星の導きⅡ
王宮の使用人の朝は早い。
ステラアーチェはいつもの時間にパチリと目を覚ますと、無言でもぞもぞとベッドから起き上がり、朝の身支度をし始める。
チェストの上に用意されている陶器で出て来たジャグから桶に水を注ぎ、顔を洗い歯を磨く。
長い髪に櫛を通し、三つ編みを作って頭の後ろにピンで纏めていく。ネグリジェを脱ぎ、ハンガーにかけたクラシカルロングタイプのメイド服に袖を通し、後ろのファスナーを閉めた。姿見で身嗜みを1度確認し、控えめにフリルの着いたエプロンを付け、腰にリボン結びを作り、キュッとリボンを引っ張ると、気も引き締まる感じがした。
白いストッキングに足を通し、どこかおかしな所は無いかと、軽く一回転。ロングタイプのスカートはふわりと広がり、元に戻った。最後にメイドカチューシャを付ければ、コスプレでは無い本物のメイドさんの出来上がりだ。
当初、前世の知識があったステラアーチェには、コスプレして仕事をしているみたいで気持ちが悪かったが、慣れてしまえば何のその。ストラップシューズに履き替え、今日の持ち場はどこだったかと、ぼんやり思考を巡らせた。
パキン、パキン···。
持ち場の温室の薔薇園にて、花達の世話をして行く。水をやり、花の調子を観ては肥料をあげていく。手は汚れてしまうけれど、ステラアーチェは花の世話が好きだ。
変色してしまった葉を、1枚1枚鋏で丁寧に取り除いて行く。薔薇の種類は多種多様で、見た事がある物もあるが、こちらの世界では珍しい物もちらほら見かける。
とくに、青い薔薇。
世話をしたばかりで、まだ水滴を残している青い薔薇は、朝露に濡れたように輝いていた。ハンカチで指先を拭い、そっと触れてみる。
ひんやりした、しっとりとした花弁は幾重にも重なり、大輪の花。花弁に残る水滴は真珠のよう。
「その青い薔薇が、好きなのか?」
-おっ、王太子様っ!?
柔らかな低い声が温室に響く。
振り向いた先には、何と、この国の第一王位継承者であるカシアスがいたのだ。
何故ここに王太子様が、と言う疑問よりも先に、ステラアーチェは軽く肘を曲げ、左手を前に両手をお腹の前で握り、腰を追って丁寧に礼をした。
「!···、っ。···失礼致しました。おはようございます、王太子様」
「あぁ、おはよう」
言いながら、コツコツと足音を鳴らして、ステラアーチェに近づくカシアス。一方、ステラアーチェはと言えば、平の平社員がいきなり社長に会ってしまったような心境に陥り、体を強ばらせてビクビクしていた。
体を石の様に固くしたステラアーチェを見たカシアスは、苦笑いを浮かべた。
「そう、怖がらないでくれ」
「···、っ」
ステラアーチェは少々パニックに陥っていた。普段は冷静に素早く仕事を進められるのだが、想定外の事が起こると、こうして焦ってしまうのだ。特に相手は第一王位継承者である。何か言わなければと思うのに、情けない事に喉から声が出て来ない。
-どうしよう。
嫌な予感しか思いつかない。
メイド失格、もしくはクビ。
次から次へと悪い予想が浮かんで来る。
しかし、···。
「君の瞳を、見せてはくれないだろうか?」
「···。?」
今、この方は何と言ったか。
-瞳?、私の目を見てどうするのだろう。
思ってもいなかった問いかけに、体の力が抜けた気がした。
「さぁ、体を起こして、瞳を見せてー···」
ステラアーチェの顎先に、カシアスの手が伸ばされ、そして···。