『婚約破棄アグロ』VS『聖女コントロール』、デュエル・スタンバイ！
用語解説
アグロデッキ：
小粒な生き物をとか呪文を使って、序盤のうちにゲームを決めきるデッキのこと
序盤に決めきれなければ大体負ける
コントロールデッキ：
アグロとは逆に、序盤は攻撃に耐えて後半に逆転するデッキのこと
序盤に攻撃されすぎると大体負ける
コンボデッキ：
必要なカードを揃えて、一撃必殺のような攻撃を決めて勝利するデッキのこと
必要なカードが揃わないと大体負ける
「公爵令嬢ミリアルよ、今日は我が婚約者であるお前に、言うべきことがある」
王太子リエルド殿下が私に対してそう言いながら、カードの束をシャッフルしています。
「いいでしょう。ここでの流儀は全て決闘で決める。受けて立ちますわ」
リエルド殿下の誘いならば受けて立たねばなりません。
同じく私もカードの束をシャッフルし、デュエルディスクにセットしました。
「さあさあ始まりました！ 王太子リエルド殿下とその婚約者ミリアルとの世紀の一戦です！ 解説はスペシャルゲストとしてエリーゼ王妃。そして実況は私、王立騎士団副団長のガーナードが務めて参ります！ さあ、ヘヴン・オア・ヘル！ デュエル・スタンバイ！」
今宵は学院の卒業パーティの日。
観客は貴族の子弟から王宮の近衛兵まで事欠きません。
いつも司会を買って出るガーナードさんも、いつになく気合いが入っているようです。
……こちらとしてはできるだけ穏やかに事を運んで欲しいのですけどね。
「リエルド様！ クソ生意気な姉の鼻っ柱など粉々に砕き潰してやって下さいませ！」
今叫んだのは私の妹であるミレット。
身内でありながら私の正式な婚約者であるリエルド殿下に横恋慕をしている不届きな妹です。
最大限まろやかに申し上げて恋敵みたいなものですが、教養がなく口が悪いのは相変わらずですね。
と言いますかミレットやめなさい。
淑女が「殺せー！ 奪えー！」などとコールを上げるものではありません。
それに、今ここは神聖な決闘の場なのです。
「俺のターン！ 『婚約破棄』をセットしエンドだ！」
先攻のリエルド殿下が最初のターンで『婚約破棄』を場に出し高らかにエンドを宣言しました。
殿下のデッキは『婚約破棄デッキ』、オーソドックスなアグロ型ですね。
いいでしょう。
私の独自チューニングを施した『聖女コントロール』で、返り討ちにして差し上げます。
「私のターン、ドロー。第一ターンは何もせずエンドです」
「低速デッキで俺に勝てると思うのか？ 俺のターン、ドローの後に『お前は妹を不当にいじめたな』を場に出してエンドだ」
「さあここで王太子側は『お前は妹を不当にいじめたな』を出してきた！ この展開、どうですか？ 解説のエリーゼ王妃」
「アグロデッキの動きとしては理想的な動き出しと言えます。『お前は妹を不当にいじめたな』は序盤からクロックを刻んでいけますので、受け手に回る公爵令嬢ミリアルにとってはプレッシャーになるでしょう」
無責任な実況と解説の声が会場に響き渡ります。
こちらは必死に思考を巡らせていると言うのに全く……。
「私のターン、一枚ドローします。そして『お前は妹を不当にいじめたな』を対象にして『あらぬ誤解です』を撃ってエンドです」
「む……除去札を握っていたか、良かろう」
流石に『お前は妹を不当にいじめたな』は野放しにできない……除去はもう少し残しておきたかったのですが、ここは使わせて頂きます。
「俺のターン、『公務に手を抜いていたな』と『お前の振る舞いは婚約者として相応しくない』を展開してエンドだ」
「私のターンです。『公務に手を抜いていたな』については『他者の尻拭いに手を焼いていただけです』で対処させて頂きます。『お前の振る舞いは婚約者として相応しくない』についてはスルーで」
流石の展開力ですね。
伊達に環境最速のアグロデッキを名乗っているわけではないと言うところですか。
「俺のターン！ ドロー！ そして『お前の振る舞いは婚約者として相応しくない』でアタック！」
「受けましょう。ライフに3ポイントのダメージです」
3ポイントのダメージを受け続けるのは中々痛いですね……。
「更に『貴様如きに王妃が務まるものか』と『妹の方が婚約者として相応しい』を場に展開してエンドだ！」
相手の場には『お前の振る舞いは婚約者として相応しくない』、『貴様如きに王妃が務まるものか』、そして『妹の方が婚約者として相応しい』の3つ……。
かなり厳しい展開ですので仕方ない……。
「私のターンです。ドローの後に『聖女たる私』を場に出します。『聖女たる私』の効果で王太子殿下の場のカードは全て捨て場に送られます」
「でたー！ ここで『聖女コントロール』のキーカード、『聖女たる私』でリエルド殿下のダメージソースを一気に捨て場に送りました！ この展開は予想できましたか？ 解説のエリーゼ王妃！」
「これは逆転の一手と言えるでしょう。リエルドは相当苦しいはずです」
……いえ、残念ながら正直『聖女』着地を前倒ししなければならなかったと言う展開ですね。
出来る事なら、もう少し引き付けてから『聖女』を撃ちたかった……。
しかし、リエルド殿下の展開力が思いのほか強く、早めに全体除去兼エンドカードである『聖女』を使わざるを得なかった……と言うのが実情です。
そしてミレット、やめなさい。
唐突に「全体除去とは卑怯だぞ！ 人の心が無いのかこのフィギュアオタクが！」などと叫ぶのは。
姉が密かに嗜んでいる趣味を皆様にばらすのは本当にやめなさい。
「くくく……『聖女』を使ったな？」
リエルド殿下が不敵に笑います。
そう。アグロにも関わらず、殿下の手札はまだ潤沢なのです。
やはり……『聖女』を切るのが早すぎましたか……。
『聖女』と婚約破棄アグロのダメージレースとなるのは致し方ないところですね……。
「俺のターン！ 『聖女』に対して『ここでワシのマシンガンが火を噴くんじゃ！』を撃つ！ これでお前の『聖女』は捨て場送りとなった！」
……な！？
婚約破棄デッキに『ここでワシのマシンガンが火を噴くんじゃ！』！？
確かに『ここでワシのマシンガンが火を噴くんじゃ！』は優秀な除去カード……。
『ファンタジー』属性のあらゆる除去を撥ね退ける『聖女』であっても、『アクション』と『コメディ』の二属性であるこのカードには無力です。
ですが、婚約破棄デッキに入れるにはいささか無理を通すと言うもの……まさか、デッキを歪めてまで『ここでワシのマシンガンが火を噴くんじゃ！』を入れるなんて……。
「そして『真実の愛を見つけた』を場に出しターンエンドだ！」
「ここでリエルド殿下、難攻不落と思われていた『聖女』を切り崩したー！ いやー、予想外の展開ですねエリーゼ王妃」
「はい。たとえ『聖女』であっても、マシンガンの乱射には勝てないと言う事ですね。キーカードである『聖女』を失ってしまった今、公爵令嬢ミリアルが挽回するのは厳しいでしょう」
「く……。私のターン！ ドロー！ ……エンドです！」
この展開はまずいですね……。
除去を『聖女』に頼り過ぎていた……。
何とか……何とかアレを揃えなければ……！
「俺のターン！ ドロー！ 『真実の愛を見つけた』でアタック！」
「……ライフに4ポイントのダメージです」
「そして『お前をこの城下から追放する』と『もはやこの国にお前の居場所はない』を出してエンドだ！」
一度は『聖女』によって流された場を、リエルド殿下は再び盤石のものとしてきます。
次のドローで対抗策を引かなければ、私の敗北です。
願わくば決闘の女神よ……私に微笑んでください……。
あと、ついでなので言っておきますがミレットやめなさい。
「早く諦めろー！ お前の部屋にあるカメラのレンズを片っ端から捨てるぞこの沼女！」と叫ぶのはやめなさい。
まだレンズは12個しかありませんし、フィギュアを撮るのにそれぞれ最適なレンズが必要なのです。
姉はレンズ沼に嵌まってなどいません。
「私のターン！ ドロー！！」
……。
「どうした？ 何を固まっている？ 投了するならそう宣言しろ」
……神よ。
「いえ……失礼いたしました、私のターンでしたね。『辺境への道』を唱えます」
「……む？」
「そして『辺境への道』の効果でデッキから『剣聖、そして辺境伯』を探して場に出します」
「な……まさか……！」
「場にある『剣聖、そして辺境伯』に対して『王都の知識』を付与します」
「『剣聖、そして辺境伯』は『即時行動』の能力がありますので、場に出たターンから行動できます。『剣聖、そして辺境伯』でリエルド殿下本体にアタックです。5ポイントのダメージで宜しいですね」
「ぐ……」
「そしてプレイヤーにダメージを与えたことで、『剣聖、そして辺境伯』に付与した『王都の知識』の効果が発動いたします。『お互いのデッキの一番上のカードを見て、コストの大きい方が追加ターンを得る』と言う効果です。それでは、デッキトップを見ましょうか」
「私のデッキトップは『聖女の祝福』、リエルド殿下のデッキトップは『妹よ、俺と結婚してくれるか』ですね。『聖女の祝福』の方がコストが高いので続けて私のターンです」
「ま……待ってくれ、待ってくれミリアル……！」
リエルド殿下も慌てておりますが、残念ながら最早遅きに逸しました。
私のデッキに組み込まれたコンボ、これで完成です。
「私の追加ターンです。『剣聖、そして辺境伯』には新たに『都市をここに作りましょう』を付与します。加えて『民衆の掌握』、『王都からの人口流入』を唱えます」
「な……なにぃ！？ 『辺境成り上がり』コンボだと！？ お、お前のデッキは『聖女コントロール』ではないのか！？」
そう、『辺境成り上がり』。
リエルド殿下のマシンガンと同じく、『聖女コントロール』に組み込むには少々難しいものです。
『聖女コントロール』の勝ち筋は『聖女』と『辺境伯』だけで何とかするか、デッキに入れても無理のない『辺境スローライフ』系のコンボが基本です。
しかし、現在の混沌としたメタ環境の中では、それだけではあまりにも勝ち筋が細すぎる……。
現に今日も唐突なマシンガンで『聖女』はやられてしまいました。
故に私はデッキ構築やプレイングが多少難解になろうとも、あえて『辺境成り上がり』要素を入れさせて頂きました。
「これでコンボ完成です。いきます！ ドロー！ 『恋愛』系統！ リエルド殿下に3ダメージ！」
「ぐああぁ！」
「更にドロー！ また『恋愛』系統！ リエルド殿下に3ダメージの追撃！！」
「がはぁ！！」
「公爵令嬢ミリアルの『辺境成り上がり』コンボが炸裂したー！ ドローで『恋愛』系統を引く度に、リエルド殿下に3ポイントのダメージが入っていくー！！ ダメージが入る度にドローが発動するのだからもう止まらないーー！！！」
「流石にもうやめてあげた方がいいのではないでしょうか。リエルドのライフポイントが0を下回っていますね」
ギリギリでした。
あそこで『辺境への道』を引けなければ負けていたのは私でした。
そしてやめなさいミレット。
勝ち馬に乗ろうとして「流石はお姉様！ 私はずっと信じておりましたわ！」などと今更言うのはやめなさい。
貴女の私に対する罵詈雑言は生涯忘れることはありませんよミレット。
「ぐ……何と言う事だ……。あそこまで追い込んでおきながら予期せぬ手で敗れるとはな……」
「紙一重でした……流石はリエルド殿下と言ったところです。いい勝負でした」
私はリエルド殿下に手を差し伸べ、リエルド殿下もそれに応え固い握手を結びます。
「僅かな勝ち筋を手繰り寄せた公爵令嬢ミリアルも、そのミリアルをあと一歩のところまで追い詰めたリエルド殿下も見事でした！ 皆様、どうか激闘を演じた両者に惜しみない拍手をお与え下さい！！」
握手を交わす私とリエルド殿下に、パーティ出席者の皆様から万雷の拍手を頂きました。
卒業パーティという特別な刻の中で、このような白熱した催しをさせて頂けるなどと、身に余る光栄でございます。
……ところで余談ですが、婚約は普通に破棄されました。
次回『リエルド殿下 死す』。デュエル・スタンバイ。
