03:ハンバーガーが世界で一番売れている食べ物なのかもサメが世界で一番売れている映画なのかも僕達はまだ知らない
ハンバーガーを食わされている。
王城まで来て。
「どうだ、英雄殿? 『これが庶民の食事だなんて……こんなに美味しいものは初めてですわぁ~!』という気分だろう」
「いえ……。うち、庶民の家なんで……。なんなら二週間に一回くらいは土曜日の昼ご飯とかにこれ食べてるんで……」
通されたのは信じられないことに屋根裏部屋みたいなところだった。どうして王城に屋根裏部屋なんてスペースがあるのかはよくわからなかったけど、とにかくそういうところに通されたんだから仕方がない。僕をここまで連れてきたゼットさんはすごく手慣れた様子でハンバーガーを食べてポテトをコーラのストローに突っ込んでいる。小学生かな?
チーズバーガーをもそもそ食べる僕に自信満々に話しかけてきているのは、そのゼットさんのお父さんだった。シャークハート公爵。全身黒ずくめで頭にガスマスクを被っている。コー、ホー、と息が洩れている。マスクを被っている人に特有の呼吸音だ。あとそれトイレに入るときどうするんですか?って訊きたくなるような裾の馬鹿長いマントも着ている。ハロウィン?
屋根裏部屋は大体教室くらいの広さで、なぜか電灯じゃなくてランタンで明かりが点いていて、テレビとベッドとソファと机と筋トレグッズと観葉植物が置いてあって、あと壁に『打倒!王政!』と書かれた張り紙がある。
なるほど、と僕は思った。
うちの一家と権力との水の合わなさもここまで来たか、と。
「君を呼んだ理由は他でもない」
公爵が語り始めた。話せば長い話になるのだが、と言って。
「私にはかつて娘がいた。アーニャ=シャークハートという娘が……。そこのゼットの姉で、パリピ三世の婚約者として育ててきたつもりだった……」
僕とゼットさんはソファに座っていて、公爵はその横で机に備え付けの椅子に座っている。なんかこのアンバランスさは友達の家とかに無秩序に集まっていたときのことを思い出してちょっと安心感がある。
「それがあのパリピ三世は、『もっとセクシーな美女の方がいいから』という理由でアーニャとの婚約を破棄し、挙句の果てには『セクシーな美女を虐めた罪』というありもしない冤罪を彼女にかけて、追放した。トラックに乗せて海の中へな……」
「それ追放っていうか処刑じゃないですか?」
「そのとおりだ! ゆえに、我々は復讐としてパリピ三世を暗殺しようとしているのだよ」
ふっと僕は別の方向の壁を見た。
ボードがある。顔写真がいくつか貼ってあって、色ペンでその写真同士が結び付けられていて、よりにもよってパリピ三世の顔に赤い色でバッテンが付けられてるやつ。あと押しピンで開けたらしい細かい穴がある。集合体恐怖症の人だったらまず耐えられないだろう緻密さで。ちなみにその横には黒ペンでこんなことが書いてある。『絶対殺す』『ばか』『おたんこなす』。へえ、革命軍のアジトってこんな感じなんだ。
「しかしシャークハート公爵家の力はアーニャが処刑されてからというもの、情けない話だがとてつもなく弱ってしまった。あらゆる貴族社会から干され、屋敷も没収され、こんな屋根裏部屋に勝手に住み着いているような有様だ」
「あ、不法占拠なんですね」
「借り暮らしと言ってくれたまえ。ゆえに私は考えた! そう、王に靡くことのない正義の強者たちの力を合わせて革命を成そうと!」
ところで、この部屋にいるのは僕とゼットさんと公爵だけではない。
地べたに座っている人たちが七人くらいいるのだ。全員頭から三角帽子みたいな真っ黒い袋を被っているから顔はわからないけど。もしかしてこれって革命軍の制服? 制服のかっこよさって士気に直接関与してくるから色々改めて見つめ直した方がいいと思うな。ちなみにその人たちはじーっと僕を見つめている。この部屋に上がってきたときからずっと、絶え間なく。
「さあ、銀盾英雄のレリア。ここまで聞いて、よもや断るなどということはあるまいな。もちろん君には選択の権利はあるが、もし首を横に振った場合、その命は保証されないものと心得てもらおう」
嫌だよ。
僕は自分の状況を客観的に見つめてみた。妹の代わりに女装して登城したらほぼ全裸の王様にセクハラかまされて、美味いもの食わせてやるぞって言われたからほいほいついていったらハンバーガーを食わされて、そのうえいつの間にか革命軍に入れられかけて、断ったら殺すと言われてる。覆面の人たちはずっと僕をじーっと見つめている。朝は昼の十二時くらいに起きるから占いとか全然見られてないんだけど、たぶん僕の星座は今日最下位だったんだろうな。
「もちろん、君が我が革命軍に参加してくれた暁には、私に次ぐ、息子と同じナンバーツーの座を与えよう。革命軍の名前を訊きたいかね? 娘の復讐をするための集団だからな。ここはストレートに名乗っているよ。アベ――」
「おいおい、バーベキューソースがないじゃあねーの!」
ゼットさんが大声で言ったので、僕も公爵から視線を外してそっちを見た。手にはナゲット。がさごそ紙袋の中身を探りながら、オーマイガッ、と言って額を打った。
「親父、店でつけてもらうのを忘れてきたな? バーベキューソースのないナゲットなんて星のない夜空みてーなもんだぜ!」
「す、すまん……。父さん店員さんと上手く話せなくてな……」
「ったく、しょうがねえな……」
なあ、とゼットさんが僕に声をかけた。
「ちょっと下まで行って取って来るか」
パチン、とウインク。
別にナンパされてるわけじゃないのは、誰でもわかる。
「そうですね。せっかくですから私も……」
すまんのう、と謝る公爵を背に、僕らは屋根裏部屋を出る。
悪かったな、とゼットさんが言った。
「乗り気になってくれねーかと試しに声をかけただけだったんだがな。姉貴もそうだったが、親父も人を見る目がなくていけねー。あんた、別にうちに加入する気とかないだろ?」
正直に答えようか、とちょっと迷った。とりあえずこの場は「ありますあります。あとで加入手続きに来ますね親のサインとかもらって」とか言って逃れて、後からレリアにすべてを叩き潰してもらうっていう安全な選択肢も見えていたから。でも、にっ、とゼットさんは笑って、
「気にすんな。正直に言えよ」
「い、いいんですか」
「ああ。俺は正直者が大好きだからな」
「じゃあ……その、実はあんまり、政治については情熱がなくて。わからないし邪知暴虐に対しても鈍感なので……」
おう、とゼットさんは言って、
「なかなかいい正直っぷりじゃねえか。俺は嘘つきが大っ嫌いでな。よかったよ。あんたがこの場で『ありますあります。あとで加入手続きに来ますね親のサインとかもらって』とかその場しのぎの言葉を口にするようなやつだったとしたら、実力差なんか関係ねー。全力で決闘しなくちゃいけないところだったぜ」
「……………」
間一髪!
「俺は嘘つきが大っ嫌いでな。前も俺に向かって偽名を名乗って家の残りの財産を騙し取ろうとしてきた詐欺師なんかは『牢屋に入れてください!』って向こうから言い出すまでボッコボコにしてやったぜ」
「いやあゼットさんはすごいなあ」
「そうか? ナハハハ」
「ナハハハハ……」
早く帰って妹とオセロして眠りたい。
バーベキューソースを取りに行くのは本当だから下まで送っていくぜ、とゼットさんは言った。僕は送り狼、という言葉を思い出している。彼らの縄張りに足を踏み入れると、じーっとその縄張りから出て行くまでを後ろから見守られるんだけど、その途中でうっかり転んだりするとがぶーっと噛んでこちらを殺しに来るのである。思い出さなければよかったな、と思った。「ところで私が今バーベキューソースを取りに行くふりをして家に帰ろうとしているのは嘘のうちに入らないんですか」と訊くとゼットさんはあっけらかんとしてこう答えた。「嘘は言ってねーぜ、嘘はな。俺はバーベキューソースを取りに行くと言ったが、あんたはせっかくだから、って言っただけだ。せっかくだから何をする、なんてことは一つも言っちゃいなかったぜ」うむ。政治に向いていそうな人だ。
屋根裏部屋から七階まで階段を降りてきて、そこで僕たちの足は止まった。
「あれ?」
「お?」
階段の先が、水没していたから。
僕はゼットさんの顔を見た。いつもこうなんですか?という質問を視線に込めて。
もちろん、ゼットさんは首を傾げてこう言った。
「こんなところまで浸水するはずがねえんだけどな……」