星の導きⅢ
澄んだエメラルドと、視線が交わった。
ステラアーチェの顎先に触れた、カシアスの長い指先。カシアスの流れるような動作に、つられるように上体を起こし、顎を持ち上げられれば、エメラルドの綺麗な瞳と目が合ってしまう。
-!!···。
これはいけない事だと、咄嗟に一方後ろへ下がろうとするステラアーチェ。
が···。
「動かないで。そのまま」
「···っ、!ですが」
ステラアーチェの深い青い瞳が、困惑に揺れる。目の前に映るのは、酷く顔の整った王太子。緊張と羞恥心から体を強ばらせ、心臓がドクンドクンと脈を打ち、頬が赤く染まるのがわかった。心臓がうるさくて、聞こえてしまうのではないかとさえ思ってしまう。
「王太子様っ!!···ぁ、あのっ!」
「ダメ。もっとよく見せて」
カシアスは食い入るように、ステラアーチェの瞳を見つめる。やがて、確信したかのように瞳を細めると、スっとステラアーチェの頬を撫で、手を降ろした。
-ぇっ、···えぇっー!?
「すまなかった。不躾な振る舞いをしてしまった」
「ぇっ、!···はっ、はい··っ、いえ」
何が起こっているのか混乱したまま、頭を下げるステラアーチェ。このままここから飛び出したい衝動にかられるが、それは失礼に値する事。早く1人になりたい。そう思った矢先。
「カシアス様、こちらにいらっしゃいましたか。そろそろ執務のお時間です。···おや、そちらのメイドは···」
-ふ、フェルゼン様っ!?
銀色の懐中電灯をパキンと閉め、胸ポケットへとしまうと、今度はカシアスの執事兼側近であるフェルゼンが温室へと足を踏み入れた。
カシアスがここに何をしに来たのかを素早く察すると、ステラアーチェをひと目確認した後、何事も無かったかのように「さぁ、カシアス様」と、付け足した。
「あぁ、わかった。行こう」
♢ ♢ ♢
「はぁーー····」
-何だったの今の。
どっと疲れが押し寄せて、お腹の底から深いため息を吐いた。朝から何て事してくれたの、あの王太子様は、と内心愚痴を漏らしつつ。
ステラアーチェは温室の中にある、真っ白な噴水の縁に腰を降ろした。帆立貝をモチーフにされた受け皿が、上から小・中・大と重なり、受け皿の役目をしている。受け皿から漏れた水がチロチロと流れる落ちては小さな滝をつくり、水面を作って行く。
浮かべられた赤、白、黄、ピンクの薔薇の花はゆらゆらと気持ちよさそうに揺れていた。ステラアーチェは心の熱を冷まそうと、冷たい水に手を付けた。
しかし、と、何故王太子様がここに、と疑問が過ぎった。王太子と言えば執務や外交でほとんど毎日忙しい。城に籠りっきりで外にすらあまり出ないお方だと。ましてや温室など···入って来た事など見た事がない。
冷静になるにつれて思い出しのは、昨夜のメイド長の作業分担の事だった。いつもならばだいたい2組で組まされるのだが、どんな訳か私1人が今日ここの担当にされたのだ。
「···、」
もしかして、人払いの為か、あるいはここがあまり目立たない所からか、···。いや、やめて置こう。変な憶測を立てるのは。
「ないない。絶対無い···」
ましてや私はメイドで、カシアス様には婚約者が···いらっしゃったはずだ。これはステラアーチェのただの考えに過ぎないのだから、と。
こんな乙女ゲーム的な展開、あってたまるかと。