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21 令嬢ズ



「い……イルカ星人だと?」

「イルカ、星人……?」


 ふふふ、とピークは笑う。

 なんだその笑い方は、馬鹿にしやがって!


「ふふ。あなたたち原住人類の低い知能では理解が及ばないかしら」


 重ねて直接的に馬鹿にしてきやがって!


 ゼットが叫んだ。


「どういうことだ、説明しやがれ!」

「そうだそうだ!」


 だから、僕も便乗して叫んだ。


「遠い星に住んでいたイルカ星人たちが文明の発展と共に環境を破壊してしまい、移住先としてこの星を選んでやって来たとでも言うつもりですか!」

「ふふ、正解よ。…………えっ、なんで正解したの」

「へっ、原住人類の知性をナメてんじゃねーぜ、魚ヤロー!」

「そうだそうだ! どうせシャークハートの一族はお前たちと同じ星から先行してこの星に移住してきたサメ星人の末裔で、今はもう原住人類との交配が進んで記憶も能力も随分薄れてるだけとか言うつもりなんでしょう!」

「えっ……マジ? 俺ってそうなの……?」

「な、なんでこいつ、こんなにすべてを的確に当ててくるの……?」


 僕はこのとき、生まれてこの方感じたことのない頭脳の冴えを感じていた。死の間際に出たドーパミンとかアドレナリンとかそういうのが長年の無気力生活で鈍っていた脳内の汚れを洗い流したのだろう。略して洗脳。ひきこもりまくった末にいきなり散歩とかに出ると急に身体がびっくりして足とかが痒くなるあれだ。あれってなんなんだろう。運動する気をなくすから本当にやめてほしい。


「そしてお前はこの星をイルカ星人にとって快適な環境に変えるためにサメ星人の力を利用することにしたんでしょう! だからパリピ三世を洗脳……あっ、洗脳と洗脳で状態が被っちゃった。まあいいか。洗脳して、シャークハートの一族の中でも力が濃かったゼットのお姉さんを追放したんです! そして死した彼女の魂の悲しみに付け込んで、サメ星人の力を解放、世界を水の底に沈めようとしたんでしょう!」

「こ、こいつ、IQ一億……!?」

「へっ、原住人類の知性をナメてんじゃねーぜ、魚ヤロー!」

「ところでゼットって原住人類の側に立ってて大丈夫なんですか?」

「おう! 心は原住人類だぜ!」

「シャークハートなのに……」


 ふ、ふん!と彼女は腕を組んで、顎を上げて、僕らを見下した。

 どう見たって負け惜しみみたいな顔だったので、僕はとてもスッキリした。負けろ負けろ! 無職に負けろ!


「それならこいつの秘密はどうかしら!? いくらあなたでも、この巨大ザメが何者なのかはわからないでしょう!」


 げしっ、と彼女は足の裏で巨大ザメの頭を蹴っ飛ばした。


 確かに、超でかい。

 なんなら城に体当たりして、城ごとぶっ壊せそうなくらいにはでかい。サメとか、メガロドンとか、そういう枠の中には明らかに収まってない。怪獣とか災害とか、そういうクラス分けがされちゃうような大きさだ。


「馬鹿にするのも大概にしなさい! それはゼットのお姉さんの心と同調して現れた、かつての原始の時代から海に投げ棄てられ永久を漂っていた乙女令嬢たちの恋の悲しみの集合体でしょう!」

「あ……IQ二億!? まだ上昇するというの!?」

「人の失恋の悲しみをこんな形で利用しやがって……! 人の風上にもおけねーやつだぜ!」

「あれって人なんですか?」

「イルカ星人って言うくらいだし、人なんじゃねーの?」

「えー。イルカがメインなんじゃないですか?」

「いや、でも今は人の形してるしよ」

「あれって仮の姿なんじゃないですか?」

「マジか」

「わ、私を無視して関係のない話をするんじゃない!」

「いや、まさにお前の話をしていたんですが」

「なあ?」

「ねえ?」

「くっ、なんて神経に障るやつら……!」


 わなわなと拳を震わせるピークに、びしーっとゼットが指を突きつけた。


「てめェーのゴミみてェな理想も計画も、ここで終わりだ! 俺たちが終止符を打ってやるぜ!」

「な……なんなのだお前らは!!」


 ピークは両腕を大きく広げて、


「入念に組んだ計画をことごとく邪魔してきやがって……! 一体何なのだ! あのサメ人間の群れの中で行動してシェルターは完成させるし、」

「そういやレリア。あのサメ人間ってなんだったんだ?」

「目の前の巨大ザメが分割されていたんでしょう。つまり、死体に令嬢たちの悲しみの心……アーニャさんのサメパワーを付与された恋霊たちが乗り移っていたんでしょうね。で、水が増えればサメパワーが増幅されて、身体ごと乗っ取られたってわけです」

「はーん。なるほどだな」

「私の人智を超えた計画を簡単に見抜いてくるし!」


 じゃあ人智を超えてないんじゃないですか?

 普通の人類の僕に普通に見抜かれてるんだし……。


「何度も殺すタイミングはあったのに! 水上バイクで爆発したり、フロートマットを噴射移動したり……。ソーセージとピザでサメから逃げ切ったり! 頭がおかしいのか!? お前らは!!」

「星ごと水の底に沈めようとしてるやつには言われたくねーなァ!」

「正論を言うな!」


 はあ、はあ、と彼女は肩で息をして。

 そして、立ち直ったように、もう一度顔を上げて、僕らを見下した。


「だが……それもここで終わりだ」


 まあまだまだ向こうは脂汗とか冷や汗とか引いてないし、どっちが上なのかはこの場では明白なんですけどね。


「もはや小細工など必要ない! この巨大ザメの激烈甚大超破壊アゴ兵器でお前らを噛み砕いて殺してやる!」

「チッ……令嬢たちの心のアゴってことか」

「ええ……。令嬢たちの……」

「令嬢(複数形)の……霊の……アゴで……」

「わけのわからない会話もそこまでだ! わけのわからないことをぐちゃぐちゃ言いながらぐちゃぐちゃになって死ねェーーーッ!!」


 のっそりとした動きで令嬢ザメが動き出す。

 なるほど、それだけでかいからには機敏な動きはできないってわけだ。


 もっとも、僕らはまだ夜の海の上に立ったまま。

 足場はそこまで広くはないし、令嬢ザメの一噛みでたちまちそれごと砕かれてしまうだろうけど。


 そして、泳いで逃げるには、僕たちは魚じゃなさすぎるけれど。


 いまのところ、は。


「レリア、いつもの名案はあるか?」

「もちろん。でも、今回はあなたの協力が必要です」

「今回も、だろ?」


 にかっ、とゼットが笑う。

 図々しいな。今までだって僕の名案で……いや、そうでもないか。


 うん。確かに。

 これまでも、ピンチは二人で、力を合わせて乗り越えてきた。


 ふ、と僕も微笑み返して。


「ゼット=シャークハート。あなたの中にもまた、サメ星人の力が眠っているはずです。そしていま、こうしてサメの嵐の中にいる以上、その力はかつてないほど活性化しているはず」

「変身か」

「変身です」


 よし来た、とゼットは腰のベルトに手を当てる。

 ポーズに移行し始めて、


「おおっと! それで本当にいいのかなァ!?」


 ピークが口を挟んだ。


「サメ星人の力を解放したとして――」

「うるさい黙れ! 本人がやる気になってるんだから他人が口を出さないでください!」

「なっ――おいゼット! 貴様がその力を――」

「ワーワーワー! 聞こえないー! 聞こえませーん!! もっと大きな声で喋ってくださーい! 全然聞こえませーん!!」

「き、貴様、まさかそのことにも気付ていて隠しているのか!?」

「おい、レリア、何の話だ?」


 ピークがわーぎゃー喚いたせいで、ゼットの動きが止まってしまった。

 よ、余計なことを!


「な、なんでもありませんよ?」

「なんかかつて見たことがないくらい綺麗な笑顔で逆に不信感が増すんだが……」

「失礼な! この穢れのない目を見てください!」

「穢れがなさすぎて逆に怖いんだが……。透明すぎて船が浮いて見える海みたいな感じで……」


 く、くそっ! もっと単純に僕のことを信じろ! そこが君のいいところなんじゃないのか!


「ゼット!」


 嬉々としてピークが叫ぶ。


「サメ星人の力、解放したければ解放してみるがいい――――ただし、もう二度と人の姿には戻れないがな!」

「な、何ィ!?」


 にやり、とピークは笑って、


「血が古すぎるんだよ。もはやお前たちサメ星人は一度変身したら、もう一度変身して人に戻るだけの力を持っていない」

「な――――」

「サメ星人の力を呼び覚ましている私を倒したならなおさらだ! もう二度とサメ星人の血は活性化せず、お前は理性を失ったただのサメとしてこの世を彷徨うことになるのだァー!」

「な、なんだと……」

「そのくらいのことがなんだって言うんですか!!」


 負けてられっか!

 僕も思いっきり叫び返してやった。


「たとえそのことがわかっていても――この星の危機なんです! 躊躇うような理由にはならない! そうでしょう、ゼット!?」

「あ、ああ……」

「都合のいいことだけをぺらぺら喋りやがって……なんでもかんでも思い通りになると思ったら大間違いだ! 人間が他者を思いやる気持ちと、大切な人を殺された恨みを思い知りなさい! そうですよね、ゼット!?」

「お、おう……」

「大体サメになるくらいがなんだっていうんですか! 知能の優劣によってその生の優劣が決まったりするもんか! サメになったらサメになったで大海原を旅する素敵な一生が待ってるんです! 理性を失うくらいがなんぼのもんですかこの知性主義者! こっちは反知性主義だ! ナメんなボケ! ねえゼット!?」

「…………うん」

「それとお前がさっきからいちいち上から目線なのもムカつくんだよォー! 人を馬鹿にした態度しやがってこの魚ヤロー! 南極の氷柱を口からぶっ刺して屋台でジュージュー焼いてやろうか! その口から出てくる言葉のひとつひとつが不快だぜ! お前に今許されてるのはなぶり殺しにされながら涙と鼻水をべっしゃべしゃに垂らした不細工な顔で無様に命乞いをすることだけなんだよォーッ!! そのふざけたツラ複雑開放骨折させてやる! ですよね、ゼット!?」

「おいお前、本当にこいつが相棒でいいのか?」

「考え直したくなってきたぜ……」


 うっ、ぐぅうっ!

 な、何か……何か僕の心の底から恐ろしい力が溢れてくる! 負のエネルギーだ!


「さ、最後まで卑怯な……! 私に洗脳をかけて、悪に走らせようとしていますね、イルカ星人!」

「いや、してないが……。それはお前の素の人格が極限状態に晒されたことで地肌を露出しているだけだと思うが……」

「黙れェ!! わ、私は……私は温厚で、権力と社会から距離を取り、全身からマイナスイオンを放出している人畜無害な癒し系なんだ! 私の心に触れるな! 殺すぞゲス野郎!!」

「レリア!! 落ち着け!!」

「はい」

「情緒をいきなり安定させるな!!」


 ふー、と僕は息を吐く。

 情緒を完全に安定させたのだ。卑怯な悪の力には決して負けたりしない。そもそも自らの心の力で精神を安定させられないなら無職なんか務まらないのだ。自分と同年代の人間たちが外の世界で活躍して着々と人間関係を進め社会的地位を確固たるものにしているのを尻目に、僕は動画広告すら飛ばさないで不毛な時間を過ごし続けて、それでいてなお精神に変調をきたすことなく日々を過ごしてきたのだ。社会人だとか労働者だとかみたいに、何らかの組織に所属ないし結合して毎日やるべきことに追われることで人生に内在する本質的な問題から目を逸らし続け、ときには自分のやりたくないことをすることで発生する悪感情すらも同時代に生きる様々な人々との連帯のために用いて横目で「俺たち、毎日大変ですよね」「でも、頑張って生きてますよね」なんて通じ合ったりしながら自分自身を社会と融合させて(ちょうどチョウチンアンコウみたいなものだ)生きているような人間たちとは違うのだ! 老後のことなんか考えられない。十年後のことだって考えられない。なんなら明日生きてないかもしれないっていう生の儚さを手の中にはっきりと感じている! そんな暮らしを送っている僕は、


「お前らとは、魂のステージが違うんだよォーーーーーッ!!!!」

「わ、わかった! わかったから! 変身するからお前は寝てろ! どっかで頭を打ったんだ!」

「え、そうですか?」


 なんかそう言われたらそんな気もしてきた。

 温厚な僕がこんなことを言うはずもないからな。


 ゼットに羽交い絞めにされて、ゆっくり足場の上にへたりこまされた。

 そして、ゼットの背中が目の前にやってくる。


「ま、随分お前には助けられたからな。ちょっとばっかし、今は俺のターンだ」


 ふん、と相対するピークは鼻で笑う。


「覚悟を決めたか、若造」

「ああ」

「好都合だよ。お前とそっちの……なんか怖いのとでは、どう考えてもお前の方が御しやすいからな」

「言ってろ」


 はっ、とゼットも笑い返して、ざっ、と足幅を広げる。



「てめーなんか、俺一人でも十分だ。サメに食われて死にな、イルカ女」



 腰のベルトに手を当てて、ポーズを取って。


 彼は叫んだ。




「――――チェンジ・シャーク!」




<゜)))彡



 十分後。

 僕の目の前には、サメが白い腹をぷかーっと浮かべている。


 非常に親切なことに、腹のところに『Z』ってマークがある。

 試しに、腕をちょっと伸ばして水をかけてみた。


 反応……なし!


 仕方ないので、僕は立ち上がって。

 白い目でこっちを見てきているピークに、こう言ってやった。


「…………話し合いで解決しませんか?」

「お前よくそれ言えたな」


 くそっ!

 最後の最後までこんな感じか!!



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― 新着の感想 ―
[一言] 比喩じゃなくて本当に魂のステージが違うお兄ちゃんすごいつよい。
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