追放、日米消滅!
この物語はフィクションです。
実在の国、地域、人物とは一切関係ありません。
「アメリカ、貴国を追放するアル!」
国連総会の場に甲高い声が響いた。
声の主は中華帝国、習遠平国家主席。永世皇帝を名乗る男である。
西暦2035年――。中華帝国は強大な経済力と軍事力を背景に周辺諸国を圧倒。地球の支配権を巡り米国と激しく対立していた。
「拒否権を発動する! 安保理事国である我が国を追放など、気でも違ったのですか!?」
アメリカ合衆国代表、アメリコ・マーティン大統領がすぐさま拒否権を行使する。
米国史上初の女性大統領。壮年に差し掛かった南部出身の元カウガールは、強い口調で毅然と拒否の意思を示した。
フルダイブ国連総会の場における超大国同士の対立は今や日常茶飯事となっていた。しかし今回ばかりは何か様子が異なった。
勝利を確信したような習遠平国家主席のニヤけ顔が、全周囲仮想デイスプレィにデカデカと映し出されている。中華帝国の宣言は一方的かつ唐突で意味不明であり、イギリス、フランス、ロシアといった他の常任理事国にも困惑の気配が広がってゆく。
「わ、我が国は今の提案に遺憾の意を……」
おずおずと手をあげたのは非常任理事国の日本国、土偶塚姫乃内閣総理大臣。奇しくもアメリカ合衆国大統領と同じ、日本初の女性総理である。武闘派と称された若かりし日の面影はなく、柔和な物言いが印象的な鳩派。しかし激動の時代にあってはいささか頼りない印象を国民が抱くのも無理からぬ話だった。
「黙るニダ日本! 戦犯国家に発言権など認めないニダ! 人類普遍的な価値に反する特大級の歴史犯罪についてまずは謝罪と賠――」
血相を変え意味不明な主張を騒ぎ立てるのは統一朝鮮代表、チョン・ソンドキュ大統領。彼の背景は日の丸を切り裂いた図柄と『ノージャポン』マークで埋め尽くされている。
習遠平国家主席が騒音を遮り、発言を続ける。
「――コホン。米国と日本は人類史に侵略の歴史を刻んできた悪辣な国家でアルことは明々白々。今も世界の秩序と平和を脅かし続けているアル……! 故に、平和を愛する我が中華帝国人民が正義の鉄槌を下すアル!」
習遠平永世皇帝の手には、黒いドクロが描かれたボタンが握られていた。
参加している各国の代表たちは、それが何かわからなかった。
宣戦布告にも等しい言葉に、フルダイブ国連総会の議場にどよめきが広がる。
「What!? 一体何を言っているのですか!」
「我が国は戦争を放棄し、憲法により平和を……」
米国大統領と日本の総理が反論するが、習遠平は意に介さず。ビア樽のような身体を揺らしながら、嬉々として黒いドクロマークのボタンを、押した。
「ポチッとな」
次の瞬間――。
衛星軌道上に配置された中華帝国の極秘軍事衛星より光が放たれた。
アメリカ大陸と日本列島に向けて宇宙から光が降り注ぐ。それは北米大陸、アラスカ、ハワイ。そして日本列島全域を極彩色のオーロラのような輝きで包んでゆく。
「NORAD(※北米航空宇宙防空司令部)何が起きているのですか!?」
『――大統領閣下! ぜ、全システムダウン……! (ザザッ)』
「核で全面報復を――」
アメリコ・マーティン大統領がテーブルを叩きつけて叫んだが、彼女自身もその光に包まれた。
「大統領! ヒロシマの悲劇を再びくりかえしてはなり――」
日本の総理の悲痛な声も届くことはなかった。
「もう遅い! これで貴国らは地球から追放アル!」
習遠平は悪魔のような笑みを浮かべ叫んだ。
放たれたのは『次元波動変換放射システム』という極秘裏に開発された超兵器であった。素粒子のもつ固有振動数を変化させ、構成される物質そのものを次元転移させるという新次元の超兵器。
悪魔のオーバーテクノロジーが生み出した発明であった。
アメリカ大陸の全土、そして日本列島が極彩色の光に包まれ消滅するのに三十秒もかからなかった。
「アメリカ大陸と日本列島が消えた!」
「そんな、バカなことが!?」
フルダイブ国連総会の場から二人の代表が忽然と消えた。アメリコ・マーティン大統領と土偶塚姫乃内閣総理大臣だけではない。国土も国民も、全てが悲鳴をあげる暇さえなかった。
ありとあらゆるものが量子と情報のシチューとなり次元の果てへ。光の粒子となって虚空へと飲み込まれた。
映像モニターに映し出された衛星画像に各国代表は息を飲んだ。
「これが我が中華帝国の超科学アル!」
「す、素晴らしい、誇らしいニダ!」
アメリカ大陸も日本列島も跡形もない。
二ヶ国が文字通り世界から消えた。
国土はもちろん、人々もすべてが消え去った。現宇宙とは違う別の次元の宇宙へと、文字通り「追放」された瞬間だった。
国連総会に接続していた三百近い国々の代表は唖然とし、重苦しい沈黙が支配する。無敵の超大国アメリカと、斜陽ではあれど未だに強大な経済力を誇る同盟国、日本が一瞬で消されたのだ。
それも永世皇帝の指一本で。ロシアも英国もフランスも、他の国々も。もはや誰も逆らえない。
「嗤嗤嗤嗤嗤……! これで地球の覇権は完全に我が中華のものアルッ!」
習遠平国家主席が絶笑したその時。
「何事……アッ、アイゴォオオオオ!?」
突然、悲鳴を上げたのは統一朝鮮代表、チョン・ソンドキュ大統領だった。
大統領が濁流に飲み込まれ映像が途切れた。断末魔の悲鳴と共に、ドォオオオオオ……! という音が響き、世界が揺れた。
「な、何事アル!?」
「う、うわぁあああ!?」
「巨大地震だ……!?」
「そりゃそうだろ!」
フルダイブ国連総会に映し出されていた各国代表が、巨大地震により慌てて机にしがみつく姿が次々と映し出された。各国代表の映像も次々と砂嵐へと切り替わってゆく。フルダイブの空間はモザイクアートのように穴だらけとなった。
「当然の帰結だ、愚かなことを」
インドの代表が頭を抱え、呻いた。
北米大陸のまるごとを消し去り、さらには三枚の大陸プレートが重なり合う日本列島を消滅させたのだ。地球に何の影響もないはずがない。
「ばかな!? 科学陣は何も問題ないと言ったは(ザー)」
すべての国家代表の映像が途切れた。
最後まで残っていた統合映像モニターに映し出されたのは、世界の沿岸部を襲う壁のような超巨大津波の映像だった。
大陸と列島が同時に消滅したことで開いた大穴に膨大な海水が流れ込む。海水は音速を越えて衝突し高さ数百メートルに達する巨大津波を発生させた。そしてあっというまに朝鮮半島から中国大陸東部を飲み込んでしまった。
それだけでは終わらなかった。えぐられた大地に露出したマグマに海水が接触し、核兵器数千個にも匹敵するギガトンクラスの水蒸気爆発が発生。想像を絶する衝撃が地球全体を揺るがした。
超巨大隕石の衝突に等しい衝撃により、地軸はねじ曲がり、中国大陸からヨーロッパ大陸まで、連鎖的に甚大な被害が発生した。噴煙は成層圏を突き破り、地球全土をどす黒く覆いつくした。
こうして、世界は崩壊。永い黄昏の時代が訪れた。
これが地球史に残る人類種の衰退――通称「ざまぁ」と呼ばれるカタストロフィの顛末であった。
◆
光の粒子となって消えたアメリカと日本は、極彩色のトンネルを通り、遥か時空の地平線の彼方を飛翔していた。情報も時間も人も、すべてが渾然一体となった光の矢となって。
別世界、未知の時空を目指して――。
<つづく>
【作者からのごあいさつ】
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