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18 シャークでホース 略してシャース



「って、ぐずぐずしてる場合じゃねーぞ!」

「え?」


 呼吸を整え終わったゼットが急に焦り始めたので、僕はびっくりした。どうしたんだろう、いきなり。


「落ち着いてください。サメ人間たちはやり過ごしたんです。しばらくこの階で私たちを捜してはいるでしょうが、この部屋に居続ければきっと安全ですよ」


 もっとも、水位が上昇し切るのと彼らが諦めるの、どっちの方が早いだろうっていう問題はあるけど。


「それがマズいって話だろーが! この階を諦めたサメ人間たちがどこに行くと思う!?」

「どこって……そりゃあ、」


 あ、と思いついた。

 水がどんどん下から上に行くように。

 サメたちも、下から上に行くんだろうな、と。


 つまり、避難所にいる人たちは――――


「運がなかったということで諦めていただいて……」

「てめェーには血も涙もねーのか!!」


 失礼な。ありますとも。有り余るほど。

 よく妹と献血に行ってはドーナツを貰って帰ってきたりしてます。


 どうどう。いきり立つゼットを宥めすかすように。


「ゼット。人間には身の丈というものがあります」

「そんなもん、手を伸ばしてから知るもんだぜ!」

「うーん。カッコイイ台詞で反論を潰されてしまった……」


 何も言えなくなってしまった。まあ確かにそんなもんか、という思いもあったから。全ての人間が初めから諦めつつ生きてしまったら、どんどん世界は悪くなっていく一方だもんね。僕も世界にはよりよい方向へ変わっていってほしいという気持ちぐらいは持っているのだ。


「じゃあ、頑張って。一人で」

「ああ! それじゃあ西側のシャッターはお前に任せたぜ!」

「話聞いてます?」


 この人、今さらだけどちょっとコミュニケーションに難あるな……。


「大体、西側ってどういうことですか」

「シェルターを閉じるんだよ」


 そう言って、ゼットは自分の作戦の説明を始めた。


 とにかく二十四階にこのサメ人間たちを上げてはならない。というか、そもそもシェルターを完成させないと上階の人間たちまで全員死んでしまう。だから、当初の目的は絶対に果たされなければならない。


 いくつか、まだ手動で閉めなくちゃならないシャッターが残っている。だからそれを手分けして二人で閉めまくって、最後には東側と西側の階段にそれぞれ行って、この二十三階を閉ざしてしまおう、って内容。


 ぃゃゃ……。


「やめません?」

「やるしかないぜ。そうしなきゃ、みんな仲良くオダブツだ」

「小学校ではみんな仲良しなのはいいことだって教わりました」

「嘘吐け。道徳の教科書なんて貰ったその日に河川敷で燃やして空へ散りゆく灰に変えました、みたいな顔しやがってよ」


 どんな顔だよ。


「道徳がないっていうんだったら、私がこんな作戦を手伝う理由も、」

「――――だけどな、俺はわかってるぜ」


 とん、とゼットが、左の拳で僕に触れた。

 心臓の上。とくんとくんと、脈打つ場所。



「お前のハートは――――道徳とか、そんなもんより、ずっと熱いもので燃えてるってな」



 だろ?と言って、ゼットは笑った。


 他人の手が触れて、僕の胸が高鳴るのがわかる。とくん、とくん。胸から顔へ、血が通って、かあっと熱くなって、そうか。気付いた。この感情は――――



「人の胸に許可なく触れんな、キショ夫!!」

「へぶっ!!!!」



 もちろん、怒りです。


 相手が異性だろうが同性だろうが気安く触れるな!

 よい子のみんなはパーソナルスペースを保って清く正しくコミュニケーションをしよう。




<゜)))彡




「えー……。無理なんですけど……」


 ということで、僕は西側を担当することになった。やだなあ、こういうの。一人が手を抜いたらそれで全部がダメになっちゃうやつじゃん。誰もカバーに入ってくれたりしないし。


 そして、致命的なことに気付いた。

 ていうか、初めからわかっていたことではあるんだけど。


 シャッターの位置が高すぎて、僕の身長じゃあ全然届かないのだ。


 かといって脚立なんか持って歩いていたら恰好の餌食になっちゃうし。本当に餌になっちゃうし……。ゼットは早速東側に走っていっちゃったから(たぶんジャンプとかしながら閉めていくつもりなんだろう、カンガルーみたいに)頼れる人もいないし……。また知恵を絞るしかないのか。


 とにかく、移動できる足場を見つけなければいけない。でも、どうしたらいいだろう。この部屋にある工具でどうにかそんなものを作るとか? 試しに工具箱を開けてみる。うーん……。木の板とか棒はあるけど、キャスターもないしな。何も思いつかないや。残りのチョコレートでも食べてぐっすり眠っちゃおうかな。


「――――はっ! 閃いた!」


 ぴこーん、と頭の上に電球が浮かぶレベルで閃いてしまった。今日の僕は冴えている。生きて帰ったら地頭とかいう謎の言葉を使う怪しいコンサルタント会社への就職活動でも始めようかな。


 木の棒を使おう。先っぽにドリルで穴を開ける。そこにぐるぐるワイヤーを括りつける。そして先っぽにチョコレートをつければ、


「釣り竿、かんせ~!」


 ぱらっぱっぱっぱー。

 さてそれじゃあ、こいつを廊下にひょいっと放り投げてやれば。


「シャー……?」


 ほら釣れた。コック服のサメ人間。

 絶対そうなると思ったんだよね。避難所にある中でも一番美味しそうなのをガメてきたし、ただでさえ食に対する探究心があるコックさんがサメになって嗅覚が強化されたっていうんだったら、絶対そうやって匂いを追ってくると思ったんだ。


 釣り竿の先を床に置いて、サメ人間が這いつくばるように誘導してやる。

 そしてその後ろから、肩に乗っかってやった。


「さ、サメ~!?」

「よーし、駆けまわれ! 今日から君はウマ人間だ!!」


 なんかちょっと風刺性を帯びた名前になってしまった。僕、本当にこんなことしてていいのかな……。サメ人間には尊厳って存在してないのかな……。


 まあいっか。

 上手く釣り竿を操って、動いていないシャッターの下にまわって閉めていく。サメ人間も僕には気付かない。なぜなら彼らの目線は自分より下側に向いているから。自分より上にいる生き物に対してはみな敵意を向けることなく、それどころか存在に気付きすらしないのだ。このようにしてこの世の政治システムは安定性を保っている。


 サメ人間を上手く使って、一通りのシャッターを閉めることができた。

 よし、最後に階段まで行ったらそれでおしまい! やっぱり意外と世の中上手くいくようにできてるんだな。


 と思ったら、ぶー、ぶー、とポケットの中で携帯が鳴った。ナラムさんが死んで余った携帯を僕が拝借しているのだ。どうせかけてくるのは一人に決まっているから、仕方なく通話を繋げる。


『もしもし、聞こえてるか?』

「こんにちは、キショ夫」

『わ、悪かったって……』


 過ちは/時間がかかる/挽回に(川柳)。


「で、なんですか?」

『ああ、そっちのシャッターは閉め終わったか?』

「終わりましたけど」

『じゃあ、階段だけだな。……いいか、落ち着いて聞いてくれ』


 はあ、と気のない返事で答える。

 別に僕はこれまで一度として落ち着きを失ったことなんてありませんけど。生まれてこの方、一度も……。


『今、目の前で確認した。階段のシャッターは、内側からは閉められない。誰かがこの階に残って閉じ込められなくちゃいけねーんだ』

「はあ!? ふざっけんなよバーカ! 話が違うじゃないですか! 私はイヤですからね!! 絶対絶対ぜーーーーーーったい一人で残ったりしませんよ!! こんなところにいられるか! 私は家に帰らせてもらいます!!」

『落ち着いて聞けって言ったろーが!』

「はい」

『だから急速冷凍みたいな落ち着き方をするんじゃねーよ!!』


 やれやれ。

 あと一歩だっていうところなのに、最後までトラブル続きだ。


「私は居残り役は嫌ですよ。ゼットがやってくださいね」

『……まあ、異論はねーけどよ。自分で言い出すつもりだったし。でもそっちから言われるとなんか釈然としねーな……』

「細かいことは気にしないでください!」

『釈然としねーな……』


 さーてそれじゃあ僕の役目は終わりだな!とうきうきになったところで、『けどな』とゼットが水を差してきた。


『ひとつだけ、頼みたいことがある』

「聞くだけ聞きましょう。冥土の土産にね」

『釈然としねーぜ……』


 ちょうど階段のところまでついた。とりあえず釣竿をメリーゴーランドみたいに回してその場にとどまってみる。


『頼みっつーか、正直言ってそうしてもらわなきゃどうしようもねえってレベルのやつだ。……お前のことだから、どうにかして廊下を安全に移動してんだろ?』

「まあ、そうですね」

『こっちは殴ったり蹴ったり走ったりで移動が安定しねえ。頼みたいのは、そっちの階段のシャッターはお前に閉めてほしいってことだ』

「それ、僕が逃げられないんですけど」

『俺がこっち側で待ってる。だから、そっちを閉めた後に俺の方まで来てくれりゃ、それでいい。そこからお前が二十四階に避難した後で、俺がシャッターを閉める』


 ふうん、と僕は頷いた。

 悪い話ではない。たぶん。


 別に階段から階段に移動すること自体はなんてことないし。それにもう残りの命も風前の灯火みたいな人間相手からの頼みには、ちょっとばっかし寛容な心にもなる。


『いまお前、すげえ失礼なこと考えてねーか?』

「気のせいでしょう。いいですよ。その頼み、聞いてあげます」


 かたじけねえ、という言葉を最後に、電話を切った。


 ま、これで最後だ。




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