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23 シャークのミサイル 略してミシャイル



「でも正直、もうお前に期待するのは難しいですね。ものすごい努力を要します」

「台無しだな!」


 まあいいや。

 手の中にあるもので勝負するしかないんだ。誰だっていつも恵まれてるなんてことはありえないんだから。


 実際、ゼットの言うとおり全部のサメを轢き殺すのはちょっと無理だ。いや、やろうと思ったらできるのかもしれないけど、時間はかかるし、その時間をのんびりピークが待っていてくれるとは思えない。


「ぐっ――――」

「うおっ! なんだあ!?」


 ほら、今みたいにね。


 いきなりトラックが揺れた。ゼットが身を乗り出してフロントガラスを覗きこむ。お前シートベルトつけなくていいの?


「……何が『運命』だ! そんなくだらないもので、イルカ星人の私が、敗れたりするものか!!」

「なあ、『運命』って何のことだ?」

「口から出まかせ」

「貫かれて死ね! シャークミサイル!!」


 急ハンドル。

 ドリフトで水を跳ね飛ばすことで、なんとかそのシャークミサイルとやらを空中で迎撃することができた。


 そして、ぼかん。

 小爆発。


「な、なんだ今のは!?」

「おおかた、令嬢ザメから小分けにしたサメに強力なサメパワーを充填したっていうところでしょうね」

「なるほどな。そいつが俺たちに激突すれば、すなわちドカン、ってわけか」

「んでバラバラ~ですね。殺人事件!」

「貴様らのその余裕! 引っぺがしてやるぞッ!!」


 余裕をひっぺがされたイルカ星人さんがものすごい勢いでシャークミサイルを飛ばしてくる。とりあえずアクセルをベタ踏みしてそれを躱していく。障害物がサメくらいしかないし、それも轢き殺せば無に還るからいくらでも長引かせられそうだけど、案外そうでもないことはわかっている。


「おい、動きが読まれ出してる!」

「蛇行運転しますよ! 酔っぱらいばりにね!」


 ハンドルを右へ左へぐにゃぐにゃと。車体が長い分、バランスが安定しない。すぐに倒れ込みそうになって心臓に悪い。


 だから、早いうちにと僕はゼットに作戦を告げた。


「私が囮になります」

「……すまん!」

「構いません。私しか囮役ができませんからね。この場には二人いるはずなのに、なぜか私だけしか」

「全然構い倒してるじゃねーか!!」

「その間に、あなたには見つけてほしいものがあるんです」

「探し物?」


 ええ、と僕は頷く。


「私の考えが正しければ……どこかでまだ、あなたのお姉さんの魂は彷徨っているはずです」

「……そうか。そういうことか」


 その一言だけで、ゼットは理解してくれたらしい。話が早くて、すごく助かる。


 つまり、こういうことだ。

 あのときレーザービームで僕らを追いかけてきていたサメ。他のサメたちと比べると明らかにあいつだけ強すぎる。となると、他のサメたちと違って、何か特別なサメだった可能性が高い。


 そう。

 あれが、ゼットのお姉さん。アーニャ=シャークハートだったのだ。


 そうとわかれば、あの場にいた女性を食い殺しまくって、パリピ三世だって殺害したにもかかわらず、無防備だった僕らのことだけは無視していった理由もわかる。きっと彼女は、まだかろうじて理性があった。だから、復讐の対象をちゃんと選べたのだ。


 そして、そのときのピーク=フィンドールの行動も思い出してみればいい。

 あのとき彼女は、どういうわけか僕らと一緒に逃げ出した。特に、水上バイクを率先して運転することまでして。


 この城を攻め落としたいだけだったら、無能のふりでもなんでもして僕らの足を引っ張った方がよかったっていうのに。そうすれば、厄介な人間はその場で一気に死んだはずなのに。


 そうしなかったことにも……すべてのことに、理由がある。


「ピークのやつ、姉貴だけは操作しきれてねえんだな!?」

「そのとおり。きっとサメ星人としての血が濃すぎて、力は利用できても、気性までは抑えきれてないんです。そしてあのあとレーザーザメ、略してレーザメが私たちの前から姿をすぐさま消したのは、ピークにとどめを刺しにいったからです! まだお姉さんは成仏していない。――――この海のどこかに身を潜めて、機会をうかがっているはずです」

「だが、死んで魂だけになってるから、俺みたいに正常な判断能力を残していない」

「ええ。せっかくの飛び道具も、持ち腐れです」

「オーケー」


 ゼットは頷いて、


「姉貴を見つけて、どうにかレーザービームを使わせてみせる。遠距離には遠距離で対抗ってわけだな」


 僕はもう、何も言わずに助手席の扉を開けた。

 一瞬だけ、目が合う。


 爆発に紛れて、上手いことピークからの視線が途切れているタイミング。それを狙って、ゼットは飛び込んだ。


「……やれやれ、って感じだな」


 最後の最後まで、こんな綱渡りだ。

 ゼットがお姉さんを見つけられるかどうかはわからない。彼がそれを成し遂げるまで、僕が生きていられるとも限らない。


 生きるって、なんだか苦難に満ちている。

 早く家に帰って、眠るだけの穏やかな時間に戻りたい。


「ちょこまかとォ!」

「ぐっ!」


 まあ、現実はそれを許しちゃくれないみたいだけど。


 トラックは長い。

 だから、来ると思ってから動き出すまでの時間がすごく長くかかる。シャークミサイルを視認して、実際にそれを動かすまでのタイムラグ。それは致命的で、あっという間にトラックはボロボロになっていく。


 それでも動き続けているのは、トラックが特別製だからって、そんな簡単な理由からなんだろうけど。


 身体は本能で動く。

 だから、頭の方がヒマになってきて、ふと考えた。


 ここにいるサメたちは、一体どんな気持ちなんだろうか。

 恋に破れて、海にその想いを投げて、そうして長い年月を洗われてきた失意の感情が、サメになって、トラックに向かって投げつけられて、それで今、どんな気持ちなんだろう。


 ひょっとすると、と思った。

 ひょっとすると、彼女たちもまた、このトラックに怒りを向けているんじゃないだろうか。


 トラックは、彼女たちにとって、その恋を葬ってきた残酷の現れで。

 そしてそれに乗る僕自身は、そんな彼女たちを視界にも入れず、無視してきた『世の中』ってやつの代表で。


 これって、正当な怒りなんじゃないか?


「おっと!」


 急ブレーキ。ドリフト。それでも側面に食らって、横転しかけて、ハンドルを回しに回して元の体勢へ。


 びっくりしてしまえば、それで考えごとなんて簡単に吹っ飛んでしまう。そんなものだ、知性とか、思いやりなんて。僕にとっては自分の命とか、快適さの次くらい。たぶん、それを変えることは一生ないと思う。


 もういっそ、ここで決めてしまおうか。

 自分の中のルール。たとえば、これまでの人生で三分以上会話したことのない人間に対しては、一切同情も何もしないとか。


「――――でも、まあ。そんなに簡単な話でもないか」


 誰だって、初めて会うときには、まるで絆なんかないんだし。

 それに、たとえばたった半日もしない出来事でだって、『相棒』呼ばわりしてくるような相手ができることだって、あるんだし。


『Z』と書かれた、腹の文字が見えた。


「くそっ、くそっ、クソォーーーッ! 死ねッ、死にやがれ、原住人類がぁーッ!!」


 ピークは頭に血を上らせて、僕以外のことは見えていない。


 ふ、と笑った。

 たぶん、ゼットも笑ったと思う。



 きゅうううん、とエネルギーが収束する音がして。


 二頭のサメが、大きく吼えて。




 レーザービームは、炸裂した。




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