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20 サメとは関係のない約束 略すまでもなく、ただの約束



『お兄ちゃんは、なんで私とずっと遊んでくれるの?』

『え?』


 レリアが、隣にいた。


 そして目の前には、対戦格闘ゲームが映り込んだ、テレビ画面。

 僕らは、ゲームのコントローラーを握っている。


 どうして?と僕は首を傾げたいのに、そうできなかった。


『なんでって……兄妹じゃん』

『兄妹だって、嫌になるときはあるでしょ』

『……もしかして僕、嫌われてる?』


 ああ、と納得した。

 これはきっと、走馬灯だ。

 死ぬ間際に見る、過去の記憶。最後の最後までレリアのことを見るんだって、自分で面白くなったりもした。


『そうじゃないよ。……そうじゃない』


 レリアが、深刻な顔で首を横に振る。


 ……でも、こんなレリアの顔って、今まで一度だって見たことがあっただろうか?

 僕らは、こんな会話をしたことが、本当にあったんだろうか?


『私のこと、みんな怖がるよ。……強くて、怖いって』

『なんだ、そんなこと』


 たぶん、その光景の中で、僕は笑ったんだと思う。


『強いって、かっこいいよ。それに、怖くもない。レリアは可愛いもん』

『……それに、ゲームしても、運動しても、みんな全然勝てないから、つまんないって言うし』

『何を言うか。お兄ちゃんは千回に一回はちゃんと勝ってます』


 ちゃんと戦績を見ておいてよね、と僕は明るい声で言う。

 でも、レリアの表情は暗いままだったから、きっと勇気づけるつもりで。


『――――わかった! それじゃあ僕は、目いっぱいダメなお兄ちゃんになるよ!』

『――――え?』

『それなら、みんなもわかるでしょ? 僕みたいなお兄ちゃんを持ってるのにちゃんとしてるレリアが、どれだけ優しくて、すごい女の子なのかって。そうしたら、みんなもきっと、レリアのことを怖がらなくなるよ』

『…………』


 テレビから、歓声が聞こえる。

 勝敗が決まったんだ。走馬灯……あるいは夢の中の僕はテレビを指差して、嬉しそうに言う。


『ほら! 見てよ、百勝目。これが()()()()()だから、本当にちょうど、千回に一回は勝ってるよ!』

『……お兄ちゃん。あのね。怒らないでほしいんだけど』

『うん? 何?』


 怒んないよ、と僕は言って。

 ぎゅっ、とレリアはスカートの裾を握って。


『たまに私……お兄ちゃんのこと、怖くなるの』

『えぇ!?』


 どうして、と訊けば、言いづらそうにして、それでも答えてくれる。


『ものすごく負けず嫌いだから……。いつか、どこかすごく遠いところに行っちゃうんじゃないかと思って……』

『そ、そうかなあ……』


 そこでようやく、僕は首を傾げた。


『そう言うなら、それも直すよ』

『本当?』

『もちろん。怖がられてると悲しくなっちゃうしね。できるだけ、人と勝負したりとか、ムキになったりとか、しないように心がけてみるよ』

『……お兄ちゃん』


 レリアの手が、ゆっくり開く。

 そして今度は、僕の服の袖を、ぎゅっと掴んだ。



『――――どこにも、いかないでね』



 その言葉の意味が、本当にわかったのか、わかってなかったのか。

 僕は『もちろん』なんて簡単に頷いて。


『それならできるだけ家の中にいられるようにしようかな。将来の夢ってプリント貰ってたけど、あれに「無職」って書いて出しちゃおうっと』

『えぇ……。それはちょっと……』


 僕とレリアは、顔を見合わせて笑って。

 その声が、段々遠くなっていって。


 結局僕は、それが『記憶』なのか『夢』なのか、思い出せずにいた。




<゜)))彡




「――――きろ。起きろって、レリア!!」

「ん、む――――」


 ぺちぺち、と頬を叩かれて、起き上がる。

 目を開けると、ゼットが僕を覗きこんでいた。


 寝ぼけ眼で、とりあえず。


「――――なんだ、ゼットも死んだんですか。あっけないなあ、人の命って」

「ちげェーよ! 生き残ったんだ、俺らは!!」

「はい?」


 そんな馬鹿な、あんなドラマチックにすべてを決めておいて……。


 と思って周りを見回したら、夜の嵐の海だった。

 ていうかこれ、何度も来た城の外だよね。


「……うわ。まだ苦しむんですか」

「おい。おいコラ。必死になってお前を抱えて窓をブチ破ってここまで泳いできた俺を前にして本当にその感想でいいのか? ほんっとーッにその感想でいいのか?」

「あ。じゃあ、どうもありがとうございました」

「おまッ……『じゃあ』ってなんだ! 『じゃあ』ってよォーッ!」

「サメのことですけど」

「そりゃあ『jaw』のことを言ってんのか? ありゃ『サメ』じゃなくて『アゴ』とか『口』って意味だし、しかも読み方は『ジャー』じゃなくて『ジョー』だ!」

「へー」


 ところで、僕らは一体どこに浮かんでいるんだろう。この間は水上バイク。さらにその前は冷蔵庫。今回は……コンテナ? なんかよくわからないな。ちょっとだけ浮かんでる、みたいな感じ。


「ったく……。ま、こっちもお前に助けられたけどよ。階段のシャッターを閉めてそっちに駆けつけた甲斐があったぜ」


 ほれ、とゼットが片手を掲げてくる。

 おいよ、と僕はそれを叩いた。ハイタッチ。


「でもまあ、また考えないといけないですね。脱出の方法を」

「ああ。もうシェルターは完成しちまったし、いよいよ打つ手もねえな。どこか雨宿りでもできる場所があれば……」

「たぶん、探すより材料から作った方が早いでしょうね」

「だな。上手いことその材料をこの海の中から見つけてやれば、」




「――――残念だけど、あなたたちがそれをする必要は、もうないわ」




 声のした方へ。


 バッ、と。僕も、ゼットも振り向いた。


「誰だ!!」

「あら。仇の声も覚えてないなんて、熱血漢なのに、随分薄情なのね」

「仇――? まさか!」

「ええ、そうよ」


 嵐が、止み始めた。


 いや、正確に言えば、きっと止んだわけじゃない。ドーナッツみたいに、僕らを中心にして、雨雲に穴が開いたんだ。


 風が凪ぐ。

 雲がなくなって、月と星が輝いているのが見える。


 それを背景に、彼女はそこに立っていた。


 ピーク=フィンドール。

 ゼットのお姉さんを押しのけて、パリピ三世のパートナーの座に就いた女が、そこに。


 そう。

 天まで聳え立つような、あまりにも巨大なサメの頭の上に立って、僕らを見下ろしていたのだ。


 ゼットが拳を握る。

 そして、怒りを抑え込むような、震える声で、それでもどこまでも通るような鋭い声で、こう尋ねた。


「全部……全部、お前が仕組んだことだったのか」

「ええ。そうよ」

「誰なんだ、お前は! 親父と姉貴を殺したお前は――――一体、誰なんだ!!」


 ピークが微笑む。

 ごく普通に、「はじめまして」とでも言うような、表情と声音で。


 こう、答えた。



「私は、この星を侵略しに来たイルカ星人よ」




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