を撃ち抜かれた男は倒れ、盛大な悲鳴をあげた。
これが決定打になった。殺してしまえば敵意だけを増大させるが、負傷して悲鳴をあげる仲間を見れば気持ちは萎える。
「出発!」
馬が嘶き、車輪が動き出す。村人たちの輪を抜けて、村の出入り口を通過する。
馬車はやや速度をあげながら村をあとにした。
森の中へと続く道をやや速度をあげながら進む。振り返ると、村の入り口で地団駄を踏む男どもが見えたが、追いかけてくる者はいなかった。
「ふぅ……やれやれね」
「まったく、ひどい目にあったのじゃ」
アメリコとヒメノは安堵し、拳を突きあわせた。
と、その時だった。
百メートルも進まないうちに、村から悲鳴があがった。
「――――オークだぁああ!」
「オークの群れが攻めてきやがっ……!」
「ぎゃぁあああ……!?」
「たっ、たす……たすぅう」
木々の向こうの村に目を凝らすと、オークたちが柵を乗り越え雪崩れ込んでいくのが見えた。
「お、お願いじゃ魔女さまがた……! 戻って……戻ってきてくだされぇええ……!」
村長が地面にはいつくばりながら、必死の形相で身勝手な願いを叫んでいる。
「どうするのー?」
チャイが前を向きながら、なげやりに尋ねた。
「今さら戻ってこいといわれてもねぇ」
「もう遅いのじゃ。なにもかも」
アメリコとヒメノは武器を消し前を向いた。
「だよね、ざまぁみろ……だ」
チャイが笑って馬の手綱を巧みに操った。
背後からは断末魔の悲鳴が聞こえてきたが、それもやがて聞こえなくなった。
森の木々の木洩れ日と小鳥のさえずりが心地良い。朝の爽やかな時間が戻ってきた。