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22 トラック×バッドラック×シャーク



 ゼットは、手も足も出なかった。

 まあサメに変身したら手も足もなくなるから当然と言えば当然なんですけどね。ははは。


 なんとなく一対一なら他のサメより強かったっぽい感じはしたけど、残念ながら多勢に無勢。ズタボロにされた後、巨大な令嬢ザメから分裂してきたたくさんのサメにバレーボールみたいにして遊ばれてた。その時点でゼットに意識があったのかなかったのかは僕にはわからなかったけど、なんかえっちな光景だなと思って見ていた。


 ぼーっと見ていた。


「くくく……。流石だな、銀盾英雄。バディが嬲り殺しにされる場面を目の前にしてなお、冷静に逆転策を考えているとは……」

「えっ」

「えっ?」


 別に何にも考えてなかった。

 だって、あの流れで誰が負けると思うんだ。ただでさえマッチョなのにそのうえ秘められた力が解放されたら、普通向かうところ敵なしだって思うじゃないか。よしんばそれが不可能だったとしても、せめて自爆くらいはして一矢報いてくれると思っていた。


「わ、わからん……。まさか本当に、何の考えもなく今の光景を見ていたというのか? どうしてそこまで冷酷になれるのだ、お前は……」

「いや心外ですけど」


 さすがに星を海に沈めるために人の恋を終わらせてトラックで追放して殺した異星人にとやかく言われるほど僕も淡白な人間じゃなくないか? ただちょっと、人より割り切りがいいだけで。


「で、どうなんですか」

「な、何がだ?」

「いえ、話し合いで解決する気になりましたか?」

「よくこの状況でそれが通ると思ったなァ!?」


 ちっ。

 やっぱりダメか。もっとゼットの強さがわかんないときに交渉するんだった。


 となると、僕一人でなんとかしないといけないわけだ。


「ふ、ふん……」


 震える声で、ピークは言う。


「どれだけお前が人格異常者だったとしても、私の優位は揺るがない。何が起こるかわからないからな。遠隔で、一方的に仕留めさせてもらうぞ」

 

 そう言うと、海の中にぶわっと黒い背びれが現れた。


 どうしようかな。

 とりあえず、考えないことには始まらないので考えてみることにした。


 ごく簡単な二択が目の前にある。一つは、この足場にずっと乗り続けること。一見そうすれば安全っぽく見えるだろうけど、そうでもない。ここのサメはトビウオみたいに飛び掛かってくるからだ。どうせそのうち結婚式の嫌な花吹雪みたいにびゅんびゅん飛び交い始めて、上半身をまるごと食いちぎられて下半身だけの奇妙なステップを踏まされるに決まってる。


 となると、水の中に降りるしかない。空は飛べないし。


 でも、水の中に降りてどうするっていうんだろう?

 陸生生物である人間の僕が、水生生物のサメ相手に、水の中で何ができるっていうんだろう?


 その答えを知るため、僕はとりあえず水の中に飛び込んでみることにした。


「――――!」


 そうしたら、活路が見えた。


 ドアを開く。

 ものすごい力が必要だったけど、なんとか開いた。中は水浸しで、まだ息ができない。鍵を回して、起動する。


 そう。

 僕らがさっきまで足場にしていたのは、トラックだったのだ。


 見覚えがあった。最初に、この城に来た瞬間に見たもの。

 正門から入ろうとしていた、大型トラック。


 そうだ。

 一番最初のことを考えてみればわかる。ここが水没したのと、水没のための嵐をもたらすためのサメ。どちらが先に到着したのか、考えればすぐにわかる。


 あのとき、このトラックがサメを連れてきていたのだ。

 きっと、その荷台にゼットのお姉さんと、彼女がサメパワーを与えた令嬢たちの恋霊を、パンパンに詰め込んで。


 そしてこれは、おそらく彼女を追放するのに使ったトラックだっていうことも、僕にはわかる。

 恋に破れた失意のサメ令嬢を乗せて、その命を奪って海へと去っていったトラック。もちろん、普通に考えたら塩水のためにボロボロに朽ちて、動かなくなっているはずだけど。


 本質的にはサメであるゼットのお姉さんの処刑に使われたことで、トラックにシャーク・キル・パワーが溜まったのだ。このトラックは、トラックそのものではなくそのパワーが具現化し、独り歩きしている形。サメ殺しの神話から生まれたトラックの霊具。


 僕にはそのことが今、はっきりとわかった。


「帰ったら病院行こ……」


 アクセルを踏めば簡単に浮上して、だから窓を開いて、水を排出する。呟きは、ちゃんと空気の中に響いてくれた。忘れないようにしよう。たぶん本当に、どこか頭を打ったんだと思う。


 ぶぉおおん、とトラックは唸りを上げた。


「な――――ば、馬鹿な!? サメ殺しの霊具!?」

「ええ。そのとおりです」


 トラックは水面の上にタイヤを浮かべている。もう何でもアリだ。


 焦った顔で、ピークが言う。


「そんな――――そんなことがあるわけがない!! どうして都合よく、お前の前にそんなものが――――!」

「わかりませんか?」


 だから、僕はかえって余裕綽々の顔で、言ってのけてやる。


「お前の手からもう『運命』は逃げ出したんです。諦めなさい。お前の一生は、ここからずっと下り坂です。……ウォータースライダーみたいにね」

「したり顔で不吉な予言をするなあぁあああああ!!!」


 ピークが号令をかける。

 真っ黒な背びれが一斉に、僕と、僕の運転するトラックに向かってくる。


 アクセルを底まで押しこんだ。


「ギシャア!!?」

「シャガガッ!!」

「サメーッ!!」


 一気に跳ね飛ばした。

 ものすごい量の血飛沫。ワイパーってどれだろ。これかな。


 ウィーン。

 うわあ! めちゃくちゃ血がべっとり広がっちゃった!


「ぜ、全然前が見えない……!」


 まあいっか。

 別に前が見えたところで何か変わるわけでもないしな。人生と同じで。アクセルを踏むだけだよ。人生と同じで。


「おらおらどきやがれェ~! 死にてえのかウスノロどもがよォ~ッ!」

「ぐえーッ!!」


 ん?

 いまなんか、ぶち轢いた物体から聞き慣れた声が聞こえてきたような……。


「気のせいか! まだまだ行くぞ!」

「待て待て待て! 俺だ!!」


 バンバンバン、と助手席の扉が叩かれる。

 開けてやったら、サメが侵入してきた。とりあえず一発蹴り飛ばしてやる。


「待て! 俺だ、俺!」

「うるさいぞ! 特殊詐欺で老人から金をむしり取ることで政府に代わって財産の再分配に貢献してるつもりか! 随分立派な心掛けだな!」

「何の話だ!! ゼットだよ! ゼット=シャークハート!!」


 またまた、と思って見たら、確かに腹に「Z」の文字が入っていた。

 へえ。


「あの、魚に変身されたって方ですか? なんて魚に変身されたんでしたっけ……『雑魚』?」

「うるせえ! 俺だって気にしてんだぞ!」

「気にしたところで直らなかったら気にしてないのと一緒なんですよ!」

「部活の顧問みてーなことを言うんじゃねェ!」


 来たな。

 心底使えない、期待外れの人が。


「まあ、もうあなたにできることは何もないので助手席に座って大人しく理性に別れでも告げていてください。私がなんとかしますから」

「く、くそっ……。全然反論できねえ……!」


 いや、そうだ!と。

 何かを思いついたようにゼットは僕の前に割り込んできた。


「ちょっと、邪魔!」

「これじゃ前が見えねーだろ。俺に任せな」


 言うと、胸ビレでハンドルを押し込んだ。

 器用じゃん。


 ぶくぶくぶく。

 トラックが沈み込んでいく。すると、べったりついていた血がフロントガラスから溶けて消えていく。それからもう一度浮上。


 ふ、ふーん。

 やるじゃん。


「まさかあの大量のサメを全部ぶっ殺すってつもりじゃねーんだろ?」


 わかったような口調で、ゼットは言う。


「ま、あんだけ意気込んで出て行って簡単に負けちまったのは悪いが、それでもバディだ。最後まで、お前に付き合うぜ」


 さ、と言って彼は僕にハンドルを返す。

 不思議な、サメの笑顔でにかっと笑って。



「次はどんな作戦にするんだ、相棒?」



 はあ、と僕は溜息を吐く。

 そんなもの、別に考えてはいないんだけど。


 でもまあ、これから考えるつもりだったし。


 探偵に助手役がいることって、結構多いし。



「……ま、枯れ木も山の賑わいってとこですね」

「おい」



 とりあえずのところ、こいつを相棒役にしてやろう。




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