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15 サメ映画も大体九十分くらい



「自分、恐縮っす! ゼット様みたいな方と一緒に仕事をするなんて、夢みたいっす!」


 例の隔壁を操作するために作業が必要なポイントは、二十二階にあるとのことだった。

 正直ゴネ散らかして自分だけ避難所で寝てたい、と思ったんだけど、それで時間を食った挙句に水没の恐怖と戦いながら作業ポイントまで行くことになったら目も当てられない。最悪よりも、最悪から二番目。そういうわけで、結局僕はゼットについていくことになった。


 そして、今回は僕の他にも、もう一人同行者がいた。


 ナラムという城働きの技師さんだった。なんでも、作業ポイントでちょっとした技術修復をする必要があるらしい。ゼットと僕の二人じゃ無理な部分もあるだろうからってことで、一緒に来てくれることになった。年は僕と同じくらいかな? その年で手に職つけてるなんて大したもんだ。あ、この年で働きもせず手に職もない僕の方が珍しいのか。ははははは。


 なんだかゼットのことを知っているみたいで、やたらにそっちに話しかけている。おかげさまで僕の方は気が楽なものだ。ついていくだけで何もかも終わったりしないかな。


「まあ、そんなに気張るなよ」


 ゼットが言う。


「正直、かなりアブネー道だからな。いざってときは、真っ先に逃げろ。お前がいなかったらこの仕事は成し遂げらんねえ」

「いや、でも! ゼット様を置いて逃げていくことなんてできないっすよ!」

「なーに、心配すんな!」


 ぽん、とゼットが僕の肩を叩いた。


「いざってときは、俺とこいつで何とかするさ」

「…………」


 ええい、妙な信頼を置くな!

 僕は無言のまま、そっとゼットの手をどけた。残念ながらその動きの意味は誰にも理解してもらえなかったみたいで、ナラムさんは「おぉ……」なんて感心の声を上げている。信じるな信じるな。僕らたったいま二人見殺しにしてきたところだぞ。いやもっとだわ。名前も知らない人たちの死ってなんかすぐ記憶から薄れちゃうな。そう、あなたたちがニュースの中に見かける死者の名やその人数を日常の一部として聞き流し、些細なこととして忘却していくように……。


 階段まで辿り着く。二十二階がもう水没してる可能性もあるな、と思いながら下ったら、そうでもなかった。さっき僕らが二十一階を後にしたときと同じくらいで止まっている。


「水位の上昇、止まりましたね」

「ああ。一安心、ってとこだな」


 でもまあ急いでやるに越したことはない。今回ばかりは僕は先を歩くことにした。ちゃちゃっとやって、ちゃちゃっと帰ろう。


 作業ポイントは機械室だった。ナラムさんが機材を足元に置きながら言う。


「あー。なるほど。配電盤がちょっと荒れてるっすね」

「どんぐらいかかりそうだ?」

「そんなにかからないと思うっすよ。五分くらいかな」


 実際、ナラムさんの言葉に嘘はなかった。

 五分すらかからなかった。僕らにはまるでわからない素晴らしい手際で配電盤とやらを麗しく修理してしまった。


 ふう、と額の汗を拭けば、やるじゃねえか、とゼットがその背中を叩いた。


「これでとりあえず、技術的なところは大丈夫だと思うっす」

「となると、あとは技術的じゃねえ部分だな」


 げー。

 と、心の中で。


 今回の作業ポイントは二つある。もちろん一つはここ。そしてもう一つは、二十三階にあるのだ。


 お、電気が点いた。

 直した配電盤を元に、電気系統が再起動したらしい。


 いえい、とハイタッチする僕とゼットの横で、ナラムさんが電話をかけている。


「あ、もしもし。こっちの作業終わりましたー。今から第二作業ポイントに向かいます。はい。そっちも通電しました? はい。じゃあこっち側からシェルター化かけますんで、確認お願いしまーす」


 そう言うと、ナラムさんが何やら、配電盤の横のコンソールを叩いて操作する。

 ガガガガガ、と上の階で何か硬いものが動く音がした。


 僕らはもう一度階段を上って、その場所に辿り着く。

 二十三階の天井は、今、ほとんどが鋼鉄のシャッターで覆われていた。


 これが、シェルター化ってことらしい。


 本当だったらこれだけで全部が完了するんだけど、今はその中で一部、シャッターが閉まらない部分がある。なんでもパリピ三世が「こんなところの修理に金を使うくらいなら女に使うがよかろう」とか言って予算をケチったらしい。まあ実際、パリピ三世はここに来る前にお亡くなりになったわけだから、現世で彼に降りかかる利益という観点から見ればその判断は非常に正しかったとも言える。人間的にはちょっと……って感じだけど。


「で、誰が閉める?」


 とりあえず僕らは一番大きな部屋から始めることにして、中に入って、ゼットが言った。

 全員で閉めればいいのに、と思ったかもしれないけど、当然そんなことができればそうしている。こんな問いが出るということは、もちろん全員ではできないっていう事情があるのだ。


 天井がすっかり高いのである。

 だから、脚立を使ったりしないと届かないのである。


「ゼットがやったらいいんじゃないですか。身長、一番高いですし」

「ま、それが順当か」

「いやいやいや!!」


 言い出しっぺなんだし、という気持ちで振ったのに、ナラムさんに口を挟まれた。


「ゼット様にそんなことさせられないっすよ! 自分がやります、自分が!」


 出た。

 社会的上下関係。


 そうか?とゼットが当然のように受け入れるのを僕は白い目で見ていた。本当に、この世にこんな人間関係が存在していいんだろうか? ゼットとナラムさんの間に、一体どんな命令――実行の関係の根拠が横たわっているというんだろうか。人間が互いに尊厳を持って始める対等なコミュニケーションを蔑ろにするに足るだけの理由なんて、本当にこの世にあるんだろうか?


 というようなことを突然言い出しても栓のないことなので(あと、もしゼットがこういうところで権力に対して無批判な人類に特有の残酷さを出してきたら怖いので)僕は黙っていた。所詮、こんな考え方すらも僕自身が自分で辿り着いたものじゃなくて、家庭環境とそこで行われる教育によって培われた価値観に過ぎないのだ。だって、結構レリアも似たようなこと言うし。


 そういえば、と思い出した。

 そろそろレリアは映画を見終わっただろうか。携帯が点かないから連絡は取れないけど、僕の帰りが遅くなったら心配して迎えに来てくれるかもしれない。僕は幼子なのか? 見に行った映画は、どれくらいの長さなんだろう。待ち合わせ時刻から考えれば、九十分映画だったらとっくに終わって、その後のファミレスでだらだらドリンクバーを頼みながら感想戦をするあの時間も終わりを告げてそうだけど。


 梯子に上ったナラムさんが、よいしょよいしょと手動でシャッターを閉じていくのを見ながら、ふと訊いてみたくなった。なんとなく、ゼットはああいう映画を見ないような気がしたけど、ナラムさんならひょっとして、と思って。


「ナラムさん」

「はい?」

「映画って結構見ます?」

「あー、見ますよ。よくわかりましたね」

「いえ、なんとなくです。……いまやってる、『女装お兄ちゃんと私の500日の休日 is strange』って映画、知ってますか?」

「見ました見ました! 名作ですよねー!」


 見たんだ。

 しかも、名作なんだ。


 めちゃくちゃ早口でナラムさんが映画の内容について語り始めたのを、「すみません、まだ見てないので……」と制する。別にこれから見るつもりもないからネタバレを食らっても何の問題もないんだけど、でも僕まで映画の内容を知ってしまうと兄妹間の気まずい期間が四か月に延びそうだったから、一応。


「見に行こうか迷ってるんですけど……。あれって何分くらいの映画ですか?」

「五時間っすね!」

「大長編すぎるだろ」


 いや、確かにたまにあるけどさ、そういう映画。途中で休憩挟んだりするやつでしょ。でもそれこんなエンタメっぽい映画タイトルでやる長さか? ドラマかアニメでやってくれよ。そうしたらこんなあからさまな詰み状態になることもなかったよ。もう確定だよ。まだ上演終了すらしてないよ。


「……レリア、お前ヒマそうだな」

「え?」


 そんなことを考えていたら、ゼットが声をかけてきた。

 まあ、ヒマと言えばヒマですけど。


「しょうがないじゃないですか。手持無沙汰なんですから」

「すんませんっす」

「あ、いえいえ。やってもらってすみません」

「ヒマなら俺たちも作業しねーか?」


 どうやって?

 だって、梯子は一つしかないのに。


 そういう気持ちで見つめたら、ぽんぽん、とゼットは自分の肩を叩いた。


「肩車だよ」


 えー。

 セクハラ……。


 もしかして偉い人ってこんなんばっか?




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