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05:サメの名探偵 略してサ名探偵



「おい……オイオイオイオイおいおいオイ! 死んでるぜ、この男! このフロアチーフの男が、完膚なきまでにっ!」


 ゼットさんが叫ぶのも無理はないと思った。こんなにわかりやすい死体を目にすることはきっと、滅多にない。食いちぎられた頭から真っ白でつるつるした頭蓋骨が覗いている。焼いた骨くらいしか見たことのない現代っ子の僕にも、結構なダメージが入った。


「……魔物にやられたのかもしれませんね」

 それでも僕は、冷静を装ってそう言った。たぶんレリアだったらこんなとき慌てたりしない。そして不思議なことに、外面だけでも冷静なつもりでいれば、心も釣られて落ち着いてきた。狂人のふりをして公道を全裸でダッシュすると心も全裸でダッシュしてしまうというのの逆版だ。


 するとゼットさんも、僕の言葉を聞いて落ち着きを取り戻してくれたらしい。よかった。一人でこの場面を乗り切るには、僕はちょっと自分を信じる力が足りてない。


「魔物だぁ……? 腐ってもここは王城だぜ」

「でも、私がここに入ってくるときは誰にもチェックされずに通れましたよ」

「そりゃあ招待状を持ってるからだ。今、出せるか?」


 はい、と手渡すと、見な、と言ってゼットさんはその紙の端の、ちょっとした模様を指差した。


「これは精密な熱消しの呪文なのさ。この城の外壁には熱感知のセンサーが張り巡らされてる。魔物だろうが人間だろうが、この呪文が書かれた招待状がない限り、警報が鳴り響いて警備のやつらに排除されるって寸法だ」

「……そうだったんですね!」


 僕は必要以上の感心を見せて頷いた。ごめんなさい、門番のみなさん。僕はてっきり職務怠慢で正直自分みたいな無職と大した変わりのないダメ人間なんだと勝手に頭の中で判断していました。招待状を持っていない人間はどうせその場でわかるから、誰何すらする必要がなかったっていう、効率化の果てにあった対応だったらしい。


「じゃあゼットさんは、これは魔物の犯行ではないとお思いですか?」

「いや……。しかしな……」


 うえっぷ、と口元を抑えながらゼットさんは死体に近付く。凄いガッツだ。


「歯形がついてやがる、ギザギザの。よっぽど悪趣味な魔法使いが犯人ってわけじゃねーなら、あんたの言うことが正解だと思うぜ。ありえねーことだと思うが、ありそうな選択肢を削り尽くした果てに残ったありえねー選択肢は正解になる」

「ギザギザの歯型、ですか……」


 僕は遠巻きにしたまま訳知り顔で頷いた。いかにも周辺を警戒しています、って態度で。

 ゼットさんはそんな僕の姑息に気付きもしないで、もうすっかり相棒みたいにして「ああ」と頷いた。


「しかもこいつは()()()だ。歯型のでかさが一メートルだったら、体長は十メートルレベルだと思った方がいいな。相当でっけー相手だぜ」

「え?」

「なんだ?」

「いえ、それは……ありえない」


 だって、と僕は言う。


「この休憩室の扉は、十メートル級の魔物が入ってこられる大きさではないでしょう」

「密室殺人になっちまう、ってか? そんなの簡単さ。このフロアチーフは魔物に噛まれた後、この休憩室に逃げ込んで、そして息を引き取ったのさ。被害者によって作られた見せかけの密室ってやつだ」

「見せかけの密室……」


 前にインターネットで見たな、と思いながら僕は頷いた。


「ということは、ついさっきゼットさんが扉を開けるまで閉ざされていたはずの厨房に魔物の姿が見当たらないのも……」

「単純な話だと思うぜ」


 じゃぶじゃぶ、ともう腰まで埋まっている状態で、ゼットさんは歩いた。休憩室の他にも、まだ扉はある。それも、結構な大きさのやつが。『食料保管庫』とプレートがあるのが見える。


「こういう……でかい部屋にまずは入っていったんだ。そしてそっちに、この馬鹿でけー魔物が通れるだけの抜け道がある……はずだ」

「そうじゃなかったら?」

「居座ってんだろうな、魔物が」


 ちら、と彼は僕を見て言った。

「頼りにしていいか? 銀盾英雄」


 僕は大変困り散らかした。これがレリアだったら「誰に言ってるんですか?」くらいのことを言えたんだろうけど、残念ながら僕の戦闘力はそのへんの野良犬とどっこいどっこいなのでそんな大それたことは言えない。いや、言うことには言えるんだけど、責任は取れない。


「……頼りに、というのは難しいですね」


 ということで、誤魔化すことにした。


「どんなに戦闘に自信がある人間でも、死ぬときはあっさり死にますから。向こうの姿も見えないこの状況では、簡単に『うん』とは頷けません」

「……へっ!」


 すると、ゼットさんは口の端を釣りあげて笑った。


「いい『正直』ぶりじゃねーか。そういうやつこそ、本当の信頼に値するぜ!」


 どんどん僕の心にダメージが蓄積している。罪悪感という名のダメージが……。


「安心しな。俺だってそれなりに腕は立つ。十万とは言わねーが、一対一ならまず負けることはねーぜ」

「そうですか。では早速踏み込んでみましょう!」

「お、おう……?」


 なーんだ、ゼットさんが強いなら安心じゃん!

 さりげなくゼットさんの背中に隠れるように移動しながら、僕は前進を促した。決断力に優れている公爵子息さんは、「じゃあ……開けるぜ!」と言ってその扉を開けた。


 ものすごい臭いだった。


「んなっ……これは……!」

「地獄、ですね」


 ミキサーにかけたみたいだった。

 つまり、そこにあった食料と、あとそこで働いていた人たちの身体を全部、ぐちゃぐちゃにして混ぜた、みたいな。


 ぷかり、と流れに合わせてその身体の一部が浮かんでくる。手に取って見ると、それは左手。薬指にきらりと指輪が光っていた。


「一匹じゃねえのか? こんな……」

「どうやらここからは去ったようですね」


 食糧庫の向こうにある大窓が、壁ごと破れている。あそこから魔物は出て行ったんだろう。

 ゼットさんもそれを認めると、ぶんぶん、と頭を振って気を取り直す。


「当面の危機は去った、ってわけか。海の……というか魔物全般は詳しくねーが、とんでもねえやつもいるもんだな。銀盾英雄はこんなのを十万匹も倒してきたのか?」


 とりあえず曖昧に微笑んで返した。たぶんそう、というか絶対にそうなんだけど、僕はレリアが自分でいるわけでもない場所で無駄にハードルを上げるような悪いことはしない。あの子だって家だと結構普通の子なのだ。僕がヒマで作ったホットケーキとか勝手にぱくぱく食べたりしてるし。


「とりあえず、今はこの場は後にしましょう。遺体を回収するにしても、いくつ手首が転がっているかわからないような状況では難しい。タモみたいな道具もありませんしね」

「……確かにそうか。冷静な判断で助かるぜ」

「もう臍のあたりまで浸かってしまっていますからね。移動の抵抗力も多くなってきていますし、早く階段で上の階に――――っ!?」


 そのとき、急に風と雨が激しさを増した。

 臍どころじゃない、胸のあたりまで水嵩が急激に増してくる。しかもそれだけじゃなく、


「おいおい、電気が……!」

「消えた……」


 灯りが、まるでなくなってしまった。

 電灯が切れた。この水没具合でとうとう電気系統に異常が出たらしい。そして今、真夜中みたいに辺りは真っ暗。空は黒雲に覆われて、水面はどこまでも暗闇で何も映さない。僕らは、お互いの顔すらもほとんど見えなくなった。


 まずいぞ。

 こんな手探りの状況じゃ、脱出が間に合わない。


「窓から出ましょう!」

「ああ、そうするしかねーみたいだな!」


 ここは機転を利かせる場面だ。水がどんどんその高さを重ねているっていうんだったら、それを利用してやればいい。僕たちの頭の中にあるイメージはこう。窓から出て、ぷかぷか水の上に浮かんで、十階に手が届くようになったらどこかの窓でもぶち破ってその中に入ってやればいい。水のエレベーターだ。


 もう普通に歩くよりも泳いだ方が速い。血の海を泳いで、窓枠らしきものから僕は城の外に出た。


 そして気付いた。

 嵐の中で泳ぎに出るやつは途轍もないアホだ、ということを。


「ガボガボ……ゴエェッ!」


 プールなんかとはわけが違う。水面から顔を上げてもあらゆる方向から波が襲ってきて、上手く息継ぎができない。ほとんど滝みたいに雨が降り注げば、水の底に無理やり頭を叩きつけられてるみたいだ。それでも建物の中にいたまま窒息するよりはよっぽどマシだった、と信じて僕は身体の力を抜く。大丈夫。僕は知ってる。激しい荒波の中では脱力すること、そしてありのままの自分らしくいることが大切なんだ。僕はこのメソッドを利用してめでたく無職になれました。あかん死ぬ。


「レリア!! こっちだ!!」


 ゼットさんの声が聞こえた。


「こっちに足場がある! 手を伸ばせ!!」


 伊達に妹の脛を齧って暮らしちゃいない。助けてもらうのは大得意。ナマケモノ並みの水泳スキルを見せて、ゼットさんの声の方まで僕は何とか辿り着いた。


「持ち上げるぞ! せー、のッ!」


 ざばあ、と大きく音を立てて引き上げられた。

 ゴホッ、と一回咳をすれば、結構な量の水がべちゃべちゃ出てくる。顔を上げて、


「た、助かりました……」

「気にすんな。俺だってただラッキーでこいつを掴めただけさ」


 ぽん、とゼットさんは僕らの足場を叩いた。


「なんですか、これ」

「業務用冷蔵庫じゃねーのか? 固定が甘かったのかもな。俺らと同じように流れてきたらしい」


 なるほど、と僕はその表面を触ってみた。確かにつるつるしているし、それっぽい。


「さて、と」


 そう言って、ゼットさんは溜息を吐いた。



「問題は、こっからどーするかってことだ。こんな頼りない筏で漂流しながら、よ」




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