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祭りの跡  作者: 井ノ下功
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第10回没案:クズ勇者&魔王のハートレス&クイックライフ


 魔王と呼ばれた少女は地に伏した。

 四肢を魔法に、あるいは矢に、あるいは剣に縫い留められ、あとは死を待つばかりである。

 切り落とされた金髪が彼女をぐるりと囲んでいて、まるで棺桶を埋める花のようだった。

 虚ろな満月の瞳は絶望すら映さない。


「さぁ、準備は整ったぞ、勇者! とどめを刺せ!」


 一方、勇者と呼ばれた青年は。

 パーティの最後列、魔法使いよりもさらに背後で彼女らの戦闘を眺めていた覇気のない男は。

 癖の強い茶髪を気だるげに撫でつけて。

 青い瞳を欠伸で潤ませて。


「りょーかい。んじゃ、サヨナラー」


 と。



 目の前にいた仲間の魔法使いを貫いた。




「……え?」


 己の口から血が溢れるのを魔法使いは見た。彼女の美しい銀髪がみるみるうちに色褪せていく。命の喪失とともに、魔力が失われたためだ。


 男の首から黒革の首輪が落ちる。長く拘束されていた首筋には軽い火傷のような痛みがある。だが帯びているはずの赤みは、生まれつきそこに居据わっている奇妙な痣に隠されていた。

 首を一周する、太い鎖の形の痣。

 男は一年ぶりに生の首筋をさすりながら、魔法使いの矮躯を蹴り転がし血まみれの細剣を抜き取った。


「あァー、ようやっとこのヤンデレロリ魔女から解放された。ったく、人を首輪で縛るとか、どーゆー趣味してんだよバァカ。死ね。って、あ、今殺したんだった。アハハ」

「っ、貴様……!」


 弓兵が矢を向けた。

 放つ。


「マルコフ」

「わふっ!」


 赤い首輪を振り落とした大きな魔犬が、黒い尻尾を翻して矢を打ち払った。彼もまた、魔法使いによって縛られていたものの一人だった。


「殺れ」


 勇者の冷徹な命令に、魔犬は狂喜して牙を剥き出しにした。鋭い牙の先から涎が滴り落ちる。真っ赤な舌がべろりとそれを舐める。もふもふの毛皮が波打って、魔犬の体が二倍、三倍に膨れ上がった。


「うぉおおおんっ!」


 咆哮。

 そうして魔犬は弓兵へ躍りかかり、彼女の抵抗を鼻先であしらって、喉笛を噛みちぎった。

 鮮血、地を濡らし。

 骨を噛み砕く音が天井に反響する。



「――どういうつもりだ、勇者」



 男の眉間に突きつけられた切っ先は、わずかに震えていた。

 対する男は嘲笑する。


「見てわかんねぇの? ちょっとは頭使えよ、筋力しか取り柄のねぇクソ雑魚ゴリラ」

「お前……お前はっ!」


 激昂に顔を真っ赤にして、戦士は吠えた。


「確かにどうしようもないクズだったが、こんなことはしないとッ――」


 戦士の声は魔犬の口の中に消えた。

 剣先がわずかに鼻先を掠め、ゴトンと落ちた。


「ナーイス、マルコフ。腹壊すなよ?」

「ぐぶぐぶ……うぉふっ」


 口の中でゴリゴリと頭蓋を噛み砕いていた魔犬は、くぐもった声で『大丈夫』と鳴いた。


「さて」


 四肢を解放された少女は、しかしそのまま地面に横たわっていた。先ほど負った傷が癒えていないのである。

 男は少女の細くて白い首にも自分と同じ痣があることを確認した。ニタリと笑う。


「アンタにだけは協力してもらわなきゃなんねぇから、正直に話そう」


 少女は虚ろな目で男を見上げた。男は黙ってさえいれば、そこそこの美男のように見える。だが返り血に彩られている今、その庶民的な端整さはかえって狂気を孕んでいた。

 男は少女の顔の横に不良のごとくしゃがんだ。


「オレの目的はただ一つ。二度と転生しないこと(・・・・・・・・・・)、だ」

「……」

「そのためにはアンタの協力が必要だ。誰かから聞いてるか? 勇者は魔王に、魔王は勇者に殺されない限り、再転生(リスポン)するって。それだけァオレはゴメンなんだよ」


 男はへらへらした調子で言った後に、口の中で「そもそも、転生なんざ一度だってしたくなかったっつの」と呟いた。


「そのためにアンタをハメた」

「……はめ、た?」


 少女が初めて声を出した。十歳に相応しい柔らかな声音だった。


「そうさ。アンタは本当は“魔王”じゃない。“勇者”だ」


 自分は白いと思っている鴉を嗤いながら諭すように、男は語る。


「アンタが勇者で、オレが魔王。だったのに、どっかで取り違えられたらしくってな。オレがあの馬鹿女どもに勇者だと認定されちまって、アンタが魔王の座に据えられた。――アンタさ、魔物の言葉わかんねぇだろ?」

「……」

「魔王であるオレ様にはそれがわかっちまうんだなー、ハハッ」

「……」

「恨まねぇでくれよ。そもそも、取り違えた連中が悪ぃんだからな」

「……平気。……むしろ、よかった」


 少女は浸るように目を瞑った。

 男は「ふぅん」と頭を揺らし、だが追及はしない。


「で、それが発覚した後、オレは魔王軍と接触して、人間側と膠着するように戦況いじったり、この場に援軍が来ないようにした。万が一にもオレが別のヤツに殺されちゃあ困るからなァ」

「……」

「それもこれもすべて、この状況を作り出すためだ」



 男は立ち上がり、手を差し出した。





「なァ、魔王でも勇者でもない転生者よ。


 オレが満足するまで一緒に来い。



 んで最後に、オレを殺してくれ(・・・・・・・・)



 そうしてくれるなら、それまでの間、オレはどんなことだってしてやろう。


 オレは大概なクズだが、クズだからこそ、自分の利益のためなら何だってやるぜ?

 人殺しも見ての通りだ。なかなか大したもんだったろう?


 オレを解脱させてくれる唯一のアンタを、裏切ることは決してない。

 アンタが何を望もうと、それがオレの利益を害さない限り、どんな命令にも従おう。


 だから、オレと来い。転生者」





 少女は男の手を取らなかった。自力で起き上がり、満月の瞳に男の影を映す。


「……どうして、いますぐ死ぬのは、嫌なの?」


 男はバツの悪そうな顔になって、差し出していた手を引っ込めた。癖っ毛を撫でながら「あー、どうしてだろうなァ」などともごもご言っている。


「わふっ」

「お、マルコフ。お食事はもういいのか?」

「わふわふっ」

「マズかった? だろうな。食わねぇでもわかるだろンなもん」


 男は元の大きさに戻ったマルコフを撫でた。元の大きさでも、男の腰の位置を越したあたりに頭が来る。もふもふの毛は血を吸って、ところどころ固まっていた。


「あー、そうそう、コイツのためだ」


 とってつけたような口調だった。


「コイツ、マルコフって言うんだけどな。元は人間だったらしい。呪いを受けて魔物にされちまったんだと。今回協力してもらうにあたって、人間に戻る方法を探すって約束したんだ。ソレが見つかるまでは、とりあえず死ねねぇんだよ」

「……ふぅん」


 少女はあまり納得がいっていないような感じで顎を動かした。


「……じゃ、わたしとも約束してくれる?」

「してやったら、オレの言った通りにするんだな?」

「うん」

「分かった。なんだよ」


 少女がゆっくり、重たげに頭を上げる。


 か細い、か弱げな声が、絹糸のように繊細な言葉を紡ぎ出す。





「――わたしね。


 この世のすべての人間を、わたしのこの手で、



 殺したい(・・・・)の。



 全員、女子供関係なく、一人残らず殺したいの。


 それに、協力、してほしい」





 そう言って笑った少女の顔に。


 男はふと嘲笑を消す。


 満月だった瞳が切られた爪のように鋭く尖った。

 薄い唇から覗いた八重歯はまるで蝙蝠の牙。

 血と泥に汚れた髪は悪魔の紡いだ金の糸。



「――ハハッ、なァんだ、同じ穴の狢だったか」



 男は思わず笑っていた。


 心の底から漏れたような笑みに、少女は目を奪われた。


 覇気のない目は深淵に潜む怪物の気配を纏い。

 熱で歪んだような唇を舐めた舌はハイエナ。

 泣きボクロをちょっと触った指がくるりと翻る。


 骸骨のように細くて骨ばった手が、再び少女の前へ。


「ってぇことは、オレがアンタに殺される最後の人間になるってわけだな。ハッハッ! そりゃあいい、最高だ。アンタ、名前は?」

「キーア」

「オレはカインだ。よろしくな」

「……よろしく」

「わふっ!」


 今度こそ少女はその手を取った。

 二人の手が重なった上に、魔犬の肉球がもふっと乗っかった。

 



これはそのうち書きたい。




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